第6話 配信準備 その1


 あれから三日が経過した。

 レッドオーガーとの戦いがバズりにバズり、その反響は国内だけに収まらず、海外でも取り上げられて翌日には「#Aisha」が英語圏のトレンドに載るほどの熱狂っぷりだった。

 しかしながら、アイシャの件が盛り上がるにつれてフェイク疑惑も高まり、掲示板のスレッドで「アイシャCG説」「変身はデタラメ」などのアンチスレや動画共有サイトにも「某美少女の変身エフェクトの作り方」「アイシャは加工で作られたキャラだった――本物はブス」「綺羅星キララの売名行為」「事務所ぐるみの陰謀」等のアンチ動画やキララへのヘイト動画が見られるようになっていた。

 アイシャ本人は気にする素振りを見せなかったが、救った少女にも迷惑がかかっている状況。

 悟としては早くこの疑惑を晴らしたいと考えていたが、待機命令を受けてマンションに籠もる生活となっているため、何も行動に移せなかった。


 本日もマンションの正面道路にチラホラと人の姿が映る。

 情報社会においてプライバシーなどないにも等しく、SNSや掲示板に書かれた情報を頼りにやってきている状況だった。


「朝からご苦労さまなことだ」


 カーテンを小さく開けて下を眺める悟がこぼすように言った。


「まだいるんだ。すごい執念だね」


 彼の後についてきたアイシャがその横から顔を出し、道路に目を向ける。

 スマホや手持ちカメラ、自立型撮影ドローン等のガジェットが建物の窓を捉えている。部屋の場所まではわからないらしく、ファインダーの向きはバラバラ。

 カーテンが揺れ動くタイミングに合わせて撮影者たちはシャッターを切ろうと必死だった。

 悟は「情報公開を待ってほしいんだけどな」とすぐにカーテンを閉めて洗面台へ向い、アイシャも「そうだねー」とうなずいてからそのあとに続いた。

 朝食を済ませ、そこからは暇な時間が続く。

 ここ数日はアニメや映画、ゲームなどの娯楽で暇をつぶしていた。

 水や食料といった生活必需品はデリバリーサービスが発達している現代においてスマホやPCひとつでどうにでもなる。

 現代っ子の中には外出は仕方なく行うものだと認識する者も多いが、彼女はそうでなかった。


「悟ぅ〜、そろそろ外に出たい」


 ゲーム機のコントローラーに握ったままアイシャはリビングの画面を見つめている。

 キッチンで昼食の盛り付けをしていた悟が視線を上げた。


「俺だって同じ気持ちだよ。けど、ナギちゃんからの連絡がくるまでは我慢だ」

「むー、実は忘れられてたりして……」

「それはない、……とは言えないが、たったの三日でそうはならない。きっと、お偉いさんとやり取りしてるんだよ」

「どんなやり取り?」


 何気なくアイシャが尋ねる。


「アイシャについてどこまで公表するかとか、記者会見で誰が喋るのか、とか色々……?」


 自分で話していて不安を覚え疑問を呈した。

 彼自身、今後の展開が予測できずにいる。


「地球の社会って大変だよね。プライバシーないし、情報は取られるし、なにかあれば説明だし」

「まぁな。なにかと便利だけど」

「そこはわかる。おっ、あと少し――」


 高性能のグラフィックで激しく動き回るキャラクター、それを操作して目的を達成するのはアイシャにとって刺激的だった。

 彼女がプレイしているのは人形やそれに近しいキャラクターを操作し、ステージを横に動き回りながら敵を場外に吹き飛ばしていく。

 平成からシリーズが出ている大手ゲーム会社の看板ゲームだ。


「楽しいか?」


 悟が訊く。

 アイシャは画面を見つめながら「うん。よし勝った。レベル9を倒せたー」と喜んでからコントローラーをテーブルに置いた。


「ふう、やり遂げた。昨日から勝てなかったから結構、練習してたんだ」

「もう数日、練習しててもいいんだぞ?」

「さすがに飽きたかな。オンラインをやろうにも皆、強すぎるもしくは、姑息な戦法使ってくるかのどちらかだから今のボクには荷が重い」

「それは昔からだな」


 アイシャの発言に苦笑しつつ、盛り付けた皿を食卓に置く。


「お昼はシーフードサラダだ。ドレッシングは塩とオリーブオイル。飲み物はラッシー。デザートはスイカでいいか?」

「うい」


 電源を落とし、アイシャが食卓につくと同時にラッシーが届けられ、サラダが取り分けられる。


「至れり尽くせりだね〜」

「感謝してくれよ。世の中の男でここまで丁寧なのは少数派だ」


 そう言って悟はキッチンに戻り、作り置きしていたカレーライスをよそって食卓で食べる。

 アイシャはサラダとフルーツを頬張って完食するも、カレーには興味を示さず、そのまま食器を片付け、ソファーに腰を下ろし、近くにあったタブレットで読書を始めた。

 食事を終えた悟も食器を下げたのち、食卓でスマホを見て過ごし、時間を潰した。

 時刻が十五時を回るころには、周囲に人の影はなくなっていた。警備員に追い払われたのだろう。

 おやつにふたりでアイスを食べていると、悟のスマホがブルッと振動した。

 ナギサからのメッセージだ。


『情報公開の件の報告。明後日の夕方、花京院ダンジョン三階層で行うことに決定したわ。それに伴いあなたたちふたりには生配信に出てもらうことになった』

「はぁ、なんだって⁉」


 事件があったダンジョンでの日を開けずに配信するだけでも驚きだが、自分たちが生配信に出演するとは夢にも思わなかった。

 メッセージ内容に目を疑いながら『俺たちが生配信に出るって⁉』と返信する。一分後、返事がきた。


『ネットに「実はフェイクだったんじゃないか」って疑惑が出てるのは知っているでしょ? それ関連の問い合わせが多くてね。キララさんの事務所にも同様のメールが何件も届いてて、困ってるらしいの。配信業界って今、勢いすごいからね。この件が曖昧なままだと向こうさんは営業に支障をきたし、こっちはこっちで評判に傷がつく。そういうことであなたたちに直接、出てもらったほうが早いって結論が出たわけよ』

「なるほど、な」


 ナギサの端的かつ的確な返答に悟はうなずきつつ「具体的になにを話せばいいんだ?」と質問した。


『自己紹介と事件の詳細。主にアイシャちゃんのね。台本のたたき台はすでに作ってあるから今から送るわ。修正があれば受け付けるからできるだけ早く連絡して』

「すでにたたき台まで作ってんのかよ」


 相変わらずの手際のよさに乾いた笑いが出る。


『了解。台本が届き次第、アイシャと一緒に相談するよ』

『頼んだわ』


 直後、チャット欄に圧縮されたデータが送られ、それを開くと台本が入っていた。


「うわぁ、ほんとに作ってる……」


 綺麗に整えられた台本に一通り目を通したのち、悟は隣のアイシャに声をかける。


「アイシャ。俺たち、生配信デビューすることになった」

「ふぇ⁉ いきなりだねっ」


 さすがに面食らったようで、彼女はタブレットをテーブルに裏側で伏せた。


「さ、これから台本をチェックするぞ。準備はいいか?」

「う、うい……」


 小難しいことは好きになれないが致し方ないといった様子で、アイシャは悟と台本の確認を始めた。

 まとめると簡単な自己紹介から始まり、ふたりの関係、アイシャの変身と解説、デモンストレーションで熱線の空打ち、視聴者からの質問に答える等々、司会役の女性職員の進行に合わせて語るだけの単純なものだった。

 備考欄にも「キララさんも視聴。途中さりげなく応援チャットを入れる予定」と書かれている程度で他に変わったところはない。

 向こうさんとも打ち合わせ済みか。内心、つぶやくもギルドの根回しの早さはいつものことであって気にしても仕方ない。

 アイシャとの相談もスムーズに進み、数回ほどのやり取りの末、台本がある程度完成する。時刻は夕暮れ時を回っていた。

 食事を済ませたあとも完成した台本に目を通し、夜遅くまでかかったこともあり、そのまま就寝する。

 次の日もナギサや女性職員を交えた会議、細かな微調整といった準備に追われて一日が終わり、配信当日を迎えた。

 食事を済ませたのち、悟はいつもの服装に身を包む。

 上はインナーとして特殊な白いシャツと厚手の上着、魔物なき時代に狩猟者が着用していたハンティングベストをベースに改良を加えた黒いベスト。下には灰色のズボンを履く。

 一見、地味な配色だが、これは汚れが目立たないようにするためである。

 数あるハイファンタジー小説のような気取った格好など、彼から言わせれば「実用性に欠ける」とのこと。

 武器も両手剣、ハンドガン、ライフル、懐にサバイバルナイフと万全の状態。腰のポーチや背中のリュックの中身も問題ない。

 アイシャも紅いドレスを纏い、リビングで待機している。

 すっぴんの状態で美少女である彼女に化粧は不要。

 外出の時間になるまでモニターでのんきにアニメを観ていた。


「アイシャ、行くぞ」

「りょーかい。エディ、モニター消して」

 ――了解しました。


 少女の声に反応し、モニターの電源が落ちる。

 玄関に出たアイシャが紅いヒールを履いたところを確認。悟が照明を消し、オートロックが作動する。

 共用通路に出たふたりはこっそりと駐車場に入り、バイクを使って室外に出た。

 直前に警備員が野次馬を追い払っていたこともあって、正面道路に人気はない。


「シャバの空気はうまいな」


 三日ぶりの空気に感動を覚えながら悟はバイクを走らせる。

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