第6話

 結局、ルゥもユノもお昼を食べ損ねていた。お腹が空いてるのか、ルゥのお腹からなたすらにくぅくぅと訴えられているが、それでもルゥは友だち思いなのだろう。泣き腫らした目をしているユノにつきっきりで、中庭のベンチに並んで座ってくれている。


 先程のエナからの衝撃的な言葉は未だに引き摺っている。涙は中庭に来たタイミングでは遠に引っ込んでいたが、気持ちが沈んだままだ。ルゥも何やら気になることがあるのか、始終黙りっぱなしだ。



 それなのにユノの介抱はテキパキとしていた。心と手が乖離していても、人はちゃんと行動出来るんだなと、ユノは感心したものだ。それから数分、目に当てた冷たいハンカチが温くなってもおかしくないくらいには、時間はたってやっとユノの気持ちが落ち着いた。



「ルゥさん、ありがとう。ハンカチ、濡らしちゃったね。後で洗って返すよ」


「へ?ああ、ううん。大丈夫、大丈夫。それよりユノちゃん大丈夫?結構泣いてたから心配したよぉ〜」



 突然ユノから声がかかったからなのか、ルゥは一瞬取り繕うのが遅れた。驚いたように目を丸くし一拍落ち着くための返事は、どこかから回っていた。それをユノは知らない振りをして、ありがとうと笑って返すと、落ち着いたルゥは柔らかな笑顔を返してくれた。



 心残りはまだある。少し以上に残念だとも思っている。エナ・アグネスの第一印象のインパクトに惹かれた為か、まだ可能性がなくなったわけではない、そう思いたい。



「たぶん、まだ、可能性は、あるよね」



 ぽつっと零した、ユノの言葉にルゥは肯定も否定もしなかった。それはいいようにも悪いようにも捉えられる。それが分からないほどユノも愚かではない。どちらにも捉えられるのなら、前向きにでも捉えていこうではないか。



 大きく頷きながら、小さく拳を握れば、お昼ご飯を飛ばしてしまってるお腹が盛大に鳴いた。とちらかの腹の虫かは分からない。先程からルゥはくぅくぅと訴えていたのだ。双方顔を合わせると、ついつい唇が緩んでしまう。



「ご飯食べに行きますか」



 ルゥが元の通りの喋り方でユノに声をかけると、ユノは大きく頷いた。午後からは入学セレモニーの為、上級生は授業がない。気になる新入生に歓迎の意で顔を出すことも可能だし、学年の全校生徒が集まることも可能だが、身内もいない限りはあまりそういうのは人間面倒くさがる。出るか出ないか任意であれば、さして理由がなければ誰だって出ないを選ぶだろう。



 セレモニーが楽しいものでは無いのは分かっているからだ。偉い人の挨拶に上級生の挨拶、先生たちの紹介などが終われば1度新入生は教室に案内される。その後に各自寮に案内され、時間になったら食事会だ。セレモニーを見るということは、前半の偉い人たちの長い話を延々と聞かなくてはならないのだ。退屈で寝てしまう。優等生のユノでさえ耐え難いのだ。新入生はもっと耐えれるか……。悪しき週間だなと思いながら、ルゥと食堂のある教務棟へと向かった。



 食堂は、教務棟1階とセレモニーの行われてる大講堂の1階にある。5階建てて大きい大講堂は、この学園にいる人達全員が入ってもそれなりに広さを保てるように部屋を分けられていた。用途によっても使う階は分けられている。



 食堂が1階にあるのは、セレモニーやパーティーなどで食事を出すためのキッチン兼用である。2階はセレモニー会場と休憩室、3階と4階はダンスフロアだ。4階は、5階と吹き抜けとしており天井もとても高い。何だかんだでこの国は魔法使いにある元々の属性柄かミーハーなのだ。楽しいことをするのが好きな人たちの集まりでもある。パーティーやお祭り、セレモニーなどは全力でする。



 年末には、冬休み直前にダンスパーティーが開かれ、任意ではあるがドレスコードで参加出来る。昔はどんちゃん騒ぎのお祭りだったらしいが、外交にてそういう催しの仕方があると知り、その煌びやかさ華やかさから真似るようになった。学園都市ではその日から歳越しまで毎日屋台や大安売りが始まる。とても賑やかなお祭り騒ぎが楽しめるものだ。



 それは国全体で行われており、生徒たちは帰省先でそのお祭りを堪能していた。このお祭りの意味は、1年間過ごせたことへの感謝を表す冬祭りで、その感謝は、身内と手助けをしてくれる魔法生物へ伝えるためのものである。建国時からある、伝統的なお祭りではあるが、特に何かをするとかはない。飲んで食べて踊って、買って売って、歌って騒いで場を楽しくする。唯一禁止になってるのは喧嘩することくらいだ。



 魔法生物も楽しいものが好きなため、そういう時は素知らぬ顔をして祭りに参加してくる。屋台側も、それを知っているので魔法生物の好きな物などを用意しているのも毎年の事だった。



 ユノはそんなお祭りが行われるのを知っているし、祖父母と参加をしたこともある。学園に入ってからは、祖父母との参加は少し難しくなったが、ひとりでも充分に楽しめるお祭りだ。ただ、同じ歳の子たちが楽しそうに友だちと楽しんでるのを見ると少しだけ、寂しさが込み上げてきていくらい。今年は、今年こそは、少し希望があるかもしれない。



 ユノは、ちらりと隣を歩く身長の高いルゥを見上げた。真正面から見ても整った顔を盗み見しながら、初めて学校内で一緒に行動をしてくれる人に胸をワクワクとさせている。エナには振られてしまったが、ルゥはきっとそうではない。むしろ、積極的にユノに近づいてくれる。たとえそれが平等に誰に対して同じであってもだ。平等に与えられるものは、何よりも安心ができる。自分だけではない、自分が特別なのではないと思えるものだった。何よりも、ユノのように好んで特別になりたかったわけでもない存在は、皆と一緒が何よりも安心できる薬なのだった。



「食堂って2か所あるんだっけ」



 隣で歩くルゥが楽しそうにユノに声をかけた。

 堂々として忘れかけていたが彼女も今日、エナと同じで転入してきた生徒だった。頼られるのが嬉しいのか、隣を歩いてくれるのがうれしいのか、声を自然にかけてもらえる存在にユノは知らず知らずに頬を緩ませながら頷いた。



 「うん。大講堂と教務棟。今日は大講堂で入学セレモニーがあるから、多分食堂は開いていないと思う。終わったらパーティーがあるだろうから、その準備で忙しいの。だから、今日は教務棟」



 外廊下を歩きながら、ユノは教務棟を指さす。中庭を中心に、中央背中に講義棟。左右に研究棟と教務棟。教務棟と講義棟の間に大講堂が立っている。教務棟は、長方形の建物よりは、縦に長い塔の形をしていた。その1階が食堂だ。



 上には図書館があるが研究棟と講義棟の間に大図書館がまた別途建物として存在している。建物の新しさは教務棟のほうが新しく、大図書館はとても古い。噂では生徒には知られていない秘密の部屋があるとかないとか。ユノは図書館にお世話になっているが、その秘密を調べたことがないため真偽は定かではなかった。



 長くない廊下を、ユノとルゥはふたりで並んで歩いていた。

 まだ、緑で豊かに彩られている中庭を横目に通りすぎて、教務棟の食堂に入った時だ。



 「あっ」



 ルゥが突然に声を落とした。教務棟の食堂は広いが、大講堂ほどではない。それでも人が多いと感じないのは、ひとつにお昼時から大きく外れているからだろう。それに合わせて、大半が学園から出てすぐにある街のほうに出ているからだろう。観光客も多いが、やはり学生が戻ってきた街はきっと賑やかだろう。だからだろうか、ルゥは声を上げたと同時に、迷わずにその人のところに駆けて行った。



 その人は、同じ学園の生徒なのだろう。学年は遠くてユノには確認できなかったが、高身長なルゥと並ぶと酷く幼く見える。遠目からでもわかる長く波打った、赤い髪は制服であるローブを隠してしまっている。ぱっと見、どこかもっさりとしているその容姿は近付くのにためらってしまうが、ルゥを追いかけてその生徒に近づいてしまえばユノは納得した。



 長い髪で隠しているその顔はとても小さい。雪のように透き通った白い肌には太陽によってそばかすは多いが、それをマイナス点にしても整いすぎた顔。小さな顔に詰まったパーツは、絶妙な位置に置かれている。高く筋の通った鼻も、色づいた鮮やかな唇も全体的に小ぶりなのに、薄灰色の綺麗な瞳は零れ落ちそうな程に大きい。



 ぱっちりとした二重に影を落とすほどに長い睫毛と、薄いが整った眉毛。この顔にその身長だ。男からしたら庇護欲をそそるだろうその容姿だ、きっと苦労も多かったのだろう。この美貌を隠すようなそのうっそうとした赤毛の髪の毛はまるで鎧だ。



 「げっ、ルゥさん」


 「”げっ”てなんだよぉ。ルゥとシャルの仲じゃん」



 ルゥの顔を確認したシャルと呼ばれた少女が顔を歪めた。



 「仲も何も昨日知り合ったばかりじゃないですか。仲良くもしていませんし」



 ユノはルゥに視線を向けた。ルゥは特にといった風に返しながら、離れたがるシャルの背中を追いかける。それも楽しそうに口許を緩ませて。



 「そうツレないこと言わないで、仲良くしてよ。ルゥもまだ来たばっかだし。いろいろと教えてほしいなぁ」


 「……なんでついてくるんですか」



 ユノはルゥを止めるべきか止めないべきかわからないまま、気が付いたら注文カウンターに三人そろって並んで注文していた。シャルも呆れたようにルゥに言葉を零すとちらりと視線をユノに向ける。その瞳の感情はよく読めなかったが、突き放すような冷たさは見受けられなかった。むしろ、哀れみに似た色を向けられたようには思える。その視線にどう応えたらいいかわからないユノは、中途半端に笑った。



 「私ではなく一緒に歩くくらい仲の良い、ユノ先輩といればいいじゃないですか」


 (おや……?)



 一瞬だけだが、視線が伏せられたようにも思える。可愛らしい小さな唇がつんと少しとがらせて発せられた言葉はどこか拗ねているような様子だ。それにルゥが気が付いているのか、気が付いていないのか穏やかな笑みを浮かべる。



 「もちろん、ユノちゃんも一緒だけどさ、ここで会ったならルゥはシャルとも食べたいな」



 その声音は優しく、尖った心を溶かすようだった。傍目から見ても分かる。きっとユノにシャルは絆されている。警戒心満載な猫がルゥを威嚇しても、それを上手くいなして宥めている。



 (こ、これがコミュ力っていうものなのか……)



 勿論、そんな技を持ち合わせていないユノには衝撃的なシーンだ。人の心を掌握する力がルゥにはきっとある。そんなルゥでも攻略できない相手がいるものだ。それが、先ほどのエナなのだろう。



 気が付けば、3人が座れる席で落ち着いていた。長い机に、ルゥとユノが隣同士で座りその向かいにシャルが座った。



 「そういえば、挨拶がまだでしたね、ユノ先輩。私、シャルロッテ・ハレクラニといいます。先輩の1学年下で高等部2年生です」



 丁寧な自己紹介だった。そこでそういえば、ルゥが「シャル」と呼んでいたためシャルっていう名前なのだとは思っていたが、フルネームはシャルロッテだったらしい。崩れない表情で淡々と告げられる言葉に、ユノは自然と背筋が伸びた。



 「あ、あ……丁寧なご挨拶ありがとう。……えと、私は――」


 「大丈夫です。ユノ・ランドール先輩ですよね。ユノ先輩はこの学園では知らない人はいないので」



 上手く返事ができない上に、シャルから被さる様に帰ってきた言葉に、ユノは気分が落ちていく。まともに自己紹介も出来ないのか……、と。更に、はっきりと言葉にできるシャルは、ユノとルゥの人学年下だと知り、更に落ち込んだ。下がった視線に今日の昼ごはんが映ると手に持ったフォークで刺して静かに口に運んだ。



 「え、ユノちゃんって有名人なの?」



 ルゥの驚く声に、シャルが山盛りのパスタにフォークを立てて固まった。注文した時から気になったが、マウンテンサイズに盛られているミートパスタがは、その小さな体にどうやって収まるのかとても気になってしまう。



 「あ、ああ……、うん。ちょっと……ね」



 しかし、気はそちらに向けてもルゥの言葉に返事をしなくてはならない。ユノが気まずそうに言葉を区切ってしまうと、ルゥはじっとユノの反応を伺っている。それ以上を聞いていいのか悪いのか。ユノにとってのこの話はデリケートだ。勿論、シャルが言っていた通りに学園全部にユノの話は知られているので、どこかで耳に挟むだろうが、初めて出来た友だちにその話をして、他の生徒と同様な反応をされてしまえば、今度こそユノは立ち直れなかった。薄い肉にフォークを突き立てながら、視線を下げて泳がせる。次に発する言葉を考えていた時だ。



 「ランドール家といえば学園の学園長ですよ。次期学園長のエルメス先生もランドールです。ユノさんはそこの一族の子で、学園長のお孫さんというところもあって有名なんですよ」



 シャルがはっきりと言葉にして、巻いたパスタを大口開けて頬張っている。頬袋を膨らませながら咀嚼する姿が小動物のようで更に可愛らしい。どうやったらその小さな口で頬袋を膨らませるくらいの一口を入れることが出来るのか教えてほしいくらいだ。



 ユノは、シャルに視線を向けると、その透き通った灰色の瞳が申し訳なさそうに揺れる。ユノは、その視線に胸を熱くしながら、少し不格好に笑った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

超越ウィッチ 篠咲 有桜 @Amn_usg

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ