『書けないおじさん』

小田舵木

『書けないおじさん』

30歳はおっさんだろうか?ちょっとした疑問。

 

 2年前、2つ上の同僚に、

「最近はおっさんだから感性が硬直化してるんすよお」なんて言ったら彼は、

「君がおっさんだったら俺は何なんだよ?」とキレた。彼としてはまだまだ若いつもりなのだろうが、20代後半に入ったらおっさんだ。間違いなく。

 

 そう。俺はおっさんだ。最近はことに感じる。

 体の代謝が落ちてきている。20代の感覚で食べているとすぐ太る。

 音楽の趣味も硬直化してきた。新しいアーティストを受け入れる事が出来ないのだ。

 ちょっと前まではちょっとした運動量は余裕だったが、すぐ疲れる。

「若き日々は過ぎ去りき」なんて煙草をふかしながら考える。

 ちょっと昔の世代の人間なら、もう結婚して子どもができているだろう。今の俺は独身だ。女が寄ってくる気配なんてない。


 今は超高齢化社会だ。実は30代でも十分若い扱いをされる。

 それにちぐはぐさを感じないではない。何時まで若手扱いされ続けるのか?

 もういい加減、社会に出て8年が経とうとしてるんだが。

 上の層ばかり人がいて、中間層が薄いとこういう問題が生じるのだ。

  

                    ◆


 今日も仕事を終え、家で一人晩酌。

 昔は外にみに出かけたもんだけど。最近は呑んでから帰ってくるのが億劫だから、もっぱら家呑みだ。

 ビールが呑めなくなってきた。あの重たい喉越しがなんともしんどいのだ。

 だからかイージーな缶チューハイに逃げがち。

「うぃ〜」なんてため息もなんともおっさん臭い。

 ツマミさえおっさん化はまぬがれない。肉肉しい油ものはノーサンキュー。冷奴や枝豆がなんとも美味い。

 最近はテレビを見ない。見ても出ている人間のサイクルに耐えられないからだ。

 

 明日は休日。今から待ち遠しいかと言われればそうでもない。というのも、どうせ寝て過ごすのが想像できるからだ。昔は出かけたものだけどね。

 休日の過ごし方にもおっさん化は侵食してきている。

 

 最近は趣味もどうにも奮わない。

 俺の趣味は小説を書くことなのだが。

 最近はどうにも筆が進まない。スジを思いつきさえしない。

 なにも出来ず終いにパソコンの前に座ってる。

「書きたいんだけどな」なんて悪あがきをしても、キャラもシチュエーションも動き出さない。

 こうなってくると苦しい。

 なにせ俺は、小説を書くことで心の平衡へいこうを保ってる人間だからだ。

 巧い訳ではない。ただ、心の中であふれ出しそうになっているものを文章に移す作業で心のバランスをとっているのだ。 

「どうせ明日も書けはしねえよ」なんて悪態をついて。ゲップをする。

「昔みたいにドライヴする感覚がない」昔は、ただ、衝動的に感情をドライヴさせるだけで作品が書けた。今は色々考えなきゃ一段落も書けはしない。

  

                  ◆

 

 酔いが回ってきた。この酔いが回ってくるタイミングにもおっさん化は侵食してる。若い頃は蒸留酒をガンガン呑んでも、夜中まで起きていられたのになあ。

 ダルくなった俺はベットに寝転んで。ぐるぐる回る天井を眺める。

 昔は自分がおっさんになるのが想像出来なかった。

 しかし、あっという間におっさんに成り下がっていて。

 若い頃とは違う感覚に翻弄されている。だけど精神は意外に成長していない。分別のないまま、老いゆく肉体に閉じ込められる感覚。これは気持ちのいいものではない。

「ぬあああ」と抵抗の叫び。まだ、俺はおっさんになりたくねえ。だが、着実におっさん化は進む。最近は体臭もそれっぽくなってきちまった。枕からなんとも言えぬ香りがするのだ。

 

 なんだか面倒になって目を閉じる。

 すぐに眠りにつけるあたりもおっさんだ…

 

                  ◆


 

 昨日はどうにも呑みすぎたらしい。頭の痛みと共に起床。疲れているはずなのに、きっちりと早朝に目が覚める。社畜根性が身につきすぎている。


 朝食はおかゆ。昨日の酒のダメージが臓器に残っているからな。

 朝食を食べると―あっという間にすることがなくなる。高度に社畜化が進んだおっさんは朝飯べたら仕事がしたいのだ。じゃないと身を持て余す。

 仕方がないから―パソコン立ち上げるか。

 ライティングデスクに座って、PCを起動する。デスクトップを表示してすぐ、メーラーの確認をしようとしている俺が居た。いや、プライベートじゃ、もうメールなんて使わないって。

 表計算ソフトを立ち上げたくなる衝動を抑えながら、テキストエディタを起動し。

 空っぽのテキストファイルの前でうなる。キーボードに指を置くがまったく動かない。そりゃそうだ。なにも考えてないもん。

 ため息をついてからコーヒーをれにいく。朝のコーヒーはおっさんのガソリンである。

 

 それから1時間が経った。相変わらずテキストファイルは空だ。

「何も降りてこねえ」と俺はつぶやき。うんざりしてテキストエディタを閉じ、ついでにパソコンをシャットアウトしてしまう。

 

                 ◆


 パソコンをシャットアウトしてしまうと、俺は部屋の掃除を始める。

 この部屋…大学生のときからずっと住んでる。周りの住人は入れ替わった。まともな大人はこんなところに住まないらしいが、俺は面倒だし家賃が安いから住み続けている。

 狭い部屋を掃除すると洗濯をする。洗濯機を回し始めた途端することがなくなって。

 暇だから、動画配信アプリでアニメを見るが。まったく話のスジが追えなくなってなっている事に気づく。ああ。こういうところでもおっさん化は進んでいる。

 洗濯機が周り終わって。俺はそいつをベランダに干し。

 とりあえずは買い物でも行きますか。

 

 街中を歩きながら考える。

 俺はおっさん化してきている、もう若くない、と。そこに惜しさを感じる。

 まだまだやりたい事はたくさんあったんだけどなあ。最近は体力や気力がそれに追いつかない。人生の夏は過ぎ去ってしまったのだ。

 

 買い物をさっさと済まして。家の冷蔵庫に食料を突っ込む。

 そして、昼飯を簡単に済ますと、また出かける。いつもみたいに引きこもって居たら、凹みそうな気がしたのだ。

 かと言って。出かけにいく先などありはしない。若い頃なら服でも買いに都会に出てただろうが。それはめんどくさい。

 そんな訳で。近所のスーパー銭湯に向かうことにした。

  

                  ◆


 

 スーパー銭湯のサウナで汗を絞り出す。老廃物と共におっさんが流れ出してくれる事を期待しながら。

 汗はしずくになって落ちる。その中には俺のおっさん成分が含まれているはずだ…なんて阿呆あほうな事を考える。そんな訳ないだろうが。

 周りを見回せば、周りにはおっさんの仲間たち。腹が出ているのが共通点。

 みんな顔を下に向けてうなだれている。彼らも身体からおっさんを流し出そうとしているのだろうか?

 蒸す室内。テレビの画面はニュースを流していて。その内容はワイドショー。俺が若いころ人気だった女優のスキャンダルを垂れ流している。

 あの娘、若い頃は透明感あったのになあ。今や汚いスキャンダルを起こすようになったか。

 そう言えば女性は何時からおばさんと化すのだろうか?結婚して出産してからかな?

 俺の会社の同期の女は結婚していないが、着実におばさん化と言うかお局化してきている。さっさと結婚しとけば良いものを。彼氏居るって言ってたじゃんかよ。

 

 サウナの熱さにうんざりしてきた俺は出て、水風呂に浸かった後、温泉に入る。露天風呂。まあ、景色なんてあったものじゃないけどな。パーテーションで囲まれた外に風呂があるだけだ。風情なんてありはしない。

 

 風呂から上がって、休憩室でマッサージチェアに座りながらチューハイを呑む。実におっさん臭いムーブだ。

 

                  ◆


 家に帰ってきてしまった。いや、スーパー銭湯でやることがなかったのだ。

 ベランダの洗濯物はまだ乾いていない。

 やることがなくなっちまった。

 仕方ないからゲームを起動して。昔からやってるシュミレーションゲームをやってみたのだが。なんとも面倒くさい。ちまちました入力が面倒なのだ。

 あっという間にゲームをシャットアウトし。

 もう一度パソコンに向かってみる。

 空っぽのテキストファイル。そこに何を描くか。

 俺は文章をひねり出そうとしてみるが。まったく浮かんでこない。

 書けなくなってから大分経つ。執筆するためのエネルギーは溜まって居るはずなんだけど。

「書きてぇっ」と叫ぶが無駄だ。そんな事をしてるくらいなら推敲すいこうをすべきだぜ?

 ああ。文章というのは書きたい時に浮かばないものなのか?いやそうじゃないだろう?ただ、あふれ出すモノをぶつければ良いじゃないか?

 

                 ◆


『30歳はおっさんだろうか?ちょっとした疑問。』これが今、俺の中から溢れ出した文章だ。

 それを続けていって―できたのが本作だ。

 これって小説と言うよりエッセイじゃないか?そう思う。

 もうちょっとまともな小説を書きたかったのだが。

 おっさんになるとままならないものなのかも知れない。


 

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『書けないおじさん』 小田舵木 @odakajiki

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