第6話 宴

 「巡回から戻りました。特に異常はなかったです」


 領主館の執務室に入り、他より少し豪華な椅子で小さな体をふんぞり返らせているココに報告する。

 エルムス村に到着して一月ほど経っただろうか、エンブライト男爵はまだ目を覚ましていない。その間、俺たち四人はエルムス村自警団の仕事を手伝っていた。

 平時の仕事は大きく2つ、エルムス村内の治安維持と領内の巡回だ。俺たち四人は領内の巡回を手伝っていた。


 「ごくろー、ゼルくん!」


 ココがふさげて偉ぶって言う。まったく偉そうには見えないが。

 軽く微笑んで返事をして、執務室から出ようとドアに手を伸ばした瞬間、勢いよくドアが開け放たれた。

 ぶつかる寸前でドアを躱し、ドアを開けた人を見る。隻眼の犬の獣人族の女の子がそこに立っていた。


 「ココ!!エンブライト男爵が目を覚ましたぞ!」


 その女の子は屋敷中に響き渡るほどの大声で叫んだ。


 「ルイ、ほんと!?すぐ行く!」


 さっきの女の子の名前はルイというらしい。

 そんな事を考えてる間に、ココは目にも留まらぬスピードで執務室から飛び出して、俺は執務室で一人になった。


 「後でエンブライト男爵の様子でも見に行くか......」


 一言呟き、執務室を後にしようとした時、ドタバタと走る音が段々と遠くから近付いてきた。


 「ゼル~、忘れてた!ゼルも一緒にお父さんのとこいこ!」

 

 ココはそう言うと、俺が返事をする前に手を引っ張り強引に執務室から連れ出した。

 病室に入ると、エンブライト男爵はベッドの背もたれを利用して、上体だけ起こして傍にいるミミとココと話をしていた。


 「ははは、ミミ泣くな。こうして命があるだけで十分だ。助けてくれて、ありがとう」

 「だって......、お父さんはもう......」

 「歩けないくらい大した問題じゃない、こうしてお前たち二人の顔を見られただけで十分なんだ。」

 「お父さん......!」


 ミミはエンブライト男爵の胸元に顔を埋め涙を流した。ココも涙こそないが、さっきまでの元気な姿は跡形もなかった。


 「ゼル君、来てくれたのか」


 エンブライト男爵が俺に気付いて声をかけてきた。


 「はい、ココに連れられて......、来ました......」


 なんて声をかけたら良いか分からず、歯切れの悪い返事になってしまった。


 「そうか......、見舞いに来てくれてありがとう。ところでココ、ゼル君たちの歓迎の宴は開いたのかい?」

 「いや、お父さんが目を覚まさなかったから、まだやってないよ」

 「そうか、気を遣わせてしまったね......。じゃあ、目が覚めたことだし、早速今日やろうじゃないか!」

 「でも、目が覚めたばっかりだし......」

 「大丈夫!お腹も空いてるからね!」


 エンブライト男爵はそう言うと、ベッド側の机に置いていた果物に噛り付くと、シャリシャリと音を立て、一気に食べきった。

 その姿を見たココはくすりと笑い、顔にはいつもの元気が戻っていた。


 「そっか......、じゃあ準備するね!」


 ココはそう言うと病室を出て歓迎の宴の準備を始めた。



 ◇



 日が暮れ、村に明かりが灯り始めた頃、俺たち四人は領主館の食堂を訪れた。


 「みなさん、どうぞ中へ」


 目を腫らしたミミが食堂の外で待ってくれていて、俺たち四人を中へ案内した。

 中に入ると、部屋の端から端まで届く机が五列ほどあり、その中央の列の更に真ん中に料理や飲み物が並べられていた。エンブライト男爵、ココ、ミミが着席している机の対面側に俺たち四人は着席した。


 「よし、では始めるか。ゼル君、アナーリス君、ドルフ君、ゴルグ君、エルムス村まで来てくれてありがとう。私たちは君たちを歓迎するよ。乾杯!」


 手元に準備されていた杯を皆で合わせてから一気に中身を飲み干した。果物の香りが鼻を通り抜け、その直後に喉の奥がじわりと熱くなった。最後に酒を飲んだのはいつだろうか......、思い出せない程久しぶりの酒は美味かった。


 「ゼル君、どうだい?楽しめているかい?」


 乾杯の後、しばらく談笑し場が温まって来た頃、エンブライト男爵が椅子に座ったまま、俺の隣に来た。俺は驚いて不思議な椅子を凝視し続けた。


 「ははは、気になるかい?これはね、村の職人が作ってくれたんだ。椅子の両側に車輪があって、これを手で動かす事によって、椅子に座ったまま移動ができるんだ。凄いだろう?」

 「こんなの作れる人がいるんですね」

 「そうだ、凄いだろう。ドワーフ族が作ったんだ。前に......、いや、これはみんなにも聞いてもらおう。みんな聞いてくれ!」


 エンブライト男爵はそう言うと、その場にいる全員の視線を集めた。


 「みんなに聞いてほしいことがある、聞いてくれるかい?」


 俺たち全員は黙って頷いた。


 「ゼル君たちには村に来る前、一度話したが、このエルムス村では奴隷や世間で人非にんぴと呼ばれる色々な種族の人たちを保護している。......いや、お互いの長所を活かし、短所を補い共にしている。私は今後もそうしたいと思っている。だが、世間はそれを許してはくれない。先日のノクターナル子爵との一戦がそうだ。疎まれ蔑まれ、そして蹂躙される––。」

 

 熱の籠った演説に俺たちは聞き入っていた。


 「だから、私は決意した。私たちの居場所を守るために戦うと......。王国を立ち上げ誰も侵すことのできない国を作り上げると!」


 じわじわと体の奥底から熱い何かがこみ上げてくるのを感じる。この世の地獄に一筋の光を見た気分だ。周りを見渡すと、皆の顔から自分と同じ想いを感じることができた。


 「国の名前はエルムス王国、そして国王はゼル君にやってもらいたいと思っている」


 一瞬でその場の空気が凍り付いた。


 「今なんて言いました?」


 言い間違いかもしれない。再確認のために訊ねた。


 「国王はゼル君、君だ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

興国のゼル けにゃ~ @yamato1411

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ