第7話 配信準備 その2
国道を使って移動すれば施設そのものへの到着時間は二十分とかからない。
事故があればその限りではないが、運転の自動化が進み、簡単な運転ならAIが行う時代において事故そのものの数が減っている。
花京院通を通った先にある駐車場にバイクを停め、受付入り口から施設内に足を踏み入れる。
正面ゲートから少し進んだエントランスにナギサの姿があった。
「おまたせ」
「準備はオーケーみたいね」
「まあね〜」
紅いワンピースを靡かせて体をクルッと一回転させるアイシャ。気分はお姫様といったところ。
これから行うのはパーティではなく説明を主とした会見である。こんなテンションで臨まれても困るのだが、マイペース少女になにを言っても無駄なのはすでに承知している。
「ま、想定外の発言がなければよいけどね」
「わかってる。台本で指定された範囲で答えるよ」
アイシャが続ける。
「そのほうがボクにとっても都合がいいからさ」
「けど、いいんだな、お前の正体についてバラしても」
「うん。いいよ。いずれバレてしまうことだったし。――それにもしも何かあったら悟がボクを守ってくれるでしょ?」
「あぁ。約束は守るよ」
「仲がいいわねぇ。とりあえず、三階層に行くわよ」
ナギサがふたりを連れて、三階層へと向かうべく、魔法陣のあるところまで案内する。
魔法陣は特殊な技術で作られた方陣で、いまだに謎が多い技術だが、アガルタの古文書をAI技術を使って読み解き、現代の魔法使いでも再現できるようになった。
転移魔法陣は「一定の距離に存在する空間と空間をつなぐ魔法である」と定義されており「空間魔法」の一種として扱われる。
大量の魔力を使用するため、魔素が多いダンジョン内でしか活用できないが、便利であることに変わりはなく、各ダンジョンの事務所には魔法陣を専門に扱う魔法使いが常駐している。
エントランスから奥に進み、警備員たちに許可を取って、三人は魔法陣のある室内に通される。
周囲をアスファルトで覆われた殺風景な部屋に各ブロックの名前が書かれたスペースが仕切りで隔てられて横並び、目的の番号の下にある魔法陣に入ると転送が始まる。
三人は三階の魔法陣に乗って転移、数秒で目的のフロアに到着した。
三階も一階同様、平原エリアだが、オークやドラゴフライ、リザードマン、グレイワーグなどが確認され、やや訓練を積んだ初心者向けのダンジョンと位置づけされている。また天候が昼と夜、晴れと曇といったように変化する。
生きた迷宮と呼ばれるだけあるダンジョンの特徴の一つだ。この原理はまだ解明されておらず、研究者の研究テーマとして高い人気を誇る。
魔法陣から出たナギサがふたりを先導し、歩道を進む。目的地はエリア内でも見晴らしがよいと評判の高台だ。
「あの場所って人気あるけど大丈夫なのか?」
「問題ないわよ。警備員とギルド職員に頼んで放送一時間前から確保してもらってるから」
「抜かりないな」
「そりゃあね。ギルドのイメージがかかってるもの」
さも当然といった感じにナギサは言い切った。
今回の生配信は冒険者ギルドと配信業界の信用回復に直結する大事なイベントだ。職員が張り切るのも無理はない。
「ナギサ、頑張ってるんだねー。ボクもうまくやってやるぞー」
「期待してるわ」
隈ができた目元をこすりつつ、ナギサがそっと笑みをこぼす。
ここ数日、自宅待機していた悟たちと違ってずっと働きっぱなしだったのだろう。
夜通しモンスターと戦った経験のある悟はそのときの状況を思い出して苦笑するも、同時に自分も泥を塗らないように、と喝を入れ直す。
十分ほど道なりに歩くと目当ての高台が現れる。
ダンジョンの景観を一望できるこの場所は生放送にはうってつけだ。
「雲ひとつないほどの快晴。こりゃ、いい冒険日和だな」
「体を動かさないのがもったいないくらいだね――ん? なにか騒がしいような」
空を見上げる悟にアイシャが相槌を打ったときだった。
五人の警備員とスタッフたちが誰かと向かい合っていた。
ナギサが目を凝らすと、そこに複数人の若い冒険者の姿が映った。
一人は二十代前半と思わしき金髪の逆毛の男で、残りは茶髪と緑髪の男たち。いずれも改造されたカラフルな学ランを身にまとっている。
まるでアニメに出てくる不良たちの衣装のようだった。
彼らに対し、スタッフが丁寧な口調で対応する。
「ですから、今からここを使う予定があるのです」
「いつもはそんなことしないでしょ。なんで今日だけそんなことすんの?」
金髪の男が食って掛かる。
「それは言えません。さっきも言ったでしょ」
「いやいや、理由を聞いてないから退かないって言ってるんだけど。あんたらこそ俺たちの話、聞いてた?」
茶髪が両手をポケットに突っ込んだまま、顎を上げておちょくるような態度を取る。
さすがに危険だと思ったのか、警備員が両者の間に割って入った。
「本日は事情によりこの丘は関係者以外立ち入り禁止です。お引取りください」
「花京院ダンジョンの警備員さんは融通が利かない上に横暴だなー。今、配信中なんだけど?」
首にぶら下げられた小型カメラを指さして金髪が余裕の笑みを浮かべる。
「これ以上、不祥事続いたらせっかく繋がった首、吹っ飛んじゃうかもねー。ぎゃははー」
彼の言葉に続くように緑髪がゲスびた笑い声を出した。
「っ――。言わせておけば」
「よせ、新人」
新人警備員が腹を立てるも、先輩に制止される。
「お、お、タイマンでも張ろうっての? いいぜ、こいよ。冒険者にもなれねえ、クソカスがよ」
「そうだ、そうだ。オーク相手にビビり散らかしてた腰抜けども」
「隊長さんのここは俺がなんとかするムーブからのワンパン即死とかマジサイコーだったわ。今から再現しちゃう? ぎゃはははッ!」
「貴様ら……」
警備員のひとりが後ろを振り返り、奥にいる隊長と思わしき人物にアイコンタクトを送る。
視線を受けた男は頷いてから正面に歩み出た。
「これ以上は迷惑です。お引取りを願います」
「だーかーらー、理由を言えっていってんの? マジで頭悪いの?」
リーダー格である金髪がギロリと睨みつけながら隊長に詰め寄る。
「そろそろ時間だ。皆、この方々をダンジョンの外に送って差し上げろ」
「「「「了解」」」」」
「はぁ?」
戸惑う金髪たちをよそに警備員たちは彼らの肩を掴み、ダンジョンの外へ連れ出そうする。
「オイ、なに触ってんだよ!」「職権乱用だろ! 訴えるぞ、ゴラァ!」
「そうしたければご自由に」
「ちょ、待てよ、おいゴラァ!」
まったく臆することなく、三人を排除しかかる警備員たちに切れた緑髪が相手の肩を右手でドンっとついた。
この瞬間、隊長が「警備員の暴力行為は違法行為だ。全員、連れ出せ」と指示を出し、強制排除を実行する。
「おいおい、やんのか!! 上等じゃねえか!」
「数が揃わなきゃイキれねえ、底辺どもが!」
「はいはい、続きは事務所でやろうね」
三人は半ば呆れ笑う警備員たちによって無理やり連れ出される。
それでも抵抗を続ける金髪が「お前ら、俺にこんなことしてタダで済むと思ってんのか、俺は泣く子も黙る配信者様だぞ!」と大声で叫ぶも、誰一人取り合うことなく、そのまま連行された。
一連の流れを見ていた悟が口を開く。
「なんなんだ、あのガキどもは」
「よくわからないけど、変な人たちって感じ?」
あまりの奇行に首を傾げるふたりにナギサが補足を加える。
「あれは迷惑系配信者ってやるよ。その中でもアイツらはここ最近、有名になってきた『ヘルゲート・ワタル』とその取り巻きね」
「迷惑系配信者? マジか」
迷惑系配信者とは他者の迷惑も顧みず、己の利益や快楽目的で活動する配信者を指して呼ばれる。
炎上系配信者とも称される彼らの行いは倫理観に反することが多く、多数の視聴者から嫌われる傾向にある。
「そうよ。オークの顔を生で丸かじりしたり、魔物の巣に爆弾を仕掛けたり、ダンジョンの森林エリアで意図的に火属性魔法を放ってボヤ騒ぎを起こす、『初心者に現実を教えてみた』とか言って彼らの獲物を横取りするの。各地のダンジョンで色々やらかしてるわ。数ヶ月前にも花京院ダンジョンで騒ぎを起こして厳重注意を受けたはずなんだけどね。もう忘れちゃったのかしら」
「ただのバカどもじゃないか。なんで、そんなヤツが冒険者続けられてんのさ」
悟の感想はもっともだった。
「こっちも手を打ってるそうなんだけど、どうやら金髪のお父様が環境省のお偉いさんみたいでね。なかなか排除できないようなの」
「環境省ね。冒険者ギルドの上位組織が相手となるとこっちも分が悪いか……」
「ギルド設立にも貢献した人物らしいから、余計に忖度してるそうよ」
「へー」
アイシャが相槌を打った。
「でも、今って不祥事起こしたらすぐオワコンになる時代じゃないの?」
「ああ見えて、したたかなのよ。自分はおちょくったりするけどそれ以上の行為には及ばず、相手が手を出してきたら『犯罪、犯罪!』って法律をひけらかすのよね。それでも駄目そうなら正当防衛と言い張って応戦しつつ、隙を見て退散するみたいだけどね」
「他の取り巻きはそうでもなさそうだけどな」
肩を押した緑髪の行為は暴行そのもの。言い訳など通用しないはずだが。
「あれも正当防衛らしいわよ、彼らの中ではね」
ナギサがため息混じりに語った。つまり、彼らは「都合が悪いことはすべて相手が悪いと難癖をつけて暴れまわり、最後は親の力で解決する迷惑集団」ということになる。
「なるほど。厄介な連中だな。けど、アイシャに気づかれなくてよかったよ」
「気づかれたら面倒なことになってたわね。絡まれて配信、邪魔されかねないし」
「邪魔っていうと、メントスコーラとか? ボク、あれ嫌なんだよねー。体、汚れるから」
舌を出す少女に「今どき、メントスコーラかよ」と悟がツッコミを入れる。
そうしていると、ギルドが雇ったスタッフがこちらに気づき、声をかけて手招きしてきた。
三人は招かれるまま、高台付近まで移動して先に現場入りしていた司会たちと打ち合わせを行う。
本物のアイシャの姿を見たスタッフたちが「かわいい〜」「本当に実在したんだ」とひそひそ話をする中、段取り確認が進んでいき、ついにオンエアーの時を迎える。
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