最終話 アラサー社畜、自由を得る
「さて、これで田中っちはうちの事務所の一員だ!」
中山先輩の経営する事務所の一室。そこで俺は、契約書にサインをしていた。昼下がりの日差しが観葉植物を照らす、綺麗な部屋だった。
「いやぁ、しかし、田中っちが決断してくれてよかったよ」
彼女は鼻歌交じりに書類をまとめる。
「このままじゃあ田中っち、ボロ雑巾まっしぐらだったもんね。人間、嫌な場所からは逃げるのが一番だよ。うんうん。ま、まともにサラリーマンしたことない私が言うのもあれだけど」
「先輩には感謝してます。本当にありがとうございます」
俺は苦笑し、拳をぐっぱと握ってみる。
「おかげで、久しぶりによく眠れました。体が軽いです」
「はは、社畜には睡眠もご褒美か。難儀だったね。田中っち」
「はい。ですから、今日は目一杯働けそうです」
俺は頷く。
「で、俺は何をすればいいですか。先輩」
こうして拾って貰った恩もある。俺は今日から馬車馬のように働くつもりだった。
だが、彼女はきょとんとした顔でこう言った。
「うん? 別に、やりたいことがないなら何もしなくていいけど?」
俺は目を瞬かせる。彼女は席を立つ。
「君はあくまで配信者だ。もうサラリーマンじゃない。好きなように時間を使えばいいんだよ。そうだな。陳腐な言い方をすれば――」
彼女はドアノブに手をかけ、俺に向かって眉を上げた。
「君は、【自由】だ。配信でもなんでも、自分のやりたいようにやれば良いんだよ。そういう契約だからね」
先輩は契約書をひらひら動かして笑う。
「じゃ、そういうことで」
そう言って、彼女は部屋を出て行った。
俺はひとり部屋に取り残されてしまった。
「……自由……」
呟く。返事は当然無い。
席を立ち、部屋を出る。廊下を歩いて、事務所の外へ出た。よく晴れた空の下、陽光をビル群が反射している。人々は大通りを歩き、車はどこかへ向かう。きっと彼らにはやることがあるのだろう。ただ、もう、俺には何もなかった。
あの終わらない業務も、深夜まで続く残業もない。
もう、俺は自由なのだ。
「……や……」
俺は拳を握る。そして、
「やったぁ!!!」
嬉しさに飛び跳ねた。
周囲の人々が俺を見る。だが、それも気にせず俺は笑っていた。
好きなことを、好きなようにできる。
本当に、開放的な気持ちだった。
そして、だからこそやりたいと思えることがあった。
俺の好きなこと。やりたいこと。
それは――。
「あ! 田中さん! いたいた!」
振り返る。通りから、新城さんが駆け寄ってきた。
「どうしたんですか。新城さん。表彰の件は正式にお断りしたはずですが」
俺はあのあとダンジョン管理局へ連絡し、表彰を受けないと明言したのだ。それで新城さんの仕事は終わったはずだった。
「今度は、上からこう命令されたんですよ!」
彼女は苦笑する。
「後進の育成のため、あなたに密着し、そのモンスター狩りの技術をしっかり調査せよとね! いや、一時はどうなるかと思いましたよ! このまま接点がなくなっちゃうんじゃないかと――」
「別に接点なくてもいいんじゃないですか?」
「……」
「なんで睨むんですか」
「何でもありません!」
「はぁ、そうですか……とにかく、また配信についてくるってことですね?」
「はい!」
顔を輝かせる彼女を見て、俺は頭を掻く。
……まぁ、いいか。
「じゃあ、行きましょうか。新城さん」
俺は微笑んだ。
「ダンジョン配信へ!」
「はい!」
そうして、俺たちはダンジョンへ向かって歩き出した。
俺のやりたいこと。
俺の自由。
それを実行する為に。
完
★★★
作者です。これにて本作は完結となります。
短い間でしたが、応援してくださった皆様、本当にありがとうございました! 本当に励みになりました!
それでは、またお目にかかる機会があれば、自作でお会いしましょう! では!
かつて剣聖と呼ばれたアラサー社畜、会社の命令で撮ったダンジョン料理配信にてバズり散らかす~元最強のブラック社畜が、S級モンスターをあっさり食して伝説になった話~ 堕園正太郎 @takezonosyoutarou
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