第4話 エルムス村へ
日の出と同時に俺たちは南下を再開した。
数時間ほど森を進むと開けた平野に出た。地平線の向こう側に目を凝らすと、ぼんやりと建物の様なものがいくつか見えた。
「もう少しでノクターナル子爵領に入る。領内では何が起こるか分からない、みんな気を付けてくれ」
エンブライト男爵がそう言うと、俺たちは頷き、いつでも戦える状態であることを再確認した。
平野を進み続けると、ぼんやりと見えていた建物の様なものが少しずつ鮮明に見えてきた。やはり建物だった。城壁も無ければ門も無いが、民家をはじめとした様々な建物が密集している。どこにでもある小規模な町だ。
「ここがノクターナル子爵領の中心部だ。この町を抜け少し平野を進むと私の領地に入る。あともう少しだ」
ふっと軽く息を吐き、町に入る。
露店が立ち並び、人の往来も多い。町の大きさに見合った賑わいを感じる。次は道行く人に目を向けてみる。ちらほら身なりの綺麗な人が鉄の首輪で繋がれた身なりの汚い人を連れている姿が見える。いや、人だけじゃない。数は少ないが、人だけでなく、他の種族たちも連れている様だ。この町はやはりどこにでもある町だ。
首輪を付けていないエルフ、ドワーフ、オークが珍しいのだろう。さっきから、ちらちらとこちらを不審者でも見るかの様な目で見てくる人がいる。
周囲の嫌な視線を感じつつも、それ以上の事は無く、無事に町を出て平野を進んでいた。
「あと、どれぐらいかかりますか?」
「町を抜けたから、あともう少しで私の領地だ」
「なんとか無事にたどり着けそうですね」
俺の安堵の気持ちは、後方からかすかに聞こえる馬の蹄が地面を強く蹴り上げる音によって、すぐにかき消された。
後ろを振り返ると、数十騎ほどの兵士がこちらに向かって走って来ているのが見えた。まだ距離があり、誰で目的は何か分からないが、間違いなくノクターナル子爵の部下で俺たちを討ちに来たのだろう。
「敵だ!走れ!」
そう叫ぶと、エンブライト男爵を先頭に残りの四人は背後を守りつつ走り始めた。
全力で走ってはいるが、こちらは徒歩で相手は馬、徐々に距離が縮まり、より詳細に数を確認出来る様になった。約五十騎ほどだろう。
ついに弓の射程まで距離を縮められたのか、曲線を描き矢がこちらに向かってきた。
「ゴルグ!」
「まかせて!」
ゴルグが立ち止まって矢の方に振り返り、右手に持った棍棒で矢を薙ぎ払う。そして、すぐさま矢の反対方向に走り出す。
何度かこのやり取りを繰り返したところで、ついに敵に追いつかれた。敵は俺たちをぐるりと円形に囲み、こちらの様子を伺っている。俺たちはエンブライト男爵を中心に周囲を囲み、敵に正対した。
(エンブライト男爵は戦えないだろうから、こちらの戦力は四人。敵は約五十人、兵力差十倍以上にどう対処するか––)
この状況をどう打開するか思考を巡らせていると、宝石が散りばめられた派手な軍服に身を包んだ敵の一人が円形より一歩前に出た。
「エンブライト男爵、ご機嫌うるわしゅう」
派手な軍服の敵の言葉を聞くと、エンブライト男爵は俺の前に出た。
「これはこれは、ノクターナル子爵、ご機嫌うるわしゅうございます。挨拶が遅れ申し訳ございません。矢を射かけられたので、賊かと思っておりました」
「失礼、民から人非を連れている怪しい輩がいると聞いたので、下級とはいえ、まさか貴族であるエンブライト男爵とは思わず矢を射かけてしまったわ」
「さて、お互い誤解も解けた事ですし、我々は行ってもよろしいでしょうか」
「待て待て、ついでに言いたい事があってだな」
「言いたい事とは?」
「なに簡単な事よ、エンブライト男爵に我が傘下へ加わって貰おうと思ってな。今は不安定な世の中、独力で生き抜くのは難しいと思っての気遣いじゃ」
「お心遣いは感謝しますが、丁重にお断りいたします」
「ははは、やはりそう言うと思ったわ。無駄な殺生はしたくないのだが仕方ない––」
ノクターナル子爵は右手を挙げ、こちらに振り下ろすと、取り囲んでいた敵兵が一斉にこちらへ向けて突撃を開始した。
「各自、眼前の敵に集中!エンブライト男爵は俺たちの後ろに隠れてください!」
指示を出し、眼前に迫った敵三人の攻撃を剣で受け流す。隙を見て反撃を試みるが、厚い鎧で覆われた敵に刃は届かなかった。
敵もこちらも致命的な一撃を与えられないまま、幾度か切り結んだところで敵が一度後退、その影から敵兵が一人現れ、杖をこちらに向けている。
「炎よ!」
杖を持った敵兵が叫ぶと、杖の先から炎が生み出され、うねりを帯びてこちらに向かってきた。
「風よ!」
左手を炎に向け風魔法を放つ。炎の勢いは落ちたが、まだ死んでいない。弱くなっても炎は炎、当たれば無事では済まない。
(まずい!!)
「風よ!」
左斜め後方から突風が吹き荒れ、眼前で炎は掻き消えた。
「ゼル!大丈夫か!?」
「ありがとう、アナーリス。助かった!」
アナーリスの風魔法で何とか火魔法を防ぐことができた。それを確認した敵は魔法が効かないと判断し、再度鎧の兵士を突撃させてきた。
またお互いに致命的な一撃を与えられないままの状態となる。こちらは常に戦い続けている状態だが、敵はまだ戦闘に参加していない兵士もいる。このままの状態が続けば、いずれ俺たちの方が先に消耗して殺されることになる。
(そろそろ敵を削らないとマズい......)
(攻撃を受け流すために剣を使うと反撃が遅れる。ギリギリで敵の攻撃を躱す!)
敵の振り下ろした剣を半身で躱し、剣を敵の喉元、鎧と兜のわずかに空いた隙間に向かって差し込む。すると、肉の柔らかい感触が手に伝わった。剣を抜くと敵は兜の隙間から吐血し、地面に倒れた。
一息つく余裕はない。すでに二人目の剣が水平方向からこちらに向かってきている。それを軽くジャンプし体を回転させることで躱し、すぐさま一人目と同じように鎧と兜のわずかな隙間に差し込む。後は一人目と同じく、肉の感触を確認して剣を抜く。
俺は焦っていたのだろう、ほんの少しだが前に出すぎていた。残った一人はその隙を見逃さず、俺の背後にいたエンブライト男爵を狙っていた。
エンブライト男爵を狙う敵の背後から兜と鎧の間に剣を差し込んだ。剣を抜き敵兵が地面に倒れると、敵の背中で隠れていたエンブライト男爵が腹に剣が突き刺さった姿で現れた。
「エンブライト男爵!!」
「すまない......」
「なぜ!?俺が......俺が焦って側を離れたせいで......」
「ゴホッ!ゴホッ......!」
咳き込むと俺の服を赤黒く染め上げた。
「私の故郷......、ゴホッ!......、エルムス村へ帰りたかった......」
そう言って、エンブライト男爵はばたりと地面に倒れこんだ。
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