お弁当、それは人権

@anakama

第1話

 毎日のお弁当がない。それがどれだけの意味を持つかがお父さんには分からないのだ。それもそう、お父さんが最後に学校でお弁当を食べたのは30年以上前のことだろうし。

 でも、私にとってそれは死活問題なのだ。

 私の通う高校には食堂がなく、お昼休みにはいち早く購買へ走って行かなくてはならない。授業が長引いたり、移動教室だった日には、ただでさえラインナップの少ない購買に早弁した運動部の男子達の列が延々と続いている。

 「親が作ってくれないなら自分で用意すればいいじゃん」

 きっとアナタもそう思っただろう。残念ながら、私の家の近くには便利なコンビニなどないし、毎日早起きして自分のための昼ご飯を作る気概が私にあるかと言われればそうでもない。そんな時間があるなら1分でも寝ていたい。

 だから私は昼休みに購買に走っていく状況を甘んじて受け入れている。


 「だって私が作ったら、ノロウイルスとか危ないじゃんね」

 私に人権のない理由をお父さんになすりつけつつ、私は買ったパンを片手に今日も教室に帰る。


「ただいまー」

 教室では梨花が私の机で唐揚げを頬張っていた。欠席の人の椅子を拝借して、向かい合わせに座る。

「お、焼きそばパン。今日はゲット出来てんじゃん」

 焼きそばパンは一番人気ですぐ売り切れる、激レアだ。

「そりゃ毎日豆パンだったら気が狂うって」

「はは。言えてる」

「これが食べれるのも木曜ぐらいだよ。田中センセーは理解あるから」

「ね、他の先生も4時間目ぐらい数分前に切り上げてくれてもいいのに」


 田中先生は、私のクラスの副担任で日本史の先生。話も面白いしお昼前は早めに終わってくれるので、まだ2ヶ月も経ってないのに生徒から絶大な人気がある。反対に英語教師の担任は授業延長をよくする。やめて欲しい。


「田中センセーは遠足の時どうするんだろ、一緒に回りたいなー」

 どこの高校にもあるであろう恒例行事、遠足である。我が校では学年ごとに行き先は変わり、2年生は遊園地がお決まりだ。

「普通に見回りじゃない?梨花のとこは遠足の班行動どうするの?」

「全然話し合ってなーい。その場で決める感じ。美咲は?」

「まじ。明日だよ?私のとこは先にお土産ショップ行ってからおばけ屋敷」

「ていうかさ、お土産ショップは行ってよくて、ご飯は現地で買っちゃダメとか理解できない。せっかくの醍醐味なのにさぁ」

「それな。遊園地でお弁当とかありえない。子供連れの家族じゃないんだから」

「子供連れって。私達もまだ子供だけどね」

 梨花はケタケタ笑いながらお弁当箱を閉じた。


 そう、明日のお弁当。面倒くさがりの私も遠足の時ぐらいはみんなに見劣りしないお弁当を持っていかなくてはならない。


「美咲は明日のお昼なに持ってくんの?」

「白米と冷凍食品3種の詰め合わせですかね」

「私と一緒だ」

 梨花はまたケタケタ笑った。梨花のお母さんも冷凍食品愛好家なのか。ちょっと救われた。


「でもさ、美咲のお父さんは美咲が小学生の時どうしてたわけ?その時から全部美咲がやってたの?」

「いや、遠足の二週間前からお父さんに『お弁当の用意お願い』って頼んでたよ」

「偉いねえ。私なんて2日前とかに言ってたわ」

「で、当日のお弁当箱に何が入ってたと思う?」

「え、怖い。冷凍食品?菓子パンとか?」

「それならまだ良かったんだけど。答えは家にずっと置いてあったクッキーと煎餅」

「うわぁ」

「家に帰ってお父さんに『なんであんなの入れたの』って言ったらさ、『お弁当?お菓子って言ってなかった?』って。」


 思い出しただけでイライラする。あの日からお父さんに期待することはやめた。


「でもさ、それちょっと憧れるかも」

 梨花は窓の方を見ながら呟いた。

「え?」

「お弁当箱いっぱいのお菓子とか子供の夢じゃん。私も一回してみたい」

「そうかな」

「3年生になったら遠足じゃなくてオープンキャンパスだし、2人でお弁当食べれるのは今年で最後じゃん。一緒にお菓子持ってこーよ」

「私も?」

「分け合いっこしよ!絶対楽しいって。ゴミさえ持ち帰れば先生も怒んないし」

 私を見ている梨花の目はきらきら輝いている。


 お弁当箱にお菓子。悲しかったあの日の組み合わせも梨花となら変わるのかも。


 帰りにスーパーで、コンソメのポテチとチョコクッキーを買おう。

 梨花は何持ってくるのかな。私は昼食を楽しみに待つ権利をやっと手に入れた。

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