ショッピングモールの地縛霊(※ただし、俺には見えない)
秋乃晃
このあと、一進一退の攻防が繰り広げられた。見えないけど。
「おおー!」
休日のショッピングモールはえらい混雑している。
わかっちゃいたけど。
「前転していいか!?」
「ダメだよ」
なんでそんなテンション高いんだよ。
やめてくれ。
「ふむ」
そんな「つまらん!」みたいな顔されてもだな。
変に目立つ行動はしないほうがいいよ。
「そこの水は無料か?」
「無料だけど、巧みな話術で浄水器を契約させられるよ」
「なら、やめておくぞ」
「うん」
フロアマップを見る。こんな郊外のショッピングモールに入っている店なんて、さほど珍しくもないようなところばかり。目新しさも何もない。それなのにめちゃくちゃ混んでいるのはなんで? みんな暇なの?
外は暑いし、買い物するんならもっと近場にある店に行けばいいってのに、わざわざこんな僻地を訪れている理由は『浴衣美女コンテスト』に出場するため。浴衣美女は見たいじゃん。水着ならもっとよかったけど。
このコンテスト、優勝するとここで使える三万円分のお食事券がもらえるらしい。三万円分なんてモアの一食分で飛ぶんじゃあないかな。まあ、家計的には助かるか。
「お! 案内してくれるのか? 助かるぞ!」
モアは宙へ、ちょっとだけ目線を上に向けてニコニコとしている。ひまわり柄の浴衣は、以前花火を見に行った時に着用していたものと同じ。下駄を履ければ完璧だったけど、侵略者は数歩あるいて親指と人差し指の間を擦って血が出てきたためにサンダルに履き替えている。ここが採点時にどう響くか。
それはともかく。
「誰と話してんの?」
そこには誰もいない。
吹き抜けになっていて、二階三階のフロアが見えるぐらい。
「? そこに子どもが見えないか?」
そこ、と指差す先には『サマーセール開催中!』の横断幕しかない。
「我は安藤モア、こっちが参宮拓三だぞ! 今日はここで開催されるコンテストを優勝しにきた!」
そこにいるらしい子どもに、自身と俺を紹介している。繰り返すが、俺には子どもの姿は見えない。どうやら周りの人々にも見えていないようで、なんだか視線が痛い。隣にいる俺にまで突き刺さってくるんだよな。
「うむ。コンテストの開始時刻まではまだ時間がある。ここに来るのは初めてだぞ! 案内してくれるのなら、我はとても嬉しい!」
勝手に話が進められている。
「あのさ、モア」
「ん?」
「俺にはその『子ども』が見えないんだけど」
「ふむ」
モアは口をへの字に曲げた。いかにも自分が正しいと言いたげだ。俺の視力がここに来て突然下がったとでも言い出すんじゃあなかろうか。そんな急にデバフ喰らうことあるかよ。不思議のダンジョンでトラップでも踏んだの?
「……ショーイチというらしいぞ」
俺には見えない子どもが名乗ってくれたのかな。モアが神妙な面持ちになる。なんだか珍しい表情だし、おばあさまから預かったカメラで撮っておこうか。
「昔ここで起きた殺人事件の被害者なのだとか」
急に重たい話が来た。ショッピングモールで、事件。家族連れが多いし、そんな人が死ぬような場所とは思えない。普通に人多いしさ。昔っていつの話だよ。
殺人事件の被害者ってんだから死んだ側の人でいいんだよね?
「つまり、モアには幽霊が見えてるってこと?」
俺には見えてないけど。
「幽霊の友だちができるのは初めてだぞ!」
もう友だち認定してた。怖い。幽霊の友だち、はっきり言って俺は嫌なんだけど……。モアの友だちであって俺の友だちじゃあないからいいか。俺とモアとは恋人同士だけど、相手の友だちとまで仲良くしないといけないっていう法律はないし。ショーイチって名前からして男の子っぽいから余計に興味ないな。可愛い女の子ならよかったんだけど。
「そういう差別はよくないぞ!」
『浴衣美女コンテスト』に乗り気なやつがよく言うよ。
男には参加資格ないんじゃん。
でかい声で幽霊だとか差別だとか言うから、一般のお客様たちは俺たちから距離を取っている。というか、郊外のショッピングモールの入り口で幽霊と知り合う休日になるとは夢にも思わなかった。帰りたい。
「美味しいものを食べれば、タクミの機嫌もよくなるぞ」
どうだろう。
さっきフロアマップ見た感じ、上のほうの階がレストラン街で、一階の向こう側にフードコートがあるらしいのはわかった。どっちにしろ見たことのあるような店名ばっかりだったけど。それに俺、まだおなかすいてないし。家出る前に飯食ったじゃん。三時間も経ってないのに昼飯食うの?
「見つけましたわあああああああああああああああああああああああああ!」
遠くのほうからこっちに向かって女の人が駆けてくる。モアはのんきに「彼女も『浴衣美女コンテスト』の参加者か!」と左手をひさしのようにした。和装ではあるけど浴衣じゃあないと思う。
「
なんかよくわからないこと言ってる。怖い。数珠をカンフーのアレみたいにブンブン振り回している。そんな振り回すもんだったっけ数珠って。葬式の時につけていくだけじゃあないのか。
あと、一人称が妾の人って現実にいたんだ。モアですら我なのに。
「じょれいし?」
「幽霊を成仏させる人、かな」
モアが盛大にデカめの疑問符を浮かべているので簡単に解説してやった。合っているかはわからないけど「おお!」と納得してくれたからいいだろ。
「そうなのか?」
俺に対してじゃあなくてショーイチに対して……だろ、たぶん。会話の流れからしてそう。俺にはショーイチの姿は見えてないしなんて言ってんのかも聞こえないんだよ。普段のトーンで幽霊と会話するなよな。俺に言ってんのかと思うじゃん。
「ショーイチは『成仏したくない』と言っているぞ!」
「え、なんで?」
「この場所に思い入れがあるのだと」
「この世に未練のある幽霊さんでも、ゼェんぶ妾が退治しますので! ので! 問答無用!」
相手さんはノリノリで「ホアチャー」って言ってる。さっさと警備員が来いよ。不審者すぎて周りがドン引きしてる。俺も逃げ出したい。あと、誰か、警察も呼んでくれない?
「交渉の余地はないようだな」
モアがずいっと前に出る。
何すんの?
「そなたも能力者か」
「我は侵略者だぞ!」
「マア、よろしい。相手にとって不足はなしと見た! 結界起動!」
何か始まった……何か始まったけど、俺はその結界というものに入れてもらえなかったみたい。よかった助かった。巻き込まれたくないし。この間に帰ろうか。でもモアを置いていくわけにもいかないな。一人でも帰ってくるだろうけどさ。
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