風紀委員長のふとした横顔
御厨カイト
風紀委員長のふとした横顔
去年よりも暑い空気が頬を掠める、そんな季節。
昨日雨が降ったからか、より一層じめっとした熱気も同時に攻撃してくる。
そんな夏特有の暑さにちょっとした腹立たしさを覚えながら今日も俺はいつも通り高校への道を歩いていた。
額に流れる汗を腕で拭いながら、やっと着いた校門をくぐると
「そこの君!スカートの丈短いよ!校則違反!」
と怒鳴り声が聞こえてくる。
何事かと思いながら、俯いていた視線を上にあげるとそこには下駄箱前にて仁王立ちをしながら目を光らせる風紀委員長様がいた。
あっ、なるほど。今日は校則検査の日か。
……俺、何も違反して無いよな。
何もして無いのにドキッとしてしまうというまるで警官に出くわした時のようなムーブをしている間にもガンガンと色んな人が風紀委員長の目から逃れられず捕まっていく。
「あっ、す、すいません……次から気を付けます」
「そう、もし次やったら反省文だから気をつけなさい……ってそこッ!校内はスマホ禁止!没収するよ!」
「え、あ、やっべ……すいません、許してください……」
「流石にそれは看過できないわ。ちょっとメモるから学年と名前教えて」
……ハハッ、皆やられてら。
まぁ、今日の校則検査は抜き打ちだったから運が悪かったな。
それにしても……ホントよく見てるな、風紀委員長様は。
遠慮も忖度も無くビシバシとしょっ引いていく彼女を横目で見ながら乾いた笑い声と共にそう思う。
サラサラと流水のように綺麗な黒髪にくりっとした目、整った鼻筋という綺麗で可愛い見た目も相まってか迫力が増して、さながら鬼のように感じてるのは俺だけでは無いはず。
……いや、まぁ、俺には関係ない事か。
ふと目があった気がした俺は平常心を装いながら教室へと向かって行く。
********
教室へと着き、中にいる友達に「おはよう」と声をかけてから俺は自分の席にドカッと座る。
そして、持ってきた教科書などを机の中に入れている時に友人である蓮が話しかけてきた。
「ウっス、おはよう」
「おっ、蓮、おはよう」
「いやー、今日は朝からツイてないわ」
不機嫌であることを全く隠さず、眉をひそめながら蓮は俺の隣の席に座って話を続けた。
どこか手持ち無沙汰な所を見てある程度不機嫌の原因が予想できる。
「どしたん……ってお前も検査、引っかかったクチか」
「そうなんだよ、スマホやられた。マジで抜き打ちとかやめて欲しいわー」
「どうせ油断してスマホ開いてるところ見られたんだろ?自業自得だな」
「……まぁ、そうだけど……でも、ソシャゲのログポ貰おうとちょっと開いただけなのに没収は重すぎだろ!」
「理由は何にせよ、持ってくるお前が悪いけどな」
「ケッ、真面目かよ」
「お前よりは真面目だよ」
親友だからこそのノリでわざと辛辣に反応する俺。
蓮もそれが分かっているからこそ言葉自体は怒っている雰囲気だが口調は冗談めいている。
実際、最初の不機嫌そう表情からにへらっと笑みを浮かべる表情へと変化していた。
そんな所で一旦話題が件の風紀委員長の事になる。
蓮は腕をのびーっと上に伸ばし、深く椅子に座りながら口を開いた。
「……それにしても、マジであいつの目どうなってんだよ。背中にも目がついてんじゃねえのか?」
「そう疑いたくなるぐらいのスピードと正確さだよな」
「マジで見た目も滅茶苦茶可愛いし、綺麗系だから尚の事迫力があって怖いんだよ」
「絶対に逃さないっていう意思は校則破ったこと無い俺にもひしひしと感じたわ」
「……ちょいちょいマウント取ってくるのやめろよ」
じとーっとした目で見てくる蓮に軽く笑いながら「ごめんて」と返す。
「絶対思って無いじゃん。それにしても……あの時だけマジ門番味が強いよな、あいつ」
「俺は鬼みたいだといつも思ってる」
「いやー、それも分かる!でも、俺はやっぱ門番なんだよな。仁王像みたいな!」
「……お前、仁王像ならもう1人必要になるぞ」
「あっ、そうか」
殆ど中身の無いような話をノリと空気感だけで続ける俺たち。
馬鹿っぽくはあるが正直、それが一番楽しいまである。
男子高校生なんてそんなものだ。
今日も今日とていつも通りの朝を過ごしていた俺たちだったが――
「誰が仁王像ですって?」
『!?』
そんな空気は一瞬で消え去った。
聞こえたくなかった声が丁度俺たちの後ろから聞こえる。
俺たちはまるで油を差していないロボットのようにギギギッと首を声の方へ回す。
すると……案の定、俺たちが話題に出していた風紀委員長様がそこには立っていた。
一度、俺たちは顔を見合して瞬きをする。
勇気を出して蓮が口を開いた。
「……おっと……これはこれは風紀委員長様。ここには何用で?」
「何用って……そこ私の席なんだけど。そっちこそ早くどいてくれる?」
「すいません、失礼しました」
あっさり負けた蓮はサッとその場の席から立ちあがるとすぐに自分の席へと戻っていった。
そして、入れ替わるように風紀委員長様改め
持っていた鞄を机の横に掛け、入れていた教科書類を机の中に入れたところで「はぁー」と彼女は息を吐いた。
……そんな姿でも様になるのは凄いと思う。
しかし、彼女はすぐにキッとこちらを睨んできた。
「ホント仁王像だなんて好き勝手言っちゃって失礼しちゃうわ」
「あはは……」
「君もだよ!私の事を鬼だとかなんとか言ってたみたいだけど」
「……すいません」
しれっと責任を逃れようと苦笑いをしたところでしっかり彼女に怒られたのでちゃんと謝る。
敵わない相手には言い訳せず素直に謝れと古事記にも書いてあったからな。
だが、そこで彼女はどこか余裕のあるような、それでいて諦めているような表情を浮かべながら頬杖をつき「ふぅ」と再度息を吐いた。
「まぁ、別に気にして無いから良いんだけどね。言いたい気持ちも分かるし。何だったら私だって好きでこの仕事してる訳じゃないから」
「ホントか?その割には結構ノリノリでしょっ引いてる気がするけど」
「ホントよ。そもそも風紀委員長になったのも勝手に選挙で選ばれたからだけど、そこらへんをちゃんと割り切って活動してるだけだしね。やるからにはちゃんとやらないと」
意外だなと思った。
いつもノリノリで風紀委員長としての責務を全うしている彼女からそんな言葉が出てくるとは。
案外、人は見かけによらないんだなとちょっぴり反省する。
しかし、普段の彼女の姿も脳裏にチラついたからか「ふーん……」と俺は少し煮え切らない感じで返してしまった。
「……何、その顔」
「いや、ホントかなーって思っただけ」
「別にこんな所で嘘ついたってしょうがないでしょ」
「それはそうだけど」
「はい、そろそろ授業が始まるからこの話は終わり。ほらっ、さっさと授業の準備しないと」
「へいへい」
話は終わりだという感じで彼女が前に向き直ったその時、丁度チャイムが鳴り、ガラガラと教室のドアを開けながら先生が入って来る。
それを見て、俺は机の中から必要な教科書を出しシャーペンをカチカチと鳴らすのだった。
********
「窓、開けて良いですか?ちょっと暑いんで」
授業時間が半分ほど経った頃、窓際に座っていた子が手を挙げてそう言った。
チラッと声の方を向く。
確かに少し暑い気がする。
先生もそう思っていたのか「ええぞ」と言った。
その声を受けて、その子は立ち上がって窓を開ける。
というかこんな時代に教室にエアコンが無く、扇風機だけで対処しているこの学校はちゃんとヤバいよな。
一体いつになったらこの学校はエアコンを導入するのだろう。
あと1年で俺たち卒業するのだからそれまでにはしてほしいわ。
なんてことを考えながらボーッとしていたその瞬間――
強風が僕らを襲った。
教室の至る所でプリントが舞い、文房具が落ちる音が聞こえる。
うわっ、マジかよ……
めんどくせぇな。
落ちたプリントを拾った後、ソッと周りを見渡す。
基本的に皆「はぁ……」とうんざりしたような顔をしていたが……俺は、見てしまった。
一瞬だったが、隣の風紀委員長の耳についているピアスの存在を。
風によりふわっと少し舞い上がった髪の奥に見えた赤いピアスを。
いや、ホント一瞬だったから見間違えたのかもしれない。
それにあんなに校則違反に厳しい彼女がピアスをしているなんて考えられないし……
……でも、そうだとしても見間違えたのなら一体何と?
あまりの驚きに彼女の顔を見たまま固まってしまう俺。
凝視したままだったからか怪訝そうな顔で彼女もこちらを向いてきた。
「何?どうしたの?」
「いや、耳……」
俺がそう言うと彼女は「はっ」とした顔で耳を押さえた。
もう確信犯じゃん、それ。
「……見た?」
「……見ちゃった、ピア――」
言い切る前に彼女は俺の口元に「しーっ」と人差し指を当ててくる。
そして、その指を今度は自分の口元へと持って行くと、
「だから言ったでしょ。私だって好きでこの仕事をしてる訳じゃないって」
にっこりと微笑んだ。
そして、そのまま再開した授業の方へ向いて何も無かったかのようにペンを動かしていく。
俺もハッと意識を戻し、前を向いてペンを持つ。
全くもって先生の話は入ってこないけど。
……しかし、しっかりと俺の脳みそに焼き付いてしまった。
美しく清楚な彼女の横顔にチリンと揺れる、赤い涙のような形のピアス。
その蠱惑的なコラボに俺の耳まで響く鼓動は当分鳴り止むことは無かった。
風紀委員長のふとした横顔 御厨カイト @mikuriya777
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます