第8話 ふたりの生配信 その1
本番数分前に差し掛かると、段取り説明を終えたスタッフがふたりから離れ、駆け足でカメラの裏側に戻る。
カメラの左隣には職員に混じり、ナギサが立っており、その左腕にはカンペが抱えられている。さらにその横には別途モニターが用意されていた。
妨害対策に警備員も増員されて監視が行き届いている。準備は万全だった。
レッドオーガー討伐後、初のギルド公式放送。
それも市長の言うギルド側の説明ということでその注目度は高く、待機人数は3万を越えた。
高台周辺も話を聞きつけた冒険者や報道関係者たち野次馬が囲み、放送開始を今か今かと待ち望んでいる。
リアルとバーチャル、双方問わず注目を集めている状況だ。
「あと一分でオンエアーです」
スタッフの声が耳に届き、悟が生唾を飲み込んだ。
「やるしかないな」
「だねー」
ふたりは互いに目を合わせて頷いた。
「あと三十秒」
ふう、悟が深呼吸して自らの呼吸を落ち着ける。
隣のアイシャはふんふんふーん、と鼻歌を歌い、余裕の笑みを覗かせる。
対照的な態度に女性職員から「あはは……」と言葉が漏れた。
広報課の職員はPVや配信で姿を晒す機会があるので、大した緊張はない。
強いていうなら「打ち合わせで語られた内容以上の情報が飛び出さないか」くらいだった。
「残り十秒――五秒、四、三――」
秒数が二秒を切ってから音が入らないように指を使ったジェスチャーに切り替わる。
いよいよ、始まるんだな。
悟は一瞬だけ体に言い聞かせるように胸に手を当てて、元の姿勢に戻る。
ついに配信が始まった。
「皆様、こんにちは。仙台冒険者ギルド広報課の山下です。今回、予定を変更して、急遽おふたりに来ていただきました。それでは自己紹介願います」
「皆さん、初めまして。二級級冒険者でテイマーをやっております、常盤木悟(ときわぎさとる)です」
「こんにちはー。相棒のアイシャでーす」
ふたりが揃って頭を下げると、チャット欄の勢いが爆発的に上昇した。
〝やっぱり、アイシャちゃん実在したんだ!〟
〝すげええええええええええ〟
〝アンチ完全敗北確定!!〟
〝ホワパレに謝罪しろ!〟
〝キララの配信に映っていた姿とまったく同じや〟
〝マジかわええええええええええええええええ〟
〝冒険者さんもいるねー〟
〝ネットの考察通り、テイマーだったか〟
〝二級⁉。あの実力で⁉〟
〝冒険者さーん、この前キララ守ってくれてありがとー〟
〝この絵面だと保護者と子供って感じがする〟
〝そんなことより、アイシャちゃん!! 好きすぐる!!〟
主にアイシャへのコメントが大半で、悟に触れる視聴者は少ない印象だ。
「す、すごい勢いですね……」
驚きを隠せない職員の山下。ここまで公式放送が盛り上げるなど前例がなかった。それだけアイシャの注目度が高かったのだと思われる。
「お、ボクのコメントがほとんどだよ、悟」
モニターのコメントを目で追いながらアイシャが言った。
「みたいだな。嬉しいか?」
「うーん、嬉しいけど、悟も頑張ったし、もう少し褒められてもいいんじゃないかと思うねー、ボクは」
「いや、俺は別にはおまけでもいいけどな」
アイシャのコメントをいつものノリで悟が拾う。ここに対してもコメントが湧く。
〝仲いいな!!〟
〝もはや家族の会話〟
〝ボクっ娘キタコレー〟
〝この容姿でボクっ娘は心臓にきますわ……〟
〝息もピッタリだし、付き合い長いんだろうか〟
〝悟さんも素敵やでー〟
こうしたコメントが大量に流れては消えていく。
いつまでも構っていたら配信が進まない。咳払いした山下が舵を取る。
「んんっ。では、常盤木さん。二級冒険者ということですが、ジョブのほうの説明をお願いします」
ジョブとは冒険者の役割を示す用語だ。
剣を主体に戦うなら剣士、魔法を主とするなら魔法使い、その両方なら魔法剣士、回復魔法を中心に立ち回るならヒーラーといった具合に様々な名称が存在する。
他にも前衛や後衛、戦闘スタイルなど細かく定義され、冒険者がチームを組む際の役割分担がスムーズに行えるよう、工夫が施されている。
「わかりました」
一呼吸置いてから悟が話し始めた。
「テイマーとは『契約対象と契約を結び、使役もしくは協力関係を築いて何かしらの恩恵を受けるジョブ』です」
「ということはアイシャさんは、我々から見るとモンスターということになるのでしょうか?」
「モンスターというのは語弊があるかもしれませんね」
悟がアイシャを一瞥すると、彼女はコクンとうなずいて。
「ボクはアガルタ出身のフェニックス。いわゆる、不死鳥だよ。こう見えてアガルタの人から神獣って崇められているのさ。色々あってまだ幼いけど」
「そうですね」
アイシャの回答を悟が肯定する。
「つまり、モンスターではなく神獣――神様という、ことですか……?」
打ち合わせで聞かされたもののいまだ理解が追いつかず、山下はぎこちなく質問した。
「うん。そんなとこ」
少女が即答した瞬間、コメントがさらに加速する。
〝フェニックスだと⁉〟
〝この姿で神様とか、サイコーすぐる!!〟
〝誰だよ、ロックバードとか言ったやつ!!〟
〝これは一大ニュースやで……〟
〝アガルタの留学生にも教えてやんないと!〟
〝カイザーフェニックス!!〟
〝つか、テイマーって使役するだけじゃないんだな〟
〝使役もそうだが、協力関係を結ぶのも仕事らしいぞ〟
〝へー、勉強になったわ〟
〝同接10万突破! すごい勢い、まだまだ伸びそう!〟
配信が始まってまだ五分。同時接続数は上昇を続け、あっという間に10万から11万に増える。
一万人増えるのに掛かった時間は三十秒足らず。美少女の神獣名乗りはチャット欄だけではなく外部SNSを賑わせるのに十分だった。
文字の大氾濫が起こるチャット欄を尻目に、山下が尋ねる。
「なるほど。……不死鳥というのは我々、地球人の神話に出てくる神聖かつ大きな鳥といった認識でお間違いありませんか?」
「うん。その認識でいいと思うよ」
「ではその逸話や能力のほうも」
山下の顔がきゅっと引き締まった。
「うーん――」
アイシャはしばし上空の一点を見つめ、逡巡の末に口を開いた。
「なんだかなぁって思う箇所があったね。詳しいことは悟に聞いてちょうだい」
「はー、そうですか。説明、ありがとうございます」
山下が続ける。
「えー、とのことですが、常盤木さん、どうでしょう」
話を振られた悟が鼻から軽く息を出した。
「正直、私自身も逸話や神話といったものにあまり馴染みがなく、皆様に語弊を与えかねませんので、詳しい説明は控えさせてください。今は人間の姿に変身したり、強力な炎を操る力を持った存在と認識してもらえればと思っております」
カンペ通り、余計な情報を与えずにやり過ごす丁寧な言葉運び。
配信を見守るナギサがよしよし、と納得したような態度をみせた。
当然、山下もそこを深く追求しようとはしない。
「そうですか。わかりました」
彼女は司会用のカンペを一瞥し、再びふたりに視線を戻す。
「続いてですが、事件当日についての質問になります」
「はい」
「キララさんを救出するに至った経緯をお教えください」
「ダンジョン近くの武器屋で武器を整備した帰りに偶然『一階で危険なモンスターたちが暴れている』と騒いでいる声を耳に挟みまして、警備員の方に許可を取り、ふたりで現場に急行しました。そこからは出回っている動画の通りです」
当日、悟はアイシャを連れ立って、花京院にある武器屋(ガンショップ)を訪れていた。
アイシャの機嫌を取りつつ、癖のある老店主と銃談義してハンドガンとライフルを回収、武器を置いて食料を買いに行く予定だった。
その時、事件が発生して近くにいた悟たちが救援に向かったのだった。
「いつもそういった救助活動をなさっているのですか?」
「いいえ。今回はたまたまです。普段は討伐依頼を受注し、ダンジョンや外に逃げたモンスターを狩って生計を立てています」
「ボクも貢献してるよー」
少女が愉快そうにサムズアップすると、チャット欄が「かわいい」で埋め尽くされる。
訓練されたコメントだったが、さすがの山下も慣れてきたようで、確認するに留めた。
「動画を拝見させていただきましたが、常盤木さんは単独戦闘時、剣と銃、それに魔法を織り交ぜた戦い方をしておりましたが、普段からあのスタイルを取っていらっしゃるのですか?」
「はい。あれが私の戦い方です。俗に言うバランスタイプってやつですね。ポジションは中衛を担当することが多いです。もっとも、テイマーを名乗るようになってからはアイシャのサポートに徹していますが」
戦闘スタイルにはタイプと呼ばれる型がある。
火力で押すならパワー、防御重視ならディフェンス、回復や妨害、強化を含む補助メインならサポーター。
悟の場合、近遠を織り交ぜた攻撃や妨害を器用にこなせるため、前衛と後衛の中間に位置する中衛での立ち回りが多く、その戦闘スタイルはバランスタイプと分類される。
彼はここに銃を持ち込み、狙撃や遊撃手(ガンナー)としての役割も務める、少々風変わりな冒険者だ。
「失礼ながら、銃所持の資格は……」
「ははっ。もちろん持ってますよ」
銃を持つ冒険者は笑いながら応えてみせた。
戦中、秩序の崩壊によって公的機関が機能せず、各自の自衛が必然となった時期がある。
その際、銃とその使用許可を持つ猟師が自警団を作ってモンスターに応戦、市民を脅威から守っていた。その名残を受け継いだ組織が今の冒険者ギルドの前身となった経緯がある。
しかし、猟師以外の一般市民が猟銃でモンスターに発砲し、市民に死傷者が出てしまうケースが相次いだ。
また怨恨や強盗による殺人等、犯罪に使われる事例にも事欠かず、終戦と共に銃の所持は資格者を除いて原則禁止と法律が定められた。
冒険者といって銃を持てるわけではないのだ。
筆記と実技を含む資格試験は難しく、比較的難易度が高い。中には違法所持する冒険者もおり、度々事件を起こして社会問題にもなっている。
そうした背景から真実をはっきりさせる目的から質問がなされたのである。
返事を聞いた彼女は「そうですよね」と笑顔を作った。予定調和であっても演技するのがプロだ。
チャット欄も同様で「安心した」「よかったー」「射撃の腕、かなりのもんやったもんなぁ。あれで無所持はないわな」「さすがアイシャの保護者やで!」と好意的なコメントで溢れる。
そんな中、赤文字の名前を持った有名人のコメントが投下されてチャット欄上部にピックアップされた。
〝この前は命がけで助けていただきありがとうございました。少ない金額ですが、武具の整備代にお使いください ¥50000 ――綺羅星キララ〟
そう、キララのコメントが投稿されたのだ。
しかもご丁寧に投げ銭可能最大金額を包み、この場に降臨したという証拠を残して。
これが瞬く間に視聴者の目に止まり、コメントの大流星群が発生した。
〝キララきたああああああああああああああああ!!〟
〝本人ですわwwwwwwwwwwwww〟
〝キラキラキラーン♪〟
〝おはキララー!〟
〝最大額の投げ銭!!〟
〝救助代込みかな?〟
〝律儀やねぇ〜 おいちゃん、感動した!〟
〝確かに武器もだいぶ傷んだろうしなぁ……〟
〝銃はともかく剣はだいぶ耐久削られたはず。直すのに結構、掛かるんだよな〟
〝弾の費用も馬鹿にならんぞ〟
〝そんなこといったらライフル本体の修理とかのほうがヤバいだろ〟
〝パーツが直せればいいが、完全に壊れると数十万、下手すれば新品買えるくらいの修理費掛かる〟
〝ひぇ、マジかよ〟
キララ降臨からお祭り騒ぎとなり、何気なくモニターを見たアイシャが事態に気づく。
「お、キララちゃんのコメントだ。あれから大丈夫? 怪我とかなかった?」
数秒後、本人からコメントが返ってくる。
〝お陰さまで軽い捻挫で済みました〟
「おぉ、よかった! ねー、悟」
「ああ。無事で何よりです」
〝お二人のおかげです! これ以上はご迷惑をおかけしますので、お暇します。それでは〟
予定通り、役割を終えたキララが退場した。
「キララさんからコメントをいただけるとは。すごいことになりましたね!」
「ほんとだねー。ボク、びっくりしちゃったっ。有名人と会話なんて初めてだよ」
楽しそうに話すアイシャだったが、チャット欄から「いや、あなたも有名人だろう」とのツッコミを大量に受けて、ああそうかと妙に納得した。
場が和んだところで山下が切り出す。
「えーと、ここでアイシャさんにお願いがあるのですが」
「うん」
「アイシャさんは人間の姿に変身した不死鳥なのですよね。もしよろしければ、今ここで変身を解除していただけないでしょうか?」
「おっけー。じゃあ、ちょっと離れてて――」
アイシャが返事をした時だった。
周辺警護していた警備員たちが「おい待て、どこに行く!」と叫んだ。
見れば、高台の登り口付近から三つの人影がカメラの真ん前に飛び込んできた。
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