夏の国の暑がりなウサギ

豆腐数

雪、時々ウサギ

 窓の外には今日も雪がチラついている。窓にへばりつく美しい雪の結晶も、長年冬の国に住んでいれば見飽きてしまう。たまによその国から旅行に来る人達は窓についた結晶も、軒先のつららも珍しげに眺めては、はしゃいだり写真を撮ったりしているけれども。


 コタツの上に開いた雑誌を見る。金髪のイケメンが南国の涼しそうな半袖シャツを着てサーフボードを抱えている。背景にもイケメンのシャツの中にも、冬の国ではお目にかかれぬヤシの木が踊っている。


 そうだ、旅行に行こう。アイロンをかけようと置きっぱなしだった、青地に白い結晶の描かれたハンカチでこたつの上のミカン達を包む。道中のお弁当だ。ハンカチは、うちの店のオススメ商品でもある。うちは代々伝わるお土産屋さんだ。主に冬の国らしい雪を模したグッズを取り扱っている。ちなみに私のオススメと裏腹に、一番人気は雪の結晶のイヤリングである。


 今は旅行の時期とはズレていて店も暇なので、しばらく留守にしても問題はあるまい。バスを乗り継ぎ、道中ミカンを食べながら、私は夏の国へと赴いた。


 ○


 夏の国では私の国とは正反対に、太陽を模したイヤリングが人気みたいだ。せっかくの観光で、来たばかりなのに真っ先に見てしまうのがお土産屋さんというのは、職業病の一種だと思う。荷物になるからまだ要らん。


 私は適当な店に入って新鮮な魚料理に舌鼓を打ち、故郷にはいっくらでもどっこにでもある氷を砕いてシロップをかけたのが結構良い値段をするのに驚き、旅行気分でも食べる気になれなくてもうちょっと凝ったアイスを食べたりした。南国の新鮮なフルーツを使ったアイスは故郷では食べられない味わいで、旅の舌触りがする。


 しかし解っていた事だけど出会いはない。南国ビーチで、雑誌のイケメンみたいなのに出会って恋に落ち……とかバカなストーリーをぼんやり想像してたけれど、考えてみたら国じゃ泳ぐ習慣なくて泳げないし、逆ナンとか出来る話術もなかった。真っ白な砂浜と真っ青な海は故郷と同じものと思えなくて、ホテルの窓から眺めるだけでも綺麗ではある。


 海と夏の国で泳げないとなると半分くらい楽しみが潰れちゃいまして、午後は夏の国国立博物館で、国の始まりとか真面目に勉強しちゃった。何やってんだろう……。夜のホテルではぽっかりと月が浮かび、光に照らされておぼろげな虹がかかっている。


 虹の下には宝物があるよ。誰がどこでそう言ったんだっけ。イケメンとの出会いよりバカらしさが増した物語に誘われたわけじゃない、と自分にわざわざ言い訳しながら、夜の街に出た。


 ○


 虹の下に宝物はなかったけれど、跳ね回る小さな白い毛玉はいた。


「暑い熱い暑い熱い暑い!! 夜でも昼間の熱がアスファルトに籠って熱いのだわ!」


 長い耳のついたうるさい毛玉だ。セイカクに言えばウサギ。一匹ぼっちで跳ね回るそいつに、何を思ったか声をかけてしまった。


「ちょっと聞いてくれる!? この国本当に暑い! 産まれた瞬間から暑い! ってくらい暑いのだわ!ペットショップであんまり熱くて跳ね回ってたらゲージからすっぽ抜けて空いた窓からピンボールみたいに飛び出してこうして跳ね回ってるけどまだあっついのよ!!! 兄妹達もなんかファンキーでテンション一日中高くて暑苦しいし!! 誰が産めと頼んだ!! こんな土地に!!!」

「南国に向いてないウサギだなぁ」


 私もか。夏の国は綺麗だし、人も陽気で親切だけど、どこか馴染めない自分がいる。バックに残っていた、ハンカチ入りミカンの最後の一つをウサギに向かって転がしてやる。  


「ああ〜皮がヒンヤリ……オレンジにそっくりだけど皮が柔らかいのね、あたしでも上手くすれば剥けるわ」

「ミカンって言うの。冬の国の名物」

「ミカンの包みも涼しげな色ねぇ……この国って何かというとオレンジに赤に黄色なのよ。描いてあるこの白いキラキラはなぁに?」

「雪って言うのよ、『ユキ』」


 私は、空になった雪のハンカチに、雪みたいな毛色のウサギを包んで国に帰った。


「雪って綺麗ねぇ!!」


 ユキは雪景色の中でもピョンピョン跳ね回っていて元気だ。毛皮があるから寒さもへっちゃららしい。生まれつき極端な暑がりなせいか、未だにコタツの良さはわかってもらえない。


 新しく提案されたウサギグッズがうちの店に並ぶ頃。ユキも看板ウサギとして定着した。ユキをモデルにしたウサギのぬいぐるみの中に、本人が混じって寝てた時は大変だった。間違えて買われそうになったのだ。


「あたしは、売り物じゃないのよおおぉぉぉ!!」


 また旅行に行きたい気持ちも湧いてきたけれど、雪の名前をつけたウサギがあんまり雪景色や結晶を気に入るものだから、改めて故郷の景色を味わい尽くすまではいいかな、という気もしている。

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