第5話 包囲を抜けて

 倒れこんだエンブライト男爵に駆け寄り、呼吸を確かめる。かすかだが息がある事を確認できた。急いで治療すれば、まだ助かるかもしれない。

 そのためには、まずこの包囲を抜け、エルムス村へ行かなければならない。改めて周りの状況を確認する。ゴルグは敵の攻撃を受けながらも、棍棒で敵を薙ぎ払い、ドルフは盾で攻撃を防ぎ片手斧で反撃、アナーリスは強力な風魔法と剣で敵と戦っている。辺りに敵の死体がいくつかあるが、せいぜい十ほどで総兵力の五十には程遠い。さらに、こちらは休憩する間もなく戦い続けているため、皆の体力が底を尽きようとしていた。


 「ゼル!どうするんじゃ!一か八か一点突破してみるか!?」


 盾で敵の攻撃を防ぎながらドルフは俺に問う。


 (この状態のエンブライト男爵を連れて突破できるのか?いや、無理だ。だが、このままここで戦い続けてもいずれは皆殺される。一体どうすれば......)


 まとまらない思考を続けていると、敵の新手三人がこちらに向かって前進してきた。剣を持ち、立ち上がって敵を迎え討とうとしたその瞬間、奇跡が起きた––。


 「エルムス村自警団とっつげきーー!!!」


 戦場に活発そうな女の子を思わせる声が響き渡る。その声を合図に新手三人のさらに後方、待機している敵兵が急にばたばたと倒れ始めたのだ。

 そして、目で姿を認識するのが精一杯なほどの速さで、いくつもの人影が敵兵に襲い掛かっては、次々と敵を地面に伏せていった。

 予想外の敵に後れを取ったのか、敵はエルムス村自警団と名乗る兵士たちに次々と討ち倒され、ついにノクターナル子爵は、次こそは必ず領地を奪ってみせると捨て台詞を吐いて退却を始めた。


 「大丈夫?」

 

 戦況を呆然と眺めていた俺に女の子が話しかけてきた。声からすると先ほど突撃命令を出した女の子だろう。振り返ると、そこには赤髪に犬の耳としっぽ、犬の獣人族と思われる女の子が立っていた。

 本来なら、真っ先に礼を言いたいのだが、それは後回しにしよう。まずはエンブライト男爵の命を救うことが大切だ。


 「すまないが、医療品を持っていないか!?エンブライト男爵が!」


 犬の獣人族の女の子が俺越しに倒れているエンブライト男爵を覗き見る。


 「お父さん!?」

 

 犬の獣人族の女の子はエンブライト男爵に駆け寄り、傷の具合を確かめ、お父さん!お父さん!とエンブライト男爵に声をかけた。


 「ココ姉、何かあった?」

 「ミミ!お父さんが......!」


 今度は青髪に猫の耳としっぽ、猫の獣人族の女の子が現れた。二人の会話を聞く限り、犬の獣人族の女の子の名前はココ、猫の獣人族の女の子の名前はミミ、そして、エンブライト男爵の娘だと思われる。


 「私に任せて!」


 小さいが確固たる意志を感じる声でそう言うと、ミミはエンブライト男爵の腹に刺さった剣を引き抜いた。剣で圧迫され止まっていた血が一気に流れ出す。ミミは剣を投げ捨てると、両手をエンブライト男爵の腹の傷のうえにそっと添えるように置いた。


 「傷を癒し給え......」


 小さく呟くと傷の辺りが青白い暖かな光に包まれる。

 何分経っただろうか、時折ふらつきながらもミミは懸命に傷を癒し続け、ついに光を失った。


 「......っふー、これでとりあえず大丈夫。後は、しばらくベッドで安静にすれば目を覚まします」

 

 額に浮かんだ玉の様な汗をぬぐいながら言う。


 「ミミぃーーー!!!」


 同時にココがミミに抱き着き、ほっぺをすりすりさせて喜びを爆発させた。


 「ココ姉!ちょ......、くすぐったい!」


 嫌そうに口では言っているが、表情は正反対になっている。エンブライト男爵が助かって二人とも嬉しいのだろう。

 

 「......コホン、皆さんは、父とどういった関係でしょうか?」


 はっと我に返ったミミがココを引き剝がし、乱れた髪や服を整え、咳払いをして俺たちに質問してきた。

 俺はエンブライト男爵が俺たちの指揮官だったこと、帝都消滅の一報を受けてエンブライト男爵に頼まれ、ここまで来たことを説明した。


 「なるほど......、父をここまで連れてきてくれてありがとうございます。村へ案内します。ささやかではありますが、お礼に宴を開かせてください」

 「宴!?!?お肉いっぱい出る!?!?」

 「ココ姉は食べすぎちゃダメだからね!」


 二人の仲睦まじい会話を聞いて癒されながらエルムス村へと向かった。

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