世にもラブホな物語
ブロッコリー展
💗
僕だけの君になって欲しくないわけない。
君が僕だけのものでありえそうもなくて
だから
その答えがなくなる。
何か引き合いに出そうと思って、ちょっと考えて、あれにしようとか思う。
僕は『くるり』のハローグッバイという曲の歌詞の一部を取り出して引き合わせる。この気持ちに。
このきもちせつめいできることばもおぼえた
やるせなくてきょうもよるがあけるのをまっている
まっている
考えてみればまさに僕はこんな感じの繰り返しの中で生きてきた。
だから僕はいつもこの部分だけを繰り返し聴いたりしている。
自分のこの気持ちがやっとわかって、やっとこさうまく説明できそうになって、僕の気持ちに関するプレゼンの準備とかも整って……、でもその時になってふと思う。
僕はこの気持ちを解釈したことにして終わらせようとしてるだけなんじゃないかって。
封じ込めてる感覚しかない気がして
そう
うん
夜が明けるのを待つことくらいしかできなくなっちゃう。
だからきっと
君は
僕だけの君になんかならないほうがいいんだ。
キャプション付感情でできてる僕なんかの……君には。
僕は今夜も繰り返し聴いてた、その部分を、繰り返し。
変な夜だななんて少しも思わなかった。
だからずっと気づかなかった。
スマホに君からのメッセージ。長め。
ちょっと弱気な内容だった。
返信の体裁だったけど、何の返信かわからなかった。
君は今日まで僕の誘いをはぐらかし続けていた。
職場が一緒になってからなんとなく波長が合うなと気づいた。
他の人が君のことを不思議ちゃん扱いするほどには僕は君がそうだとは思わなかった。つまり、帰納法的に波長を確かめた感じだ。
僕は君に軽い男だと思われて安心し始めていた。
その安心感はすごく説明しやすくて、例えば夜が明けるのを待つ必要なんかないんだと思っていた。
“今から少し会える?”
僕はやり取りをけっこう省いてそう返した。
“うん、いいよ”
君には珍しく、すぐに返信があった。
君とは二人きりで会えたりしない関係だと思ってた。
だから結果的に変な夜だったんだと思う。
🌃 🌃 🌃 🌃
すっかり暗くなったことに明るすぎて気づかなかった。
日本有数の繁華街の夜で君を待っている間、僕は音楽を聴いていた。
ランダムに再生して、いくつも曲を飛ばした。
地べたに座り込んで笑ったり笑わなかったりしている大勢の若者達を見るとはなしに見ていた。
無料案内所がいくつも光っていて、夜からせせりだしていた。
もっと静かな場所で君と待ち合わせたかったし
もっとでたらめな胸の締め付けられ方で出会いたかった。
でも君が指定したのがここだった。
緊急車両が行ってそれから帰った。タクシー同士がクラクションを鳴らしあっていた。
夜が深くなった場合に僕は備えた。結局は備え付けの夜が必要になった。
君はまだ来そうもなかった。
メッセージが来る
“◯山町の中に来て”
ラブホ街へ??
いきなりな展開ってべつに嫌いじゃないです。
“本当のわたしを見せたいの”
「とにかくそんなところにいたら危ないから」云々の“すぐ行く”メッセージを僕は送る。
“わたしはここに住んでいるの”とのこと。
まさかあそこに住んでるなんてことは。
照れ隠しだろうか。
僕は、漫画とかで誘惑に負けそうになって『まだまだ修行が足りん』てなってる男の人みたいになった。修行はしたことなかった。
単純な僕はラブホ街にほいほいと入っていった。
もしも『僕ホイホイ』が仕掛けられていたら危ないからそのことには注意した。男というものは下心がある時には必要以上に無駄な警戒を怠らないものなのだ。
◯山町の中はラブホテルの林立する迷宮だった。僕が知っているよりもかなりラブホが増えているように感じた。
雨後の筍みたいにラブホが生えてたらやだけど、そんな感じだ。
ラブホテル的文化がこれほどまでに発展した国は日本くらいなものなんだそうだ。
建築家に言わせればラブホテルというものは(その発展は)、純粋な社会の要求に対する、現代建築の枠を集めたひとつの想像力豊かな解答、らしい。
ラブホテルというものは日本の現代建築の歴史において最も派手で顕著な現象で……。
僕はそんなラブホテル街の中を君を探しながら歩いていた。
手をつないだカップルたちがまるで掃除機に吸われるみたいにそれぞれのラブホテルの入り口に吸い込まれていった。
誰もそばにいない僕はなんか見学者みたいになってた。
君がこんな街のいったいどこに住んでいるって言いうのか、まるで見当がつかなかった。
コンセプトを持った建物とそうでないものとが乱立していて、ひとつの統一された世界観にされないように、一帯を必死に守っているように見えた。
みんなバラバラな夜をバラバラに楽しみたがっていた。
君からメッセージ。
“先にシャワー浴びてるね”
完全なるボーナス確定です。さっきまでは万が一、今日君を抱けたらと考えていたけど、ここからは、いかにして君に素敵な夜を提供するかが喫緊の課題だ。
さっきよりもさらに修行が足らん動きになってた僕に妙な音が聞こえた。
ザーっという滝のような音。
見ると前方に一棟だけ激しい雨に打たれているラブホがある。今日の降水確率はゼロのはずだ。
そのラブホの前まで行く。
『わたし』という名前の豪華な作りのラブホだ。
キミからメッセージ
“あーもう着いたの?恥ずかしいから電気消すね”
するとそのラブホ以外の周りのラブホ街一体が停電して真っ暗になった。
“キミはどこ?”と僕
“これが本当のわたしよ”
“キミはラブホなの?”
“わたしがラブホじゃないって言ったことある”
“ないよ”
たしかに ないよ
まじまじと眺めるとたしかに君の面影がある気がする。
“どう?わたし”
“キレイだよ”
ピカピカ光るラブホを君だと思って見るとすごく綺麗に見てた。
“うふ、うれしい。さあ、わたしの中に入って、抱いて”
僕は入り口から中に入った。
「あ」と君の声が聞こえた。
建物(キミ)の中では君の声は天の声みたいに聞こえてきた。
どうやら彼女的にはもう行為は始まっているみたいだった。
裸になるのもあれなので、僕は手近なバスローブに着替えた。
「もっと奥」と君が言うので従業員通路まで入った。
「そこ」と君が言ったとこでしばらく止まったら君はすごく悦んでくれた。
各階の部屋番号ランプがチカチカしてる部屋のドアを優しく開けるたびに「あ」と君の感じた声が漏れた。
もしもラブホを抱いたことのある人なら分かると思うけど、ラブホってすごく抱きづらい。
喉が乾いてしまい、近くの部屋の冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを飲んだ。支払いは彼女にすればいいんだろうか。
「もっともっと」と君はすごく欲しがった。とにかく声しか聞こえない。
乱れた各部屋のベッドメイキングをし直すと、「ゾクゾクする」と君は言った。
浴槽をキュルキュルいうまで磨いて回ると、君は「こんなの初めて」だと言ってくれた。
廊下のカーペットをコロコロで掃除してからやめようとすると「止めちゃいや」と甘えた声。
とにかく君が感じてくれて僕はうれしい。
けど
果たして僕は君を抱けているんだろうか。
運動量だけはとにかくある。
建物自体がガタガタ揺れ出して君は全身で感じ出した。
「ねぇ、愛してるって言って」
君の指示通り、ベッド横の内線を使ってフロントにかける。
フロント経由でしかそういうのは伝えられないらしい。
フロントのおばちゃんが出る。
君の中にあるフロントのおばちゃんとかカオスだ。
お「はいフロント」
僕「愛してるよ」
お「はい?アイスコーヒー?」
僕「愛してるよ」
お「汗かいたの?」
僕「あ い し て る よ」
お「愛してるでよろしですか?」
僕「愛してるでよろしいです」
お「お預かりしましたー」
ガチャリ。
しばらく経ってから君が「うれしい」と言ってくれた。
建物も結構な揺れだ。防火スプリンクラーも作動している。
「もっと、もっと激しく」と彼女の要求はエスカレートしていく。
もっとってどうすればいんだろう。
とにかく、僕はAからDまであるエレベーターを使って
ひとりエレベーターアクションをして動き回ってみた。
「すごい、すごいわ」
君はとても感じてくれたみたいで、僕はうれしい。
でもすぐに不安に襲われた。
もしかして僕は一晩中寝かしてもらえないんじゃないだろうか……。一応、明日仕事もあるし。
とにかくこの行為の終わりが見えない。
疲れ果てた僕は、あとのことはペッパー君に任せて、一階エントランスのご休憩ボタンを押してご休憩料金を払ってそおっと帰った。
自宅で休憩するためにお金を払ったのは初めてだったけど、ぐっすり寝れた。
このきもちせつめいできることばもおぼえた
次に職場で君に会った時、いろいろ話が進んでたらどうしようと思った。
終
世にもラブホな物語 ブロッコリー展 @broccoli_boy
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