デスパスタは勝利の味
モアの劇的な勝利で終わったらしい。
らしい、というのも俺には全く戦闘の模様は見えていないわけで、俺はあちらさんが一般客を巻き込まないように作り上げた結界の外にて結果を待っていた。途中トイレに行ってから戻ってこられるぐらいには時間がかかったが、あっちが「覚えてろよー!」と言いながら逃げていったシーンには間に合ったのでよしとしよう。何がよしなのかわからないけど。
「さて、勝利のあとは腹ごしらえとしよう!」
「まあ、本来の勝負はこれからだし、そうするか」
急にお腹が空いてきた。戦いが始まる前まではそんなでもなかった気がするんだけど。
「結界は周りの人間の生気を吸うらしいぞ」
「マジで?」
「うむ。それで腹が減ったのだろう」
というか、戦いのせいで当初の目的を忘れるところだった。浴衣美女コンテストに出場するために来たんだったよな。そこで俺には見えない子どもの自縛霊と会ってしまってから話が脱線してさ。
「そうだ、霊の子はどうなったの?」
「ユーノがパパとママのところまで連れていったぞ!」
また知らない人の名前が増えたな。
誰だそれ。
「除霊師?」
「ああ、はいはい」
「普段は占い師をしているそうだぞ」
結界の中でのバトルが終わってから名刺を受け取ったらしい。『万能占い師・なんでも占います・有能のユーノ』と書かれている。裏面には各種SNSのアカウントと連絡先があった。それで「覚えてろよ」なのかな。
「我も『侵略者』としての名刺を作らねばな! 向こうから渡されたのにこちらが渡せるものがないのは格好がつかないぞ!」
「いいよ作らなくて」
侵略者は職業なの?
そういや前にモアがバイトの面接を受けようとして職業欄に『侵略者』と書いたせいで落とされたんだっけか。やっぱり職業じゃあないよ。
「その腕前を知りたくて、タクミの今日の運勢を占ってもらった」
「無許可」
しかも今日のか。今年のじゃあなくて。なんで俺なの。
「懐かしい人に出会えるかも! ラッキーアイテムは『辛いスパゲティ』!」
朝の情報番組の占いコーナーのようなテンションで、モアが占い結果とおぼしきフレーズを発表した。
懐かしい人、ねぇ。
これだけ人がいれば、もしかしたらもあるかもしれないけどさ。
「そんなピンポイントなラッキーアイテム……」
さっき見た地図を思い出そうとする。まずはフードコートかレストラン街かの二択。その後にそこにある店の中からの選択。見覚えのある店名ばかりだと逆に記憶に残らない。
「サイコバニーのおすすめの店があるらしいぞ!」
出た。サイコバニー。モアのSNSの友だち。ウサ耳を付けた女の子、のアイコンで、自撮り画像を毎日一度は載せるタイプ。俺はずっと『中身はおっさん』説を主張している。モアは女の子だと信じて疑わない。
「こんなに可愛い子が男なわけがないぞ」
と言いながら口をへの字に曲げて昨日載せられた画像を見せてくる。だから、そういうのは他の女の子が載せた写真を加工してるんだって、何度言っても俺よりサイコバニーのほうが信用できるらしい。困ったもんだよ。
「タクミは疑いすぎだぞ」
「で、サイコバニーさんおすすめのお店って?」
「デスパスタ」
「デスパスタ」
一字一句そのままおうむ返しにしてしまった。
デスパスタ、何?
「食べログにも載っているぞ!」
え、何、こわ……。
モアにスマホの画面を突きつけられた。店名は普通にチェーンのパスタ屋だけど、店舗限定メニューっていうか裏メニューみたいなものとして『デスパスタ』があって、口コミで広まり美味しいと大評判。とのこと。
「これこそ『辛いスパゲティ』だぞ!」
そんなピンポイントな要求が通ることあるんだ。示し合わせたみたいだな。他にめぼしい店もないからそこでいいけど。俺は食べたくないなデスパスタ。レビューにはボンゴレの2Pカラーみたいな食べ物の写真が添えられている。ペスカトーレともまた違う。
「タクミのラッキーアイテムだぞ?」
「辛いの苦手だし」
「ふむ」
というわけで、俺とモアは一階からレストラン街へと移動する。辛いのは苦手だけど食べられないわけじゃあないからモアから一口もらえばいいし。
それにしても、懐かしい人って誰だろ。
の答えがすぐに出た。
「いらっし……あ」
「あ」
目が合って一秒で思い出す。右胸に付いている名札は、俺の知っている苗字と違うけど。
それが意味するところは、まあ、そういうことなんだろう。
「二名様ですね?」
俺から視線を逸らして、モアに人数を確認している。モアはモアで何らかを察したらしくて、満面の笑みで「そうだぞ!」と答えた。
「やるじゃんか、少年」
もう少年って年齢でもないけど。あの頃と変わらず、パスタ屋の店員さんの格好をした懐かしい人は俺を『少年』と呼んで小突いた。そんな厨二病みたいな言い回しをするのは、俺の思い出せる範囲で『岩鬼先輩』しかいない。変わったのは苗字と髪型と。当時はベリーショートだったけど、今は長い髪をひとつに結えている。
「デスパスタふたつ!」
案内された席に座るなり、モアは裏メニューを注文した。いやふたつじゃあないよ。俺はいらないってさっき話したじゃん。ふたつともモアが食べるの?
「俺は、カルボナーラで」
「あいよ」
岩鬼先輩は、モデルの
俺が中学校一年生の頃に中三だったから二個上。岩鬼先輩のほうから俺に告ってきた。
告ってきたというか、俺が一人で帰っているところに向こうからやってきて、向こうは
「それでそれで?」
「外で飲んだり食ったりすると家で
「ふむ」
それから毎日一緒に帰るようになって、そのうち岩鬼先輩って名前も知って、女子バスケットボール部のキャプテンだったってこともわかって、運動部は夏の大会が終わったら引退して受験に……どうしたのモア?
「続けていいぞ」
「顔に『おもんな』って書いてあるよ」
モアはスプーンで自分の顔をじっと見てから「書いてないぞ!」と口を尖らせる。物理的に書いてあるんじゃあなくて、比喩だよ比喩。
「タクミから元カノの話が出てくるとは」
「中一の頃だからもう十年以上前か」
あちらは26だか27歳だかか。この辺、都心部にも出やすい郊外って感じだし、マンションを買っててもおかしくはない。休日のこの時間にパートさんとして働いているんだろう。
「我が星には学校というものがないのだが、タクミはその、バスケットボール部ではなかったのか?」
ああそうか。モアは侵略者で宇宙人なんだった。普通に会話していると忘れそうになるけど。
中学校というか学校がなんたるかはある程度テレビとか自分で調べたりとかでわかっても、実際にどうだかまではわからないよな。学校によって制度違うし。
「俺は入ってないよ。強いて言えば帰宅部」
男子バスケットボール部の人から誘われはしたけど。中学に上がってから背が伸びて、目をつけられたんだよ。
あのスポーツ、背が高いと有利らしいし。どのスポーツでもそうなのかもしれないけど、俺はそういうの興味ない。
体育でも運動しないといけないのにわざわざ放課後にも走り回らないといけないの、なんかの罰でしょ。
「それでタクミは体力がないのか」
「日常生活に支障があるほど体力ないわけじゃあないだろ」
「階段の昇り降りで疲れるのはどうかと思うぞ」
人間、楽できるところは楽したいじゃん。エスカレーターあるならエスカレーターを使うし。そういうもんでしょ。俺が悪いわけじゃあなくない?
「そうだぞ少年。今は体型を維持できていても、三十過ぎたら突然太る可能性があるからな」
パスタを運んできた元『岩鬼先輩』がモアの味方についた。ここのお店、客に説教するんですね。
――まあ、お変わりなく元気そうでよかった。先輩のほうが受験で忙しくなって、中学卒業で自然と別れてから、その後特に何もなかったしさ。
「お待たせしましたー、こちらがデスパスタと、カルボナーラになりますー」
声のトーンが変わって、目に痛いぐらいの真っ赤なパスタが二皿、モアの前に置かれた。具材はトマト……トマトベースだよなこれ? トマトとムール貝と、アサリ? と、主張の激しいトウガラシ。
これ食べてから浴衣美女コンテスト出るんだよな、モア……お腹壊さないかな……。
ショッピングモールの地縛霊(※ただし、俺には見えない) 秋乃晃 @EM_Akino
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