『冒険の世界 その6』
風が時折ビューと吹いて、その度にロープがぐわんぐわんと揺れる。
わたしはいかにも頼りない一本のロープにしがみついて歯をガチガチ慣らしていた。
他のみんなは簡単そうに渡っていくのだ。かかった時間なんて30秒あったかどうかである。
しっかり命綱も巻き付いていて、たとえ落ちたとしても大丈夫だ。それでも轟音を立てる水音とどこまで伸びているかわからない水脈のことが頭によぎると、手が全然前に進まないのだ。
誰かなんとかしてーー。
もう諦めて手を離してしまえば、命綱を持ったストックブルーがなんとかしてくれるよね。わたし何にもできない女の子だもん。
そんなことを考えると、全身の力が抜けてきた。全てを手放そうとして目を瞑ると、急にほっぺたに痛みが走る。突然何かがわたしのほっぺたをつねったのだ。
「ひあっ!!」
びっくりした拍子に抜けかけた力が戻る。
何があったのか、必死にぶら下がった形で見回すけれど何も見えない。でも、なん度も、ほっぺに痛みが走った。
「ひゃ……うひゃ、やめ、て!!」
「うるさいニャーーー」
そんな挙動不審なわたしを見て、シックスバックは小声で叫びながら焦ったそうにバタバタしている。
目をなん度パチクリしても、乙女のほっぺをいたずらに扱う主は見つからない。
「私を求めなさい。わたしはあなたと共にいます」
「だ、だれ?」
「わたしは、あなたの……チカラ」
パニックと血が上った脳みそは恐怖をどこかに追いやって、いつの間にか対岸に渡ることができていた。
何がなんだかわからないけれど、ほっぺの痛みだけは嘘ではない。
何かがわたしに触れていた。そして、心の奥に不思議な熱さが残っていた。
「なーーーーにやってるにゃ」
ほっぺぷんぷん丸のシックスバックは、行き場のない怒りを振り回し続けるも、ストックブルーが「まあまあ、どうどう」と子供をあやすみたいに言うものだから、ふんすふんすと鼻息荒くして、怒りを雲集霧散とさせたようだ。
「ぐぬぬ。し、しかたないシャ。さっさと行くんニャ」
手を差し伸べるシックスバックの肉球が心地よい。
でも。
「えへへ……」
思わず変な声が出た。
「なんニャ。気色悪い」
「ごめん。へへへ。ちょっと。ハハ、立てないや」
わたしのガクガク笑う足を見て、シックスバックはがくっとうなだれたのだった。
※
生まれたての子鹿のように立ち上がり、壁に手をつきつつ歩き出したのは10分以上たった後だ。
「もう少し待ったほうが良い」
ストックブルーが心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。
「いえいえ、なんのこれしき、よ」
本心、こんなところもう一秒たりともいたくないのだ。おさらばするためには、歩き出さねばならないのである。
足手まといだと、物凄く痛感したものの、やれることをするしかない。
真っ暗で足場の悪い中、何度も転びそうになり、時折訪れる不快な臭いに顔をしかめつつ、わたしたちは進んだ。
※
最初に感じたのは一層きつくなった臭いだった。つんと鼻を刺すようなものに加えて、生臭さが加わったような感じ。
先頭のシックスバックが立ち止まり、頼りない明りさえ消すように合図され、全員に緊張が走った。段々目が慣れれば、奥は大きな広間になっていることがわかってくる。
ここは落盤した現場のようだ。細か砕けた石、転がる大量の岩がそこら中に散らばっている。
どうやらサンドウォームがいるわけではないらしい。でも、次第に暗い広間には更に真っ暗で得体のしれない巨大で黒い塊が隆起しているように見えた。
「な、なんだありゃ?」
シリウスが言う。
「わからニャい。でも、体毛があって、呼吸の音がする、ニャ」
「虫とかの類じゃないってことか」
「そうニャ……これは、」
「モグラ? 巨大な」
シリウスの言にシックスバックは息を漏らした。嘘みたいに巨大なモグラだ。寝息の音や動きがなければ、巨大な岩と見間違ったかもしれない。
「寝ているニャ」
「そうだな」
「まわりがこんなにうるさいのによくねれるニャ」
シックスバックが毒づくと、シリウスウッドはくいっと親指を立てて「よく見てみろ」と指をさした。
そうしてモグラの足元に注目すると、そこにはモグラの『食糧』がごろごろ転がって……。
「う、うえーーー」
「クロエ、ここは我慢しろよ」
どうやら強烈な臭いの源はこれのようだ。暗くてよく見えないのが幸いしたか、腰を抜かすには至らなかった。
「う、ううん。分かってる」
「がんばれよ」
「お、おい。あれを見ろよ」
シリウスウッドとシックスバックは目を見合わせた。
「ピンクヘッドニャ!」
「ああ、あいつ。……生きてるか?」
「気を、失ってるだけ、かも……ニャ」
「じゃ、助けにいけないとな」「ニャ」
シックスバック、シリウスウッド、ストックブルーの三人で顔を見合わせて、ちょっとの間が過ぎた。
「俺が行くニャ」
「ダメに決まってるだろ」
言いながら既に前に行こうとするシックスバックをストックブルーが止める。
思いのほか強く肩をつかまれたのにびっくりしたのか、シックスバックはズリっとこけてしまった。
「な、痛いニャ」
「お前は、モグラを見張りつつ、なんかあったら逃げろ」
「ぐるぅ、ニャ」
「お前はリーダーだ。鉄砲玉になってどうすんだよ」
「だけど、ニャ」
「なんだかんだ。フィジカルは俺が一番だしな。大丈夫さ」
ストックブルーはニヤッと笑うと、シックスバックは「ニャ」と引き下がった。
※
ゆっくりモグラに近寄っていくストックブルー。そして、それを固唾をのんで見守る私たち。
(わたしはあんまり凝視するといろいろなものが目に入って正気を保てないかもしれないので、それなりだったけど)
ピンクヘッドのもとにたどり着くと、ストックブルーは彼の体を触り始めた。
そして、ストックブルーの親指が立つ。
ピンクヘッドは生きているのだ。
みんな口には出さずとも、ほっと息を吐いていた。すぐに助けに来ていなければモグラお腹に収まってしまったかもしれない。
そんな安心もつかの間のことだった。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
地面が揺れ、落盤した岩の塊が崩されて、さらに崩落してくる。
ストックブルーは、動くこともできず、ピンクヘッドの頭に被さっていた。
そして地鳴りは収まるどころか次第に強まっていく。
「ま、まずいニャ」
シックスバックはモグラの頭が僅かに起き上がるのを見て、舌打ちした。
「隊長!」
「な、なんニャ」
「なんかくる……」
グレインレックがシックスバックの袖をつかみ、指をさした。その先はモグラの目の前の壁だ。壁がみしみしと軋んで亀裂が広がる。
「い、いかん。ブルー! 走れーーー!!」
もはや、声を潜めることもなく、シックスバックは叫んだ。多分同時にストックブルーも走り出していたかもしれない。
ついに壁が破られ、奥からおぞましい姿が現れた。にょろにょろと体を動かし、体の先端は鋭い円状についた歯が指のようにうごめいていた。
「サンドワームだ!!」
サンドワームはモグラにその鋭い歯を突き立てると、逆にモグラの爪が振り上げられた。
ドドーン、と二つの巨大な力がぶつかり、坑道がさらに揺れる。
この凶刃は近くのストックブルーにも降りかかろうとしていた。
跳躍一閃でそれらを避けるストックブルーだったが、ピンクヘッドを抱えていたため、そのままバランスを崩し、倒れこんでしまった。
そこに、さらなる刃が襲い掛かる。
「ブルー!!」
悲痛な叫びが広間に響いて、こだましていた。
キミの小さなその手をヒろげ、ボクのチイさなセカイを守って @67k
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