夏だけ会える恋人
紫吹 橙
夏だけ会える恋人
私は今、夏休みだ。
この期間に必ず行く場所がある。
恋人のところだ。
行きたいけれど、行きたくない。
だって、分かってしまうから。
別れがすぐ、きてしまうことを…
私の恋人には今しか会えない。
だから行くんだ。
今日は、夏休み最終日。
少し遠いところから彼がいるところまで来た。
「おー、
「会いに来たのよ。はい、これお土産。」
私は苦笑いをしながらお土産を渡した。
すると、彼も辛そうに笑った。
そんな顔してほしいわけじゃないのに…
「そういや、仕事は順調か?」
「順調順調。今年も夏休みくれるぐらいだからね。」
「それなら良かった」
彼は苦しそうな顔をしながら微笑んだ。
「そんな顔しなくたって良いじゃない」
私は笑って言う。
「だって、もし…」
「もし生きてたら、とか言うつもり?やめてよね、そんなの。」
私達は、別れたくて別れたわけじゃない。
突然別れがきてしまったんだ。
でも、いつまでも引きずっていてほしくはない。
「俺があの時、蓮水を守れてたら…
蓮水は今も生きてたかもしれない。蓮水の楽しみを奪ったのは俺だ。」
彼は泣きそうになりながら話し続ける。
「
そう、あの日亡くなってしまったのは、私の自己責任。
翔太が悲しむ必要はない。
「それでも、ずっと一緒にいたかった!
高校生だけど、卒業したら二人でずっと一緒にって言ってただろ?」
確かに言ったけど…
まだ覚えてたんだ。
けど、もう終わったことだ。
「はぁ、翔太。しっかり聞いてね?」
下を向いていた彼が前を見てくれた。
「いい?私は夏休みだから今はここにいられる。
でも、私は貴方に触れることはできない。
ここに、【現世】に留まることはできないの。だから、翔太は次の恋をしなよ。
高校生さんの夏休みを存分に利用してね。」
私が亡くなってから行った場所は、空の上にある受付だ。
そこは、亡くなった人に役割を与えてくれるという場所。
私はその時点では高校生だったけれど、仕事を与えてくれた。
今はその仕事がすごく楽しい。
空の上では【現世】と時の進み具合が違うらしく、私も大人になった。
高校生は子供のように見える。
「次の恋なんて、できんのかな?」
「できるんじゃない?翔太ならね。」
「蓮水がそう言うんならできっかもなぁ」
彼が笑った。
「やっと、笑った。張り詰めた顔しすぎなんだよ。まったく…」
「そんな顔してた?」
「してましたー」
こんなやりとりをするのは懐かしい。
私は思わず笑った。
「蓮水もじゃん。」
「私も?」
「そうだよ、苦しそうだった。」
自分では気づかなかったけど、そうだったんだ…
「翔太のがうつったんだよ。」
ごまかすためにそう言った。
彼にはバレていただろうけど。
「はいはい、あっ、俺もう帰んなきゃだ。」
「暗くなってきたもんね。次来る時は恋人連れてきてよね。」
「そんなすぐできないけどな…
そうだ、渡しそびれてたけど、お土産」
翔太が、ガサっと紙袋を出した。
「わーありがとう。持って帰るね」
「おう、俺も蓮水が持ってきてくれたの持って帰るよ。それより、空ってこれしかないのか?」
そう言って、見せてくるのは私が持ってきた雲型のクッキーとパンだった。
「それしかないわけじゃないけど、それが好きなのよ。そんなこと言うならもう持ってこないわよ?」
「あーごめんって。持ってきて?」
「はいはい、分かってるわよ。」
私は、自分も帰らなければいけない時間が近づいていることに気づいた。
「翔太、そろそろ…」
「そっか、じゃあまたね。」
「うん、また」
彼は、最後に私の墓石を優しく撫でて行った。
私のことを忘れてほしかったなら、来年の約束なんてしなくて良かった。
それなのにしてしまったのは、私がまた会いたいからだ。
繋ぎ止めたくはないのにな…
けど、こうなったら彼の新しい恋人を見よう。
そして、もう来なくて良いよって笑って言うんだ。
彼が幸せになっているのを確認できればそれで良い。
余談だけど、来年になって本当に彼は恋人を連れてきた。
連れてきた恋人が男だったのには驚いたけど、幸せそうだったので良かった。
私はそんな彼に笑って言ったのだ。
ーおめでとう、と。
夏だけ会える恋人 紫吹 橙 @HLnAu
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