第21話 オタクの祭り2
学生時代のアルバイトは飲食店にガソリンスタンドを経験していたらしい吉鷹晶は、最初こそ戸惑っていたが慣れてくると手際良く頒布してくれた。途中から、
「らっしゃーせ!」
と居酒屋か寿司屋のような声かけをしていたが、あまりにも堂々としているので買いに来てくれた人も最初は驚いていたが、そのあとは普通に買い物をしていた。違和感を押し通す力はさすがである。
「よっ」
「おー!!」
開場してから一時間ほど経った頃、なぜか美山さんがやって来た。
職場の知り合いが来てテンションが上がった吉鷹晶が笑顔で手を振り、美山さんも軽く手を振ってそれに答える。本日の美山さんはスーツではないが、やはりちょっとぴったりめの服を着ている。
吉鷹兄妹のセットは百貨店の化粧品売り場だったが、吉鷹晶と美山さんの組み合わせだとイケメンが出てくる洋画の見せ場の様である。
吉鷹晶と再会した日のデジャビュを感じた。美山さんも明らかにこちら側の人間ではないと分かるので、激しく周りから浮いている。
「なんで美山さんがここにいるんですか……」
「昨日吉鷹から漫画のイベントに参加するって聞いて、源次郎様の様子を見たついでに寄ってみたんです。すごい人ですね」
好奇心で男一人で女性向けのイベントに乗り込める精神力を見習いたいものだ。
女子の人口が多いだけで特にどういうイベントなのか理解していない可能性もあるが。
「源次郎、元気にしてましたか?」
元の体に戻ると、だんだんと源次郎たぬきの姿が視えにくくなり、今では全く姿が視えなくなってしまった。秋里稲荷の姿もである。
美山さんは神職さんなので今でも源次郎たぬきの姿が視えているらしい。
「元気にしていましたよ。今日は秋里と近所の川に魚を捕まえに行きました」
「あの二人で魚捕れるんですかね」
どう考えても二匹とも川に落っこちてずぶ濡れになって終わりそうだ。
「どうでしょうか。でも、二匹とも楽しそうなので良いかなと」
秋里稲荷の方はよく知らないけれど、源次郎たぬきがよく寂しがっていたのは知っている。
一緒に過ごせる相手ができて、本当に良かった。
「柴村さんにお会いしたがっていましたよ。吉鷹もな」
「俺はついでか」
「野郎よりも女性に来てもらった方が源次郎様も喜ぶだろ。神様ってのは古来からそういうもんだ」
そりゃ確かに生物学上は女ですけど、精神的には女よりもオタクという分類に入れて頂いた方が良いかと思うんですけど。合コンとかで女一名分として数えられても困ると申しますか。などと思ったが、この二人相手に言ってもこの手の話は通じにくいだろうな、と思って一生懸命黙った。
美山さんを見送った後に買い子部隊が帰還した。
「うわああああ!! ありがとう!!」
「いやぁ、なかなかに厳しい戦いでしたが、我ながら天晴れな戦果かと!」
環ちゃんがえっへん、と胸を張る。
「いやぁ、本当環ちゃんの読みが鋭いというか、運が良いというか、ラスト一冊の所とかもいくつかあったよ」
「神様仏様環様!!」
「えへへ」
きっとオタクの神様がいるなら、環ちゃんの姿をしているのだろうなと思った。
交代でトイレに行ったり買い物に行ったりしているとあっという間に時間が過ぎて行く。
昼過ぎには撤収し、帰路についた。
「源次郎ー元気ー? ていうか川から帰ってきてる?」
美山さんに言われた通り、帰り道にみんなで源次郎神社に立ち寄る。
源次郎たぬきの姿が視えないので、そこにいるかどうか分からないが、とりあえずいる体で話を進める。
「美山から元気にやってるって聞いて安心したぞ」
そう言って吉鷹晶が源次郎たぬきが好きなたい焼きをあんことカスタードの二匹ずつ、階段の端にそっと置く。一緒にいると思われる秋里稲荷と一緒に食べられるようにだ。環ちゃんは個人的に一升瓶の酒を差し入れていた。
「たい焼きにお酒って合うの?」
「私はチョコレートつまみに飲みますよ!」
けいちゃんの問いに環ちゃんが元気よく答える。
下戸に戻ってしまったのでチョコレートをつまみにお酒が飲めるのか、私にはよく分からない。
「今日はみんなでイベント行って来たの。これ、源次郎にプレゼントね。喜んでもらえるか分からないけど」
鞄から取り出したのは絵馬だ。
今日はイベント終わりに源次郎たぬきの神社に寄って行こうとみんなで話していたので、あらかじめ用意していたもの。
源次郎たぬきの神社に絵馬はないので、どうしようかと思ったが昨今はネットショッピングでなんでも揃うので助かった。絵馬も売っているのにはびっくりしたけれども。
絵馬には源次郎たぬきを描いたイラストと「また会おうね」の言葉を添えた。
あの日、源次郎たぬきが助けてくれなかったら、私は今ここにいなかった。
源次郎たぬきのおっちょこちょいで吉鷹晶と入れ替わってこの一ヶ月間大変だったけれども、代わりに自分のままでは知ることのなかったことを知ることができた。
誰に同意されなくても応援されなくてもいい。自分の見たい世界を表すことができればそれでいい。それが同人誌の世界だと私は思っている。
でも、やっぱり誰かに自分が表現したかったものが届いているって分かると、単純に嬉しかった。
もっといろんなものをたくさん表現したいって思えた。
同人誌を作ることは楽しいけれど、将来の為にならないんじゃないことをやってるんじゃないか。そんな漠然とした不安が付き纏っていたけれど、自分の想像で誰かの日常を少しでも楽しいものにできていたのなら「なんにもならない」にはないんじゃないかな、と思った。
それを知ることができた私はすごく運が良かったとも思う。
だから、いろいろあったけど源次郎たぬきには感謝しかない。
「源次郎、また会おうね」
たい焼きとお酒と一緒に絵馬を添えて、みんなで二礼二拍手一礼でお参りした。
同人誌イベントも無事終了、けいちゃんと吉鷹兄妹との打ち上げも大層盛り上がり、充実した週末を過ごした。
そんな楽しかった夢のような日の後にも必ずやってくるのは現実である。
今日も今日とて日常が始まる。
「……あれ?」
憂鬱な気持ちでスマホのアラームを止めると、違和感に気付いた。
自分が設定していたスマホのアラーム音じゃないし、視界に映るものが自分の部屋のものじゃない。
少し前に見慣れてしまった吉鷹晶の部屋だ。
「!?」
勢いよく飛び起きて洗面所に駆け込むと、平凡な自分の顔ではなく、寝起きというのにキラキラな吉鷹晶の顔が映っていた。
不意に見た吉鷹晶のキラキラ顔面に叫び声を上げそうになり、両手で口を押さえてことなきを得た。
慌てて部屋に戻りスマホを手に取ると、その瞬間にスマホが着信したので驚いてスマホを落っことす。
発信者は「柴村結子」だ。
「もしもし!」
落としたスマホを拾い、電話に出る。
『柴村さんか!?』
スマホ越しに聞こえるのは自分の声。
つまり、私達はなぜかまた入れ替わってしまったらしい。
お互い職場にはとりあえず体調不良と言い訳をして、源次郎神社へと向かおうという事になった。
「源次郎ー!!」
久しぶりの吉鷹晶の体で駅から全力疾走して源次郎神社に到着した。
「あっ! 結子殿~!」
本殿から源次郎たぬきが出てきて、足元に走り寄ってくる。元気そうで何よりだ。……じゃなくて。
「なんかまた入れ替わってるんだけど! なんで!?」
私の問いかけに源次郎たぬきはなぜかもじもじし始めた。
「結子殿がまた会おうねと願って下さって源次郎は嬉しかったのです。皆さんのおかげで神通力も以前より増してきておりますし、もう一度お二人を入れ替えてみました! またお話できて源次郎は嬉しゅうございます!」
また会おうね、とは絵馬に書いたけれども、もう一度吉鷹晶と入れ替わりたい訳では決してない。
嬉しそうな源次郎を目の前にして否定する言葉を言う勇気などなく、なんと言ったものかと思考がぐるぐるとするが、源次郎たぬきの元気そうな姿を見て少しだけホッとしてしまったのは秘密である。
神様、仏様、たぬき様! 朝比奈夕菜 @asahinayuuna
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