おばあちゃんの話

 他にも、親戚集合のパーティーで映り込んだ先祖の数と同じ個数のオーブとか、私と妹それぞれの名前を呼ぶ声などなど、上げ始めればきりがないほどの何かしらの現象を起こしてきた我が家であるが、その最たるものがおばあちゃんの最期の2週間であった。


 おばあちゃんはその後、ガンを患った。全身に転移してしまい、回復は難しい。

 病院にいるよりは、最期は自宅で、ということで、終末介護を自宅で行っていたのである。


 ある日、母が食事を持って行った時のことである。

 もはや歩行も難しく、起きている時間のほうが短くなっていき、話すことも滅多になくなったおばあちゃんが、母の袖を引いて小さな声で言った。

「そこの椅子のとこに山崎(仮称)のボンがおるから、起こさんといたってや・・・音立てんように、ゆっくり出て行ってや・・・頼むで・・・」

 何のことかはわからなかったが、母はおばあちゃんの希望に沿い、ゆっくりと音を立てずに出て行った。


 その数日後、祖母が体の痛みを訴えたため、私が急いで医療用麻薬を持って部屋に入った時のこと。

 息も絶え絶えのおばあちゃんが汗だくになりながら、必死で私に訴えた。

「お風呂の窓を閉めて!早く!誰かが中を見てる!入ってくる!」

 半ば半狂乱のおばあちゃんに気圧され、急いで風呂場に走った。

 祖母の部屋からは全く見えないはずの風呂場の窓は開いていた。

 怖くなって泣きそうになりながら窓を閉めたのを覚えている。


 そんなことが続いた後、母がふと「今日大きいお金をおろしとかなあかん気がする」と口座から引き落としをしたその日の夜、おばあちゃんは息を引き取った。


 親戚たちが集まり、手続きや葬儀の準備が着々と行われていく。私たち姉妹は邪魔にならないように、二階で遺品整理をしている母とその兄弟たちの元へ行こうとした。

「上がってこんでいい!」

 母の大きな声が階段を上がろうとする私を止めた。

「なんで?手伝うで」

 不思議に思いながらもう一度階段を上がろうとする私に、叔母や叔父までもが「来るな」と言う。

「大丈夫やから、いらんから一階におり。上がってきたらあかん」

「怖いねん、あかん、来たらあかんで」

 口口に来るなという大人たちを無視するわけにもいかず、私はリビングでテレビを見ていることにした。


 そうしてお通夜へと移り、親戚たちが集まっていろんな話を始めた。

 その中にはもちろん、この二週間に起きた奇妙な出来事の数々も含まれた。


「おばあちゃんがさ、急に山崎のボンがおるから起こさんとってや、頼むで、って言うてたん、あれなんやったんやろな」

 母が困ったように笑いながら言うと、みっちゃん(仮称)が反応した。

 みっちゃんは祖父母の床屋時代にも詳しいおばさんで、祖父の姉であった。


「あんた、お義姉さんほんまに山崎のボンて言うてはったん?」

 せやで、知ってる?と母が尋ねると、みっちゃんの眉間にしわが寄る。

「山崎さんて、床屋時代の常連さんよ。うちもよう対応してな。いつも子供さんと来てはったんよ。けど、その息子さん、小さいころに交通事故で亡くなったはるんよ?」

 ぞっとして、一同の腕に鳥肌が立った。

「それ、起きてしもたらどうなってたんやろな」

 母は「うわさぶ、向こう行くわ」と暖房の効いた部屋に移動した。


 その後もばたばたとお通夜、葬儀、火葬が終わり、続々と親戚宅で物が浮いたりという小さな怪奇現象は起きたものの、いつもの日常に戻ろうとした頃。


「そういえば、あれなんで来たらあかんってあんなに怒ったん?怖かったんやけど」

 遺品整理のため、母と兄弟たちが、二階の手形だらけの天井のあの部屋で私たちを寄せ付けなかったことについて尋ねた。私が尋ねた場には、その時の叔父も叔母もいた。

 母は少し疲れた顔をして、答えたくないと言った。

 叔母が答えてくれた。

「二階の掃き出し窓あるやろ。ベランダと三階のベランダに続く階段のある。あそこの窓いっぱいの大きさの女の頭がずっとこっち見てたんや。」

「二階のトイレの前のほうからこっち見てたやつがちょっとずつ近づいてきてな。目が血走ってて、絶対良くないもんがおったのを三人とも見たから、誰も上げたらあかんって言うて。怖かったやろ、ごめんな」

 そう言って叔父さんが「あの辺やで」と指さした場所は、奇しくも祖母が「誰かが中を見ている、入ってこようとしている」と半狂乱で閉じるように言った、あの風呂場の窓の真上であった。


 家族たちはもうその家には住んでいない。

 つい先日、その家は売れた。

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実家の話 泥桃 @obon111

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