#2日目

「…ねぇ、看守サン」

ふと、いつものように黙って静かにしていると、20番が声をかけてきた。

「…なんだ。」

彼から声をかけてくるのは良くあることだ。

ここ最近には特に多くなった気がする。

…もしや日記のお陰で、記憶の整理がついている…?

あり得ない話ではないな。

「看守サンは…記憶がなくなったことってありますかね?」

「無いな。」

「そうですか…なんつーか…記憶喪失って、ちょっとヘンなんですよね…」

「『ヘン』?」

記憶の喪失に『ヘン』なものがあるのだろうか?

まず記憶喪失になったことさえ分からないが、実際に体験した彼が言うならそうなんだろう…。

「記憶喪失っていうか…『そこ』にあるべきパズルのピースが、何処どこかに消えたような…そこのピースが…そこのピースが…」

ブツブツと、もはや呪文を呟いているに等しいほど、彼は単語の塊を吐き出し続けた。

記憶の喪失は経験の喪失。

経験の喪失は人間性の喪失。

…そんな言葉を、私は脳裏に浮かべた。

それも、とっておきの狂気のようなものが、眼前にのだから。



ここから先は、彼が書いた日記です。

全て振り仮名は振っているので、解釈の違いが産まれることはあるかもしれませんが、あくまで日記として見ていただければ幸いです。


今日きょう監守かんしゅサンとはなしをした。

記憶きおくのソーシツってはなしをした。

自分じぶん自分じぶんのことをぶことはなんてったか…

そっか、イチニンショーってやつだ。

一般的いっぱんてき?には、おれとかぼくとかわれてるあれだ。

は、自分じぶんがなにものなのかまった見当けんとうもつかない。

わかるのは、いま、おれはきている…ただそれだけ。

大切たいせつひとがいた。

そしてそのひとをまもりたかった

…だけど、ゆめなかではいつも、すなからちるように、すくいたいものがくなっていく

おれはゆめる。

おれにはきっと、とても大切たいせつだれかがいた。

そしておれは、いつも決まって、その大切たいせつだれかのにまみれ、ゆめからめる。

ただ、おれはそれになにかんじない。

たしかに、にとっては大事だいじだったのかもしれない

でも、今はだ。

その大切たいせつ存在そんざいも、のだから。

は、おれをうらむんだろうか。

あたまなかにたしかに。 

はやくてきてくれ

おれに、このセカイはすこしおもい。



…どういうことだ…?

今の「おれ」と過去の「ぼく」…?

…記憶の解離かいり現象げんしょうか?

…過去の記憶喪失の患者からも見られたケースだ。

「『解離性障害』の離人症…」

一度、本で読んだことがある。

自分が自分であるという感覚が障害され、あたかも自分を外から眺めているように感じる…がかなり曖昧な状態…それが離人症だと。

ともかく、この日記は彼の問題の早期解決に役立つことは確定しただろう。

最終結果報告はまだだが、先に送っておくとしよう…



途中結果報告。

日記による彼の問題の早期解決は最適解であると判断できます。

日記、そして定期的な看守との接点により、記憶の整理がついているらしく、これからの早期解決が見込めます。

念のため、振り仮名をふった日記の写しを同封します。



途中結果報告受理。

了解した。

引き続き日記による経過観察を十全な警備の下行うこと。

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