第6話 えがお
「え~、でも私今日掃除当番だし~! ちょっと待っててよー!」
「待てないよ、遅くなると売り切れちゃうもん!」
「やだー! 私も行きたーい!」
放課後。
同じクラスの菊池さんが、仲良しの田沼さんや並河さんを引き留めながらキョロキョロと周りを見回し、帰り支度をしていた私に目を止めた。
「春原さんっ!」
「えっ?」
「今日の掃除当番、代わってもらえないかな?」
菊池さんはウルウル目で、拝み倒さんばかりに私にお願いしてきたのだけど、ちょうど今日はお母さんから買い物を頼まれていたから急いで帰らなくちゃいけなくて。
「ごめんね、菊池さん。今日は無理なんだ」
申し訳ないけど、お断りした。何も無ければ、代わってもよかったのだけど。
「えー……」
「じゃあ麻友、私たち行くよ」
「やだやだ、ちょっと待ってよー!」
なんか、申し訳なくなってきちゃう。菊池さんが泣きそうな顔をしているから。
急いで掃除すれば、買い物も間に合うかな?
と思った時。
「あっ、いたいた! 青山さんっ! お願いっ、お掃除代わって!」
菊池さんは、ちょうどどこかから教室に戻って来た青山さんに手に持っていたモップを押し付けると、田沼さんと並河さんを走って追いかけていってしまった。
「待ってー! 弓美! 美菜!」
菊池さん。
菊池 麻友。
田沼さん。
田沼 弓美。
並河さん。
並河 美菜。
この3人は私と同じクラスで、とても仲がいい。たいていいつも3人で一緒にいる。
菊池さんからモップを押し付けられたのは、青山さん。
青山 一花。
青山さんも私と同じクラス。
いつもニコニコしているけれども、ひとりでいる事が多い気がする。特に仲間外れにされているという訳ではなくて、ひとりでいることが苦にならないタイプなんじゃないかな。本を読んでいる事が多いから。……そういう意味では板倉くんに似ているけれども、青山さんは板倉くんとは違って、全然取っつきにくいことはない。むしろ色々な人からよく頼まれごとをしているように見える。
さっき、菊池さんがお掃除代わってってお願いしていたみたいに。
見れば、青山さんはやっぱりニコニコしながら、既に掃除の準備に取り掛かっている。
えらいな、青山さんて。
私はそう思いながら、急いで教室を出た。
コッソリ確認してみたのだけど、板倉くんは教室には居なかった。鞄があるからきっと、図書室にでも行っているだろうなと思った。
同じクラスで、今は隣の席でもある板倉くん。
板倉 学。
いつもひとりでぼんやりとみんなを眺めているか、そうでなければ黙々と本を読んでいる。
一言で言えば、『何を考えているかわからない奴』。
それが、板倉くんだ。
こう言うと、クラスの中では浮いていて存在感が薄そうな感じがするだろうけど、実際は真逆。
彼は度々、クラスメイトから―最近では他のクラスの人からも―困りごとを相談されては、抜群のアドバイスで困りごとを解決している、密かな人気者。
実はファンも多いらしい。
『人気者』になぜ『密かな』という形容詞が付くのか。
それは。
彼が人を寄せ付けないオーラを醸し出しているから、だと言う。
私にはそのオーラとやらは良く分からないけれど、確かに取っつきにくいことは取っつきにくい。ただ、彼は本当は優しいということも知っている。
そう。
何を隠そうこの私も、あのストーカー事件以来、彼のファンの一人になっていたのだ。
でも、最近は板倉くんのアドバイスが必要になるような事件は起こっていなくて、平和だなって思っていた。
板倉くんと話す機会が減るのは、ちょっと残念な気もしたけれど。
だってほら、私も彼のファンの一人だから。密かな、ね。
そんな事を思っていた翌日に、さっそく板倉くんの力が必要になるなんて。
その時の私は、考えもしていなかった。
「おはよう、春原さん」
「あ、おはよう、横山さん! ねぇねぇ、昨日のドラマ見た?」
「うん! ドキドキしちゃった。来週が待ち遠しいね」
「ねー!」
昇降口で横山さんと会った私は、話しながらゆっくりと、教室へと廊下を歩いていた。
「おはよ」
後ろから聞こえてきたのは、板倉くんの声。
取っつきにくい人ではあるけれども、私のストーカー事件をあっという間に解決してくれて以来、挨拶くらいはしてくれるようになっていたし、なんならその後もいくつかの問題を一緒に(とは言っても私はほとんど何もしていないけど)解決したのもあって、割と親しくはしてくれている。と、思う。少なくとも、私は勝手にそう思っている。
「おはよう、板倉くん! ねぇ、板倉くんも昨日のドラマ」
「今日数学小テストだぞ、大丈夫か?」
言いながら、板倉くんがスタスタと私たちを追い抜いていく。
「……げっ! うそっ! やばっ……」
「昨日先生言ってたよ?」
「えーマジでっ⁉ どうしよ……」
「教室に着いたら、時間まで一緒に復習しよ?」
「うん! ありがと~、横山さ~んっ!」
横山さん、神ーっ!
と、横山さんの手を握りしめながら教室に入った私は、なんだかいつもと教室の雰囲気が違うことに気づいた。
板倉くんは、既にいつも通りに自分の席に座って本を読んでいたけれども。
なんだろうと見れば、菊池さんが強張った顔をして席に座っていて、その両隣には田沼さんと並河さんが立ち、両隣から菊池さんに話しかけている。
「ねぇ、どうしたの? なんかあったの?」
自分の席に鞄を置いて横山さんと一緒に菊池さんの席に行くと、菊池さんに変わって田沼さんと並河さんが説明してくれた。
「私たち、今日ちょっと早く学校に着いたから、この教室には一番に入ったんだけどね」
「麻友の机にこれが置いてあったの」
そう言って田沼さんが見せてくれたのは、バキバキに折れたプラスチック製のシャープペンシル。
「えっ……」
「怖い……」
バキバキに折れたシャープペンシルを見た横山さんが、怯えた顔をしてぎゅっと私の腕を握る。
確かに、私も少しだけ怖かった。
だけど、安心させるように横山さんの手に自分の手を重ねる。
「これ、菊池さんの?」
そう聞くと、菊池さんは黙ったまま小さく首を振る。
じゃあ、これ誰の? 新品のようにも見えるけど……
もしかして、菊池さんの席の側に落ちてたシャープペンシルを誰かが間違って踏んじゃって、誰のか分からないからとりあえず菊池さんの机の上に乗せた、とか?
「そんなに気にすることでも、無いんじゃないかなぁ?」
「私たちもさっきから麻友にそう言ってるんだけどね」
そこで予鈴が鳴ってしまったので、ひとまず席に戻ると、隣の席で板倉くんが本から顔もあげずにボソッと言った。
「昨日の帰りには何も無かったぞ」
「えっ?」
「つーかいいのか? 一時間目、数学だけど」
「あぁっ⁉」
その日の私の数学の小テストが散々な結果に終わったことは、言うまでも無い事だった。
追試確定は間違いない……はぁ。
数学の小テストのあまりのできなさにショックを受け、そのショックを1日中引きずっていた私は、翌日にはシャープペンシル事件の事はすっかり忘れてしまっていた。
けれども、教室に入るなり先に教室に着いていた横山さんに捕まってそのまま連れていかれたのは、田沼さんの席。
机の上に置かれていたモノに、私はギョッとしてしまった。
それは、刃物でズタズタに切り裂かれたノート。
「これ……」
「私のノートでは、ないんだ。中も、真っ白だし」
田沼さんの顔は、昨日の菊池さんのように強張っている。
「だから言ったじゃんっ! 昨日のシャーペンだって、誰かの嫌がらせだったんだよっ!」
菊池さんが叫ぶようにそう言うと、教室が一瞬シンとなった。
「なんだ? どうした?」
朝練終わりの達川くんが、ひょいっと顔を覗かせてくる。続いてクラスのみんなも集まって来た。
「大丈夫っ! ごめん、なんでもないから」
田沼さんは慌てて、ズタズタのノートを机の中に隠す。
「弓美っ」
「麻友、もう少し様子見てみよう? 誰も怪我はしてないんだし」
並河さんの言葉に納得はしていないようだったけど、菊池さんは黙って自分の席に戻っていった。
今回のは、『間違ってノートを切り裂いた』とは考えられないし、なんだろう? 一体誰が何のためにこんなこと……
真っ先に相談したかった板倉くんはと言えば。
予鈴と同時に寝ぐせのついた頭で教室に入って来ると、いつもと違う教室の雰囲気に気づいているのかいないのか、いつものように本を取り出して読み始める。
なんで肝心な時に居ないかなぁ……
八つ当たりのようにジーっと板倉くんを睨んでいたのだけど、板倉くんはちっとも気づかなくて、そのまま先生がやってきて、ホームルームが始まってしまったのだった。
「あれっ? 青山さん、この間菊池さんと掃除当番変わったんじゃなかったっけ?」
その日、掃除当番だった私は、青山さんが掃除の準備をしている事に気づいて声をかけた。
掃除当番は順番に回って来る。だから、この間掃除をしたばっかりの青山さんがまた掃除をしているのは、おかしいのだ。
「うん……まぁ、いつもの事だから」
そう言って、青山さんはニコニコと笑う。
「でも」
「いいの」
私と青山さんが話している隣を、板倉くんが素通りして教室を出る。手に本を持っていたから、また図書館に行くのだろう、きっと。
「早く終わらせて早く帰ろう?」
「……そうだね」
青山さんに急かされて、急いで掃除を始める。
板倉くんの鞄はまだ、席に置かれたままだった。
翌日。
さすがに2日続けて気になる事が起こったので、早めに学校に着くと、横山さんも同じだったのか昇降口で会った。
挨拶は交わしたものの、あまり明るい会話をする気が無いのは同じなようで、少し緊張しながら黙って教室へと向かう。
すると。
「なっ……」
呆然と立ち尽くしたままの並河さんの席の机には、カッターが突き立てられていた。
まだ早い時間だからか、教室にいるのは、菊池さん、田沼さん、並河さんと、横山さんと私の5人だけ。
「ねぇ、もう先生に言おうよー!」
堪りかねたように菊池さんがそう叫んだ時。
「もう1日だけ待て」
そう言いながら教室に入って来たのは、板倉くんだった。
「ここまで先生に言わなかったんだから、もう1日くらい待てるだろ」
「でも……」
菊池さんが怯えた顔をして板倉くんを見る。田沼さんも並河さんも同じ顔だ。
だけど、私にはピンときた。多分それは、横山さんも同じ。
ここまで言うからにはきっと、板倉くんにはもう、犯人が誰だか分かっているのだろう。
「大丈夫、大丈夫だよ。板倉くんは不愛想で取っつきにくいけど、こう見えてすごく頼れる人だから」
安心させるように、私は菊池さん、田沼さん、並河さんに言ったのだけど。
「お前それ褒めてるつもりか?」
「え? そうだけど?」
「まったく……」
板倉くんが溜息をつく理由が全く分からずに横山さんを見ると、横山さんは私を見てクスクスと笑っていた。
……ん? なんで?
「今日、夜出て来られるか?」
帰りがけ、板倉くんにそう声を掛けられてドキッとしてしまったのは内緒だ。
挙動不審になってしまった私を怪訝そうに見ながら、板倉くんは言った。
「俺は不愛想で取っつきにくいようだから、お前みたいに愛想が良くて取っつきやすい奴が居た方がいいだろうからな」
どうやら、私が言った事をだいぶ根に持っているらしい。
でも、本当の事なんだからしょうがないじゃない。
そう思いながらも、私はお母さんに事情を説明して、夜の学校へと向かった。
何を勘違いしたのか、
「夜の学校でデートなんて、良いわねぇ……青春♪」
なんていう言葉に送り出されて。
「望、こっちだ」
待ち合わせは、学校の正門前。
いつもは閉まっているはずの鍵が開いているらしく、門は少し開いていた。
私服姿の板倉くんは既に到着していて、片手に懐中電灯を持っている。
「門、何で空いてるんだろう?」
「あぁ、先生にお願いしておいたんだよ。鍵開けといてくれって」
「えっ?」
「不愛想で取っつきにくいけど、先生の信用はあるみたいなんでね」
涼しい顔で言って、板倉くんは正門から校内へと入っていく。まだ懐中電灯は点けていない。
「だからっ、あれは褒めたんだってば!」
「ん? なんのことだ?」
「もぅっ!」
「しっ」
懐中電灯を持っていない方の板倉くんの指が、私の唇に触れる。
「静かに……いいな?」
暗い校内に忍び込むドキドキなのか、板倉くんの指が唇に触れたドキドキなのか良く分からなかったけど、私は大きく頷いて板倉くんの後ろを歩き始めた。
板倉くんのシャツの裾を握りしめて。
歩いているうちに、向かっているのは私たちの教室だということに気づいた。
教室に近づくにつれ、扉のガラス部分からチラチラと灯が漏れているのが見えた。
誰か……いるっ。
思わず、板倉くんのシャツを持つ手に力が入る。
教室の扉の真ん前で、板倉くんは立ち止まった。
そして、私の方を見て「行くぞ?」と目で合図をすると、一気に扉を開け、懐中電灯を点けて中にいた人物へと向ける。
「キャッ」
板倉くんが向けた懐中電灯の光の中で立ち尽くしていたのは―
「青山さん……」
いつもニコニコ笑っている青山さんだった。
でも今、青山さんの顔は強張り、その手には大きめのはさみが握られていて、頭の上にまで振り上げられている。振り下ろそうとしていたのは、菊池さんの机だった。
「今時、シャーペンだってノートだってカッターだって、百均で手に入るからな。それも百均で買ったんだろ?」
シャツを掴んでいた私の手をパシッと振り払い、私を青山さんから庇う様にして前に出ながら、板倉くんは青山さんに近づいていく。
「それで、お前の気は晴れたか?」
立ち尽くしたままの青山さんは黙ったまま。
板倉くんは、振り上げたままの青山さんの腕を掴んでゆっくりと下ろし、手から静かにはさみを抜き取った。
「青山さんっ、なんで……」
駆け寄ると、青山さんはあの、いつもの笑顔を浮かべて私を見た。
「私だって、怒る時もあるよ」
「えっ?」
「嫌な思いをしている時だってある。たくさんある。なのに、なんでみんな気づかないの? 面倒な事私にばっかり押し付けて、なんで平気なのかな」
「嫌なら断ればいいだろ」
「みんなが板倉くんみたいにいつでもハッキリ断れる訳じゃないよ」
青山さんは笑顔を浮かべたまま。
そんな青山さんに向かって盛大に溜息を吐くと、板倉くんは言った。
「そうやっていつでも笑ってるだけで言いたいことも言わないんじゃ、誰も気づく訳ないだろ、お前の気持ちなんて。気づいてもらえないからってこんなくだらない事して相手に嫌な思いをさせて、それでお前は満足なのか? 言っとくけどな、こんな事したってお前の気持ちなんて誰にも伝わらないぞ。お前、いつまでこんな事続けるつもりだよ?」
板倉くんの言葉に、青山さんの顔から笑顔が消える。
「間違ってんだよ、使い方」
とボソッと呟くと、板倉くんは私を見て言った。
「望、何でもいいから俺に何か頼んでみろ」
「はっ?」
「いいから」
そんなこと急に言われてもっ!
と焦りながらも、私は頭に思い浮かんだ事を口にした。
「数学の追試、代わりに受けてくれないかなぁ?」
「……はぁ? なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ?」
その、見るからに小馬鹿にした顔、全拒絶の口調に、思い切り腹が立つ。
「ちょっと何よっ! 何でもいいから頼んでみろって言ったの、板倉くんでしょっ!」
「もう一回」
「はぁっ?」
「だから、もう一回頼んでみろ」
訳が分からなかったけど、そう言われて仕方なく、私はもう一度板倉くんに頼み事をした。
「数学、教えてくれないかなぁ?」
「……はぁ? なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ?」
言っている言葉はさっきと同じ。
だけど。
板倉くん、珍しくめっちゃ笑顔だし、優しい揶揄い口調だし、なんていうか全然腹が立たない。
「ですよねぇ……ってこれ、なんの時間っ⁉」
「お前にはもう分かったよな?」
質問している私の事を飛び越えて、板倉くんは青山さんを見ていた。
見れば、青山さんは笑顔を消して、驚きの顔で板倉くんを見ている。
「要は言い方、だ。仏頂面で断れば確かに相手はいい気がしないし嫌われるかもしれない。だけど、お前の得意の笑顔で断れば、相手だってそんなに悪い気はしないだろ? それで嫌うような奴なら、無理に付き合う必要も無いと思うぞ。他に付き合える奴がいない訳でも無いだろうし。少なくともこいつとは、付き合っていけるだろうしな」
「いたっ! ちょっとなにすんのよっ!」
突然背中を強く叩かれて抗議の声を上げる私をガン無視した板倉くんは、淡々と続ける。
「どうせなら、言いたい事を飲み込んで誤魔化す事に使うより、言いたいことを波風立てないように伝える為に使う方が、ずっといいと思うけどな。笑顔ってやつは」
青山さんの顔がゆっくりと俯き、小さな声が聞こえた。
「……うん」
それから暫く、教室の中には青山さんのすすり泣きが響いていた。
この一件は、夜に正門の鍵を開けてもらった手前、一応担任の先生には報告することにして、先生から菊池さん、田沼さん、並河さんに事情を説明してもらうことにした。
板倉くんと私がどう絡んでいるかは、内緒にしてもらって。
実はあの時、直ぐ側にうちのクラスの担任と副担任の先生も待機してたんだとか。もし、私たちに危険が迫れば、すぐに助けに入れるようにって。
だけど、板倉くんが先生たちに手は出さないようにお願いしたんだって。
絶対に大丈夫だから。
俺たちを信じてくれ。
って。
なんか、板倉くんらしいなって思った。
そういうところなんだよね、ファンになっちゃうところ。
板倉くんは、青山さんが私たちになにかするなんてことは―私たちだけじゃない、他の誰かに危害を加えるなんてことは絶対にしないって、信じてたんだ。
その後の青山さんは相変わらずニコニコしてはいるけれども、ニコニコしながらも言いたいことははっきりと言うようになって
「あいつ、笑いながら人刺しそうだよな」
とまで言われるようになった。
……これはこれでどうなんだろうか?
でも、青山さんの笑顔は、前よりも断然いい笑顔になっていると思うんだ。
それでね、たまにチラッって板倉くんのこと見てる時があるんだよね。
あ〜……青山さんも、板倉くんの密かなファンの仲間入りだね、きっと。板倉くんは全く気づいていないようだけど。
先生からコッソリ教えてもらった話だと、青山さんは直接、菊池さん、田沼さん、並河さんに謝ったとのこと。だけど、3人もいつも悪気は全く無かったとはいえ、結果的に青山さんに色々なことを押し付けてしまっていた、ということもあって、3人からも青山さんに謝って、仲直りはできたらしい。
板倉くんがなぜあの日わざわざ先生にお願いしてまで正門から入ったかと言えば、犯人が裏門を使って校舎に出入りしていると踏んだからで、それは当たっていたみたい。青山さんは裏門から夜の校舎に入り込んでいた。私は全然知らなかったのだけど、裏門は鍵がかかっている状態でも、実は入り込みやすいのだとか。
ほんと、さすが板倉くんだ。
そんなことまで知っているとは。
「板倉くん。今回もお手柄だったね」
「不愛想で取っつきにくいけどな」
「……どんだけ根に持ってるのよ」
「別に」
隣の席の板倉くんは、本から顔も上げないまま、澄まし顔で答える。
「だけど、ほんとめんどくせぇな、【えがお】ってやつは」
「え? 今回の犯人は笑顔、なの?」
「あぁ。嘘の【えがお】だ」
「なるほど……」
「嘘の【えがお】なんて、結局は周りも自分も苦しめるだけだ」
私にしか聞こえないくらいの小さな声で、板倉くんは呟いた。
「そうだね」
私も小声で言って頷く。
そこへ、他の友達と話していた横山さんがやってきた。
「ね、春原さん。今日の帰りに新しくできたお店に寄ってみない? さっき聞いたんだけどね、パフェがすごく美味しいんだって」
「えっ! 行く行く! あ、そうだ。ねぇ、板倉くんも一緒に」
「断る」
笑顔のひとつもなく本から顔をあげることもなく、なんなら食い気味に誘いを断る板倉くん。
彼はそういう人だって知ってるから、今更腹が立つとかそういう事は全くないんだけど、私は言ってやった。
「板倉くんには、もうちょっと【えがお】が必要かもね? 嘘でもいいから」
「……は?」
「え? なんの話?」
ようやく本から顔をあげて私を睨む板倉くんと、不思議そうに板倉くんと私を交互に見つめる横山さんの姿がおかしくて、私は思わず声を上げて笑ってしまった。
「みんながお前みたいに単純なら、世界はもっと平和になるかもな」
「えっ? だから、何の話?」
「板倉くんが、不愛想で取っつきにくいって話!」
「……お前なぁ」
「春原さんっ、ダメだよっ! 本人の前でそんなホントの事言っちゃ!」
「全然フォローになってねぇし」
「あははははっ!」
今回の犯人は、嘘の【えがお】。
笑顔、そうだね。
笑う時は、心から笑う方がいい。嘘の無い笑顔の方が絶対にいい。
でも、嘘の笑顔も使いようによっては自分や周りを助けてくれることになる。
だけど、使いようによっては、自分も周りも苦しめることになる事も。
難しいな、笑顔って。
誰もがいつでも心からの笑顔になれればいいのにな。
「お前、そんな大笑いしてる余裕なんてあるのか? 数学の追試、明日だぞ?」
「……そうだった! どうしよっ⁉」
「まぁ……頑張れ」
パタンと本を閉じると、板倉くんはニヤッと笑って立ち上がり、鞄を持って教室から出て行ってしまった。
「ごめん、横山さん……パフェ、今度でいいかな?」
「うん、もちろん。 数学、一緒にやろっか?」
「あ~り~が~と~っ!」
横山さん、神~!
その後私は横山さんと一緒に図書館へと向かい、笑顔も忘れて必死で数学の追試に向けての勉強に集中したのだった。
【終】
犯人の名は 平 遊 @taira_yuu
★で称える
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