【短編小説】写真の中の君

百方美人

第1話

季節は8月中旬、蒸し暑さに目が覚め時計は深夜の3時を指していた。


「眠い、眠い眠い。けど暑い!」


寝直そうとしてもなかなか寝つけない。


暑く重い空気に息苦しささえ感じていた。


寝ていれば暑さなんて忘れるよ、なんてエアコン代をケチった数時間前の私に文句を言いたくなった。


寝間着は汗びっしょりで、洗濯物が増えたことを煩わしく思う。


さっきまで見ていた、悪夢だったような、どんな内容だったか朧げな夢の記憶。


でも、一つだけ分かるのは、楽しくて辛かったあの頃の夢であったこと。


𑁍


スマホに「好きな人」と表示されているアルバムには何百枚と写真が保存されている。


全て彼との写真。


写真を見ると辛くなってしまって、彼と別れてからはこのアルバムを開くことはなかった。


別れてもうすぐ1年。


別れた直後は信用出来なかった言葉ランキング第1位「時間が解決してくれるよ」は本当のようで、今では彼の存在を気にしなくなっていた。


寝付けず時間を持て余していることもあり、久しぶりに見てみることにした。


𑁍


初めて泊まったホテルの部屋。


一緒に食べたケーキ。


お風呂上がりに髪を乾かしている彼。


夜中に散歩しに行って、一緒に見た月。



本当に私が撮った写真なのかと疑うくらい、どれもキラキラした写真ばかり。


時々写真に写る私は、いつも笑顔で輝いていた。


自分でも「世界一可愛いじゃん」と思うくらい、っていうのは冗談だけど。


同時に、笑顔の彼の姿も目に留まる。


思い返せば、真面目で、写真に写るのが苦手な彼。


付き合いたての頃、今まで撮った写真を見せてもらった事があったけれど、無表情ばかりで表情筋が微動だにしない。


でも、アルバムの中の彼はどれも笑顔で、私に向ける表情は柔らかくて、あたたかくて、優しかった。


「私だけに見せる表情かぁ」


普段は真面目故に冷たい印象もあり、本当に恋人なのかなと悩む事も多かった。


理論的な彼と、感情的な私で衝突する事もあった。


けれど、彼なりに精一杯愛してくれていたんだな、と思い知らされたような気がした。


何だか、またこの笑顔が恋しくなってしまった。


「もう気にしなくなったはずなのにな」


胸がぎゅっと苦しくなったのは暑さのせいだろう。


今度はエアコンを付けて寝なくちゃ。


もう苦しいのはごめんだから。

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【短編小説】写真の中の君 百方美人 @Y_korarun

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