13年前に別れて連絡が取れなかった恋人をSNSでみつけた
春風秋雄
SNSの知り合いかもに、千尋がいた
普段はあまり開かないSNSを開いて、気まぐれに『知り合いかも』の写真をめくっていると、1枚の写真に目が止まった。俺は思わず息を吞んだ。千尋だ。あれから10年以上経っているので、少し年をとっている印象は否めないが、間違いなく千尋だ。名前はアルファベットでCHIHIROとなっている。どうして『知り合いかも』にあがっているのだろう。電話番号は変わっていて、連絡はつかなかった。だから、電話帳登録からは削除している。千尋の写真をクリックして、千尋のページに進んだ。『友達』の項目をクリックする。143人の友達登録があった。俺は根気よく友達を一人ずつ見ていく。中ほどに野村恵子の名前があった。意外だった。まさか野村恵子と繋がりがあったなんて。こんな偶然があるのだろうか。野村恵子はうちの会社の徳島営業所の社員だ。本社で行われた研修会に徳島営業所から来ていて、本社から参加した俺と席が隣同士だった。よくしゃべるオバサンで、休憩時間に色々話をしているうち、意気投合して今後の情報交換をしようということになった。そして、無理やりSNSの友達にさせられた。その後野村さんとは電話ではよく話をするが、会ったのは、その1回だけだ。俺はSNSに積極的に投稿はしてないが、野村さんは頻繁に投稿しており、お知らせが来るたびにチェックはしていた。しかし、その野村さんと千尋はどういう関係なのだろう。千尋は徳島にいるということだろうか。千尋のページの写真を見るが、ほとんど投稿されておらず、野村さんとの繋がりはわからなかった。プロフィールをみると、所在地は徳島市になっていた。俺は、しばらく迷った末に、千尋に友達リクエストをした。果たして承認されるのだろうか、それとも拒否されるのだろうか。
俺の名前は青柳誠一。現在36歳のバツイチ独身だ。全国に展開するハウスメーカーの会社に勤めている。SNSで見つけた千尋は、名字が変わってなければ川嶋千尋、大学時代の同級生だ。SNSで千尋の写真を見たのをきっかけに、心の中で封印していた青春時代の甘酸っぱく、そして苦々しい思い出が、俺を襲ってきた。
大学時代、俺はテニスサークルに所属していた。初心者ばかりの緩いサークルだった。俺は高校3年間テニス部に所属していたので、サークルに入ってすぐに初心者に指導する立場になった。そのサークルに千尋がいた。千尋は初心者で、同じく初心者の磯村真紀の二人を俺が指導することになった。
自然と千尋と真紀の二人と俺は仲良くなった。よく三人で飲みにも行った。真紀は派手な外見で、目立つ女の子だった。顔立ちも良く、サークル内の男性陣からも人気が高かった。一方千尋は大人しい女の子で、服装も化粧もそれほど派手ではなく、一見どこにでもいるような子だった。しかし、俺は千尋がタイプだった。音楽の趣味や映画の好み、また愛読している本の著者が似通っていた。何とか千尋と二人きりになりたいと思うのだが、どこかへ行くときは必ず真紀がついてきた。大学4年になって、就活が始まると、必然的にサークル活動には参加しなくなった。だから3人で会うということはなくなったが、千尋と二人きりで会ったことがないので、デートに誘う勇気がなかった。就活も終盤になって、俺は内定をもらっていたが、千尋も真紀もまだ内定をもらえてなかった。そんな時、千尋から電話があった。
「青柳君、私就職はしないことになった」
「ええ?どうして?」
「実家に帰って家の仕事を手伝うことにした」
千尋の実家は和歌山県の有田市で、みかん農家だった。
「和歌山に帰るの?」
「うん。実家から連絡があって、まだ内定をもらってないと言うと、うちの仕事を手伝えって。ちょうど人手が足りなくて、募集しているけど、誰も来てくれなくて困っていたところだと言うの」
「そうかぁ。和歌山に帰っちゃうのか」
「青柳君、今から会えない?」
千尋にそう言われて、俺は急遽バイト先に連絡して休みにしてもらい、千尋と初めて二人きりで会うことにした。
いつも行っている居酒屋だったが、二人きりで話すのは初めてだったので、俺は緊張していた。
「卒業したらすぐに和歌山に帰るの?」
「そのつもり」
「たしか、お兄さんがいたよね。家の仕事を手伝うと言っても、家業を継ぐのはお兄さんなのだから、ずっと家業を手伝うわけではないんだろ?」
「そうだね。適当なところで地元の会社に就職して、そして結婚するのかな」
「東京へまた出てくるということは考えないの?」
「多分、それはないと思う。職歴なしの中途採用ではまともな仕事に就けないだろうし、そうなると給与もあてにならないから、東京の物価を考えると、難しいと思う」
せっかくの二人きりの食事なのに、会話は弾まなかった。
駅までの道を歩きながら、俺は勇気を出して言った。
「俺、千尋のことがずっと好きだった。出来たら東京に残ってほしい」
千尋は俺の顔を見た。そして、また前に向き直り言った。
「私も青柳君のこと好きだよ。このまま東京で一緒にいたかった。でも、仕方ないよね」
駅に着いて、千尋が笑顔で言った。
「卒業まで、まだ時間はあるし、また二人で会おうよ」
「うん。連絡する」
それから、度々千尋と二人きりで会った。幸いなことに真紀はなかなか内定がもらえず、たまに誘っても「それどころじゃない」といら立って断ってきた。
3度目のデートの時、俺は初めて千尋のアパートに上がった。そして、俺たちは結ばれた。千尋は東京での思い出が出来たと言ったが、俺は「就職して2~3年して、生活力が出来たら、和歌山まで迎えに行く」と言った。千尋は嬉しそうに微笑んだが
「私はあてにはしない。遠距離恋愛は続かないって言うし、誠ちゃんも私に縛られないで」
と言った。俺は千尋を強く抱きしめ
「そんなことはない。絶対に迎えに行く」
と言い切った。
就職して、最初の3か月は研修期間だった。思った以上に忙しかった。5月の連休に一度和歌山に遊びに行った。和歌山は思った以上に遠かった。東京から新幹線で新大阪まで行き、新大阪から特急で和歌山、そして和歌山から30分くらいかけて紀伊宮原まで行く。約5時間半の旅だ。旅費も往復で3万円以上かかる。そして宿泊すれば宿泊費もかかるので、千尋に会いに行くのに1回あたり約4万円かかることになる。まだ新入社員の俺にとっては大きな出費となった。それでも千尋の嬉しそうな顔を見ると、来て良かったと思った。
千尋は車の免許をとったらしく、初心者マークのついた車で駅まで迎えにきた。そして和歌山を色々案内してくれた。夜は千尋が前もって調べてくれていたラブホに泊まった。
研修期間が終わって本格的な仕事になると、ますます忙しくなった。千尋に連絡するサイクルもだんだん間が空くようになった。千尋は無理しなくていいと言ってくれた。
お盆が近くなると、富山の実家からお盆休みは実家には帰らないのかと連絡があった。仕事で必要な資格試験の勉強もあるし、帰らないと返事した。同じ時間とお金を使うなら、和歌山に1泊でもいいので行きたいと考えていた。
そんな折、大学時代のサークルから案内状が届いた。毎年恒例となっているバーベキュー大会の案内だ。毎年この時期、OBも呼んでバーベキュー大会を開いている。今年からOBとして参加しないかという案内だ。どうしようかと迷っていると、真紀から電話があった。
「バーベキュー大会の案内届いた?」
「届いた。どうしようか迷っている」
「OBの立場で参加するって、どういう気分か興味ない?私は参加したいけど、青柳君や千尋が参加しないなら参加しづらいなって思って」
「千尋は和歌山だから無理だろ」
「じゃあ、青柳君は来てよ。青柳君が参加するなら私も参加する」
そう言われて、俺は参加することにした。
バーベキュー当日、免許を取っていた真紀が、車で俺のマンションまで迎えに来てくれた。東京で実家暮らしの真紀は、就職祝いに親から車を買ってもらったそうだ。真紀は今日は食べることに徹して飲まないからと言っていた。現役の時はOBに気を使って大変だったが、OBになると逆に気を使われる立場で、それはそれで気分の良いものだった。後輩に煽られるまま、俺は結構飲んだ。炎天下での飲酒はかなり酔う。帰る頃はヘロヘロだった。
まだ初心者の真紀の運転は、ブレーキを踏む度に揺れ、ますます酔いが回って来た。山道から国道に出た頃には、俺は気持ち悪くなっていた。
「青柳君、大丈夫?」
「ちょっと気持ち悪い」
「じゃあ、ちょっと休んで酔いをさまそうか」
真紀は、そう言って車を国道沿いのラブホに入れた。
ホテルの部屋に入るなり、俺はトイレに駆け込んだ。しばらくしてトイレから出た俺はベッドに倒れこむように横になった。そこからの記憶はない。いや、記憶がないことにしたい。でも、確かに俺は朦朧としながらも意識はあった。俺は真紀にされるがまま横たわっていた。上に乗って真紀は
「青柳君は、そのまま寝ていればいいから。何もしなくてもいいから」
と何度も言っていた。俺は朦朧としながらも反応していた。頭の中で千尋の顔がチラッと浮かんだような気がする。
真紀のことがあって、俺は千尋への連絡をためらっていた。どうしようか、本当のことを言うべきなのだろうか。そう悩んでいるうちに1か月ほど過ぎた。そんな時、真紀から連絡があった。
「どうやら出来ちゃったみたい」
俺は頭の中が真っ白になった。
「出来ていたら、私は産むつもりだから、その時は青柳君、ちゃんと父親になってね。それと、千尋とは別れてね」
俺は、千尋にどう言えばいいのかわからなかった。1週間ほど悩んだ末、千尋に電話した。しかし、何故か電話は使われていなかった。実家の電話番号を調べて電話したら、お兄さんが出て
「千尋は話したくないと言っています」
と言って電話を切られた。どうやら、真紀が先回りして千尋に連絡したようだ。
俺は何が何だかわからないまま、真紀の両親に挨拶に行くことになった。真紀からお父さんが逆上したらいけないので、子供のことはまだ言わないでおこうと言われ、俺もその方が気が楽だったので同意した。
富山まで行くのは大変なので、電話で話したら親父もお袋も
「誠一が選んだ相手なら、何も言わないから、結納の時に会えるのを楽しみにしているよ」
と言ってくれた。
お腹が大きくなる前に結婚式をと、たった1か月足らずで、すべてを進めていた。結婚式場の予約をし、招待客のリスト作りもほぼ出来上がり、3日後に結納と言うとき、俺たちはホテルにいた。
真紀とはあれから3回交わっていた。お腹に子供がいるのに大丈夫かと思ったが、真紀から誘われると、男の欲望には勝てなかった。ベッドに入り、さあこれからというとき、真紀が
「あれ?」
と言ってトイレに駆け込んだ。シーツを見ると、赤い小さいシミがあった。俺は流産したのではと心配したが、トイレから出てきた真紀が照れくさそうに言った。
「始まっちゃった」
俺は何を言っているのかわからなかった。
「どうやら赤ちゃんは出来ていなかったみたい」
その時、俺はどんな顔をしていたのだろう。怒りを露わにした顔だったのだろうか、それとも茫然と間抜け面をさらしていたのだろうか。
「誠ちゃん、怒った?」
真紀が心配そうに聞く。何も答えない俺にさらに真紀は聞く。
「結婚、やめる?」
俺は弱々しく首を振った。ここまで準備をして、両親にも挨拶をして、今さら結婚を取りやめにする勇気はなかった。それに今さら千尋にどんなに謝っても許してくれるとも思えない。裏切ったことに変わりはないのだから。
俺は女性の体についての知識のなさに嘆いた。最初に電話があったときに、一緒に病院へ行くべきだったのだ。頭の片隅にはそのことが浮かんだはずだったが、俺は現実を見るのが怖くて真紀に病院へ行こうとは言えなかった。
「結婚はやめないよ。俺は真紀と結婚する」
真紀はうれしそうに、俺に抱きついてきた。
真紀との結婚生活は長く続かなかった。もともと愛情がそれほどなかったこともあるが、真紀のお金の使い方で喧嘩が絶えなかった。結婚と同時に真紀は仕事を辞め、専業主婦になったが、俺の少ない給料でまともに生活するだけでも大変なのに、結婚して半年も経つとブランド物や趣味でお金を使い、給与のほとんどがクレジットカードの支払いで消えてしまうようになった。結婚生活1年足らずで、俺たちは離婚した。
離婚して半年ほど経過してから、俺は千尋に連絡を取ろうとした。よりを戻したいと思ったわけではない。ちゃんと会って謝りたかった。本当はもっと早くそうしたかったが、真紀との婚姻中は、さすがに真紀に申し訳なくて行動できなかった。しかし、結局連絡はとれなかった。和歌山の実家に電話したら、お兄さんが出て、千尋は家を出て、他県で暮らしていると言った。今の連絡先を教えて欲しいと頼んだが、本人から口止めされていると言って教えてくれなかった。俺はあきらめざるを得なかった。
SNSの友達リクエストは承認とも否認ともならず、放置されたまま1週間を過ぎた。友達リクエストがあれば相手に通知が入るので、千尋は俺が接触したがっていることはわかっているはずだ。俺は思い切って徳島営業所の野村さんに電話をした。
「あら、青柳君、久しぶりじゃない」
「ご無沙汰しています。仕事のことじゃないんですけど、野村さんにちょっと聞きたいことがあって」
「何かしら?」
「野村さんのSNSの友達にCHIHIROっていう人いますよね?どういう関係なんですか?」
「どうして知りたいの?」
「ちょっと込み入った理由がありまして」
「無暗に教えられることじゃないから、その理由を聞かないと何とも言えないなぁ。私の携帯の番号知ってたよね?夜8時くらいに電話くれる?」
「わかりました。8時に電話します」
8時に野村さんに電話をした。野村さんは後ろで子供たちが騒いでいるのを叱りながら話を聞いてくれた。詳しいことまでは言えなかったが、俺が千尋に会いたがっている理由はなんとか理解してもらえたようだった。
「なるほどねぇ。でもそれだと、相手は青柳君に会いたくないのかもしれないね。そうなると私からチヒロちゃんの詳しい情報を教えるわけにはいかないな」
チヒロちゃんというくらいだから、ある程度親しい仲であることは間違いなさそうだった。
「どうしてもダメですか?」
「悪いけど、教えるわけにはいかないね」
「そうですか」
俺は最後の頼みの綱が切れたようで落胆した。
「青柳君、徳島へくることない?」
「徳島へですか?」
「出張でもいいし、プライベートでもいいし、徳島へ来ることがあったら連絡頂戴。その時はとても美味しいもの食べに連れて行ってあげるから」
「美味しいものですか?」
「そう、美味しいもの。絶対後悔しないよ。後で青柳君は必ず私に感謝すると思う」
野村さんと電話した2週間後、俺は徳島へ行った。さすがに出張で行くことは出来ず、休みの土日で行くことにし、土曜日の夕方に野村さんと待ち合わせ、野村さん推薦の店に連れて行ってもらった。郷土料理が売りの店だった。それほど大きくない店だったが、予約しているらしく、個室に案内された。
「いい店ですね」
「そうでしょ?とにかく美味しいのよ」
しばらくすると、店員が注文の確認に来たようだ。個室の襖を開けて、女性が笑顔で挨拶した。
「野村さん、お久しぶりです」
「チヒロちゃん、久しぶり。こちらは東京本社から来た青柳君。東京の研修会で仲良くなって、いつか徳島へ来たら、この店に連れてこようと思っていて、やっと連れてくることが出来たんだ」
千尋は俺の顔を見て一瞬緊張した顔をしたが、すぐに営業スマイルに戻り、「ごゆっくりしていって下さい」と言った後、コース料理の確認をして出て行った。
「青柳君、どう?いい店でしょ?」
「ええ、とてもいい店です。感謝します」
千尋から俺の携帯に電話があったのは、日付が変わったあとだった。野村さんに名刺の裏に携帯の番号とメッセージを書いて準備しておきなさいと言われ、「何時になっても良いので電話下さい」と書いた名刺を用意しておいた。帰り際、野村さんが千尋に青柳君の名刺をもらっておきなさいと言ってくれて、俺は千尋にメッセージ付きの名刺を渡すことができた。
「SNSに友達リクエストが来た時から、ひょっとしたら来るんじゃないかと思っていた」
「会って話せないかな?」
「どこに泊まっているの?」
俺は泊まっているシティーホテルの名前を言った。千尋は、ホテルの近くにあるバーを指定した。
13年ぶりに、まともに見る千尋は、全然変わってなかった。写真で見た時は、少し年をとったという印象だったが、こうやって見ていると、13年前に戻って会っているようだった。
「どうして徳島で暮らすようになったの?」
「高校時代の友達がこっちにいるの。その友達を頼ってきた」
「結婚は?」
俺が聞くと、千尋は静かに首を横に振った。
「結婚したいと思う人は現れなかった」
「千尋には、本当に申し訳ないことをしたと思っている。ずっと謝りたかった」
「誠ちゃんに対しては何とも思ってないよ。真紀が誠ちゃんが酔っているのにつけこんで、無理やりしたんでしょ?真紀もそれについては自分が悪いと謝ってた」
真紀は、事実をちゃんと伝えていたようだ。
「でも、それで子供が出来たんじゃあ仕方ないよ」
「実は、子供は出来ていなかったんだ」
千尋は目を見開いて驚いた。
「多分、真紀の狂言だったんだと思う。本人は出来たと信じていたと言い張ったけど」
千尋は、怒りとも悲しみともつかない、複雑な表情をして俺を見た。
「真紀とは1年も経たずに別れた」
千尋は、今度ははっきりと驚きの顔をした。
「どうして?」
俺は離婚に至った経緯を説明した。
「それで、誠ちゃんは、今は独身なの?」
「うん。俺も結婚したいと思える人には出会えてない」
千尋が時計を見た。すでに夜中の1時半を回っていた。
「誠ちゃん、来月も徳島へ来ない?」
「来月?」
「うん、阿波踊りがあるんだ。見にきなよ」
阿波踊りの開催はお盆休み中なので、日程的には問題なかったが、ホテルが全然とれなかった。千尋にそういうと、泊まるところは何とかするので大丈夫と言ってくれた。
荷物をコインロッカーに入れ、千尋と待ち合わせ場所で合流した。街中大変な賑わいだった。
阿波踊りは、連と呼ばれるグループごとに分かれて行進している。あれは有名な連だと千尋が言ったグループは、素人目にも踊りに迫力があった。
「誠ちゃん、飛び入りで踊ろうか?」
「飛び入りなんかできるの?」
千尋が言うには、通常の連は浴衣も揃えていて、踊りも練習を重ねているので、飛び入りは出来ないが、自由に参加できる「にわか連」という連があるので、そこには自由な服装で飛び入りができるらしい。待っていると、「にわか連」と書かれた提灯の連がやってきた。本当に自由な服装で、踊りも揃っていないが、実に楽しそうに踊っている。
俺たちは、その連に飛び入りした。踊りは周りの人のを見ながら見様見真似で踊った。楽しい。千尋は踊り慣れているのか、結構さまになっている。
しばらく頭を空っぽにしながら踊っていると、囃子の笛や太鼓の音に負けないよう、千尋が俺に近づいて、耳元で大きな声で言った。
「楽しい?」
俺は大きく頷いて
「楽しい」
と大きな声で言った。
「にわか連みたいに、私も誠ちゃんの人生の連に、飛び入りしていいかな?」
俺は、すぐにその意味がわかって、千尋の耳元で大きな声で言った。
「人の人生に決められた連なんかないよ。いつだって、どこの連にだって、飛び入りはできるよ。ましてや、俺と千尋は、もともと、ちゃんとした連だったんだから。13年間休憩していただけだよ。今から、もう一度俺たちの連を復活させよう」
千尋は嬉しそうな顔をして、再び夢中で踊り出した。
千尋の部屋で俺たちは13年ぶりに抱き合った。1回終わると、少し話をして、また交わる。そしてまた少し話をする。その繰り返しで、俺たちは何回も何回も抱き合った。
「野村さんが俺の会社の人だってこと、知っていたの?」
「名刺をもらったときに、誠ちゃんの会社の人だって思った。野村さんとSNSの友達になったとき、誠ちゃんが私を見つけてくれるかもしれないって、心のどこかで思っていたのかもしれない」
千尋は、お店はすぐにでも辞めることは可能だと言った。東京へ来ることも問題なさそうだった。来週の土日で、和歌山の実家に挨拶に行く約束をした。
「また汗かいちゃったね。もう一度お風呂に入ろうか」
千尋が言ったので、俺は調子に乗って言った。
「じゃあ、一緒に入ろうか」
一瞬、千尋は恥ずかしそうにしたが、いいよと言った。
「じゃあ、お風呂でもう一度アワ踊りだな」
「バカ!」
少し間があって、千尋は言った。
「ここは狭いから、今度広いお風呂があるところへ行ったときにね」
13年前に別れて連絡が取れなかった恋人をSNSでみつけた 春風秋雄 @hk76617661
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