おおばあちゃんの話

 私たちが引っ越す前、その家にはおおばあちゃんも住んでいた。

 おおばあちゃん、つまり曾祖母は祖父方の母で、明治生まれ。認知症が進み、その面倒は祖母が見ていた。

 私が遊びに行くと、寝たきりのようになっていたおおばあちゃんは身を起こし、シルバーカーに私を乗せて近くの小さなスーパーと駄菓子屋へ連れて行ってくれた。スーパーでは一匹千円のカレイや私の大好きな桃、きゅうり、駄菓子屋ではおはじきを買ってくれたのを今でも覚えている。

 帰り道、よその家の犬にちくわをやっていたおおばあちゃん。後日「えさを与えないでください」の張り紙が出されることとなった。おおばあちゃんがまだばあちゃんで、私の母を連れて京都市動物園に行ったときの話はずっと聞かされてきた。猿山のサルに玉ねぎを投げ入れて、むいてもむいても何も出てこないことに腹を立てるニホンザルを見て手をたたいて笑っていたと。昔からなかなかにエキセントリックな女性なのであった。


 そのおおばあちゃんが亡くなったのは私が引っ越す前だったと思う。

 毎日昼でも真っ暗な部屋の窓際のベッドで寝ていたおおばあちゃんは、いつもと何ら変わらずに見えた。

 何がなんやら分からぬままお通夜も葬儀も終わり、丈夫そうな骨をお箸で骨壺に詰める父母を見ていた。


 それからしばらくして、その家に私たちは引っ越した。

 おおばあちゃんの部屋はリビングになった。

 机といすが運び込まれ、小さなテレビが置かれた。


 天井の手形や足音にも慣れてきたころ。

 ある朝母に「なぁあんた」と怖い顔で話しかけられた。

「覚えてるか?昨日の晩2時頃、あんた起きて二段ベッド降りていったん」

 身に覚えのない話に首をかしげると、母は「いや、やめとくわ」とどこかへ行こうとしてしまった。

「いや何よ、気になるやんやめてよ」

「ほんまに聞きたいか?」

 母は念押しするように聞いた。

「そりゃ聞きたいよ、何々?怖い話?」

 母は逡巡するような顔をした後、話し始めた。

「あんた、ここで誰かと喋っとったんやで。」

 母曰く、二段ベッドを降りて階段を降りる私の物音で目が覚めたらしい。

「トイレかと思って、一緒に行こうと思って後ついていったんよ。そしたら二階のトイレ無視して一階に降りるから。呼びかけても反応ないし、心配になってそのあとも付いていったんや。そしたらあんた、リビングのそこの椅子で誰かと喋り始めて・・・」


 全く一切の記憶がなかった。

 だが、母が指さした「そこの椅子」は、暗い窓際、ちょうどおおばあちゃんが息を引き取るまで眠っていたベッドの場所に置かれた椅子であった。

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