第14話 【ざまぁ回】鬼瓦敦の結末

 俺、鬼瓦敦は、小さい頃から弱い者いじめが好きだった。


 自分より弱い奴。自分よりも気弱な奴。そういう奴を暴力で分からせ、言うことを聞かせるのが好きだった。そういう奴が自分の命令に従順に動く様を見ると、自然と笑みがこぼれるのだった。王様になった気分になれたからだ。


 ときおり、そんな俺の行動を非難する馬鹿がいた。だが、そのたびに俺はこう反論してきた。この世は弱肉強食。だから俺は間違っていない。と。


 事実、弱者を使い潰せば色々なことが上手くいった。連中に紹介させた女と遊べたし、連中を馬車馬みたいに働かせれば、自然と上司からも褒められた。君は出世すべき人間だ。誰からもそう言われた。自分でもそう思った。俺は偉い。俺は正しい。俺は、誰よりも上に立つべき人間なのだと。


 だから、気に入らなかった。俺の下僕、田中が注目される様が。


 あのときの光景を、今でも覚えている。オフィスの眼下、会社の入り口で記者団から質問攻めに遭っている奴の姿。とぼけたあの野郎の顔を。


 気に入らない。実に気に入らなかった。なんでお前が、俺を差し置いて人気者になっているのだ。なんでお前が、俺よりも注目を集めているのだ。


 お前は俺の下僕。俺の奴隷の一人だったはずなのに。


 だから、安堵した。専務のオフィス。その廊下で、奴を殴ったときは。


 あいつは無抵抗でいた。それを見て、胸が高鳴るのを感じた。


 まだあいつは俺の下だ。俺の下僕なんだ。そう思えたから。


 でもきっと、それ故なのだろう。


 あんなことになったのは。


 ♢♢♢


 俺はスマホの振動音で目を覚ました。


 唸りながら体を起こす。都内のワンルームマンション。窓には朝の日差し。窓ガラス越しには、都内のビル群が一望出来た。親の金で買って貰ったマンションだった。


「……何? 今日休みじゃないの?」


 隣で寝る女が睨むようにこちらを見る。


「うるせぇ」


 俺は返しながら、スマホを手に取り、耳に当てた。


「はい、もしもし?」


 俺は床の酒瓶を避けて歩きながら訊く。


「誰だよ、こんな休日に。俺は――」

「私だ。鬼瓦君……」


 俺は眉を寄せてスマホを見る。電話相手は専務だった。


「専務……?」


 なんでこんな朝っぱらからあいつが電話してくるのだろう。


「い、いますぐ会社に――私の部屋に来たまえ。早く」

「はぁ? 俺は今日休日で――」

「いいから! 早くしろ!」


 そう言って、電話は切れてしまった。


「なんなんだ、一体」


 呟き、仕方なくスーツに着替え始める。その間、どんな要件なのか考えてみた。


 専務はずいぶん動転している様子だった。あの銭ゲバ爺が動転することと言えば、自分の立場が危うくなったときくらいなものだろう。となれば、何かミスを犯したとみるのが自然である。その上で、奴に関係のない俺が呼ばれた。


 となれば、結論は――。


「俺が、奴の代わりに専務になれるんじゃねぇの……?」


 スポーツカーに乗り込み、走らせながら俺は笑う。


「それ以外に考えられねぇよなぁ! だって、奴と俺には大した関係なんかないんだから。そういや、俺の前に田中と何か話してたよな。あそこで何かやらかしたか?」


 俺は顎に手を当て考える。


「もしそうなら……このままスピード出世も目じゃないぞ。このまま専務になって、さらに階段をかけあがって社長になり――ゆくゆくは会長になって、すべてを支配できるんじゃないか?」


 俺はそうなった自分の姿を想像する。数多の社員に頭を下げられる自分の姿。


 それを思うと、口元が緩んだ。


「ふふふ、いいぞ!」


 俺はアクセルを踏みしめながら口元をさらに上げた。


「俺は偉くなる。偉くなってやるぜ!」


 そう言いながら、俺は専務のオフィスのドアを開けた。


「失礼します。お待たせしました。いま――」

「あぁ、おはよう。鬼瓦君」


 俺はそこで、動きを止めた。


 オフィスの椅子には、枯れ木みたいな老人が座っていた。そして老人の隣には、ラガーマンみたいなガタイのいい中年の男、社長の五十嵐が立って、こちらを睨むように見ていた。彼らの前で肩を萎めて正座しているは専務だった。明らかにこの場で最も権力を持っているのはあの、棺桶に片足を突っ込んだ老人だった。というのも当然だ。なぜなら彼はこの会社の会長、中園春樹だったからだ。


「……か、会長、ですよね。お写真でしかお顔は拝見したことないですが」

「うむ。そうだよ」


 驚いた。なぜ彼がここに? ただの人事異動の打診だったら、社長の五十嵐だけで事足りるはずなのに。それなのに、なぜ――。


「儂はね、鬼瓦君、長話は好かん。時は金なり、だ。だから単刀直入に言う」


 彼はキセルを弾いて、微笑みを浮かべた。


「君を解雇する。専務と一緒にね」


 ……。


 ……。


 ――は……?


「なん……ですって……?」


 一瞬何を言われているのかわからなかった。聞き間違えか? 解雇と聞こえたが。


 だが、周囲の視線は真剣そのもので、専務も青ざめた顔をしていた。


「……あの、会長。解雇……と聞こえたのですが――?」

「うん。クビだ。君達はもう我が社に必要ない」


 キセルをふかしながら、彼は俺の確認に対し、当然のように頷く。


「は、はは……えっと――」


 俺は混乱の中で思わず引きつった笑いを浮かべてしまった。助け船を求めて、五十嵐の事を見る。彼は相変わらずこちらを睨んでいた。


 ……まさか、本当に……?


「な、なんでです……? なんで……俺がクビに……」

「会社が従業員を解雇する理由は一つだよ。君たちが、我が社の利益を著しく損なったからだ。それも、数十億という利益を、君たちは台無しにした」


 何言ってんだこいつ? 数十億?


「い、いや、俺はそんなミス、してないですよ」


 俺は引きつった顔のまま言う。


「お、俺の業務成績は同期と比べても優秀だったはずです。いったい何の間違いですか。数十億のミスなんて、そんな――」


 だが、俺の言葉は途中で止まった。会長が『辞表』と書かれた封筒を取り出したからだ。


「今日、これが総務の方に提出されたよ」

「じ、辞表? 誰か辞めたんですか?」

「誰が辞めたと思う?」

「えっと――」

「田中君だよ。我が社の期待の星。料理配信を流行させた、彼だ」

「田中――? あんな奴が、いったい――」

「あんな奴?」


 びくりと肩が震えた。会長の瞳が、ぎらりと光ったからだった。


「配信で数十億の利益を上げ、新調味料と我が社の名前を数百万人に周知させたヒーローを、あんな奴呼ばわりかね? 鬼瓦君」


 数十億の利益……?


「え、えっと――す、数十億? 数十億って、アイツが?」


 俺は乾いた笑みを広げながら言う。


「アイツごときにそんなことができるわけないじゃないですか。やだな、会長……」

「君は動画配信サイトの収益率を分かっていないようだね。鬼瓦君」


 会長はキセルを咥えた。


「動画は、基本的に一再生一円以上の価値を持つ。視聴の際流れる広告の閲覧により、広告収入が入る為だ。そして、彼の料理配信は全世界で数億回再生されている。といえば、算数が苦手な君でも、彼の価値が分かるかな?」


 俺は言葉を失う。会長は流れるように続けた。


「そもそも、マスコミに注目されている時点でことの大きさは分かりそうなものだ。それを君たちは台無しにした。今後配信を続ければ、兆に届くかも知れないという金の卵を、君たちが辞めさせたのだ。これが会社に対する侮辱でなくてなんだと言うのかね?」

「ま、待ってください、会長。か、仮に奴が辞めたとして、それが俺と何の関係が――?」

「田中が辞職する際、総務に提出された映像だ」


 社長の五十嵐は言いながら、デスクのタブレットをこちらへ向けた。そこには動画が流れていた。


 それは、スマホの映像のようだった。映像は、この部屋を映している。デスクとは反対方向。出口のドアがある方だ。だが、そこには大きな姿鏡が置かれていて、それを介して、デスクで怒号を上げる専務の姿が映っていた。


 彼がお茶を撮影者にかける様も、しっかりと映っていた。


『視聴者? 金づるの間違いだろう』

『あんなくだらない配信を見ている馬鹿者どもなどどうでもいい。いいか。君は黙ってあの調味料が使えるような肉料理を作り続けろ! 君は動画サイトなんぞに入り浸っているクズ共の記憶に、新調味料の記憶を植え付ければいいんだ!』

『話は以上だ。まったく、使えない馬鹿めが』


 専務の言葉が、どんどん流れていく。俺は自分の顔が青ざめるのを感じた。


 待て。まさか、まさか――。


 映像は部屋を出て、廊下を映す。撮影者の溜息。


 頼む。止まれ。俺はいつの間にか願っていた。


 止まれ、止まれ、止まれ!


 ここで、映像よ、止まれ――!


 だがしかし、


『よう! グズの田中じゃねぇか』


 映像は、俺を映してしまった。


『ちょっとちやほやされてるからって調子に乗ってんじゃねぇぞ』

『お前は俺の下なんだよ。俺の命令には絶対服従。分かるか?』

『専務に気に入られたからって口答えなんぞしやがって。いいか。俺の方が偉いんだ。俺の方がお前より偉い!』


 映像は回り続ける。彼を殴る俺の姿が克明に記録されている。そうして俺が一通り殴り、彼を引きずってエレベーターへ連れ込んだところで、映像は終わった。


「幼稚なことだ」


 会長は鼻を鳴らした。


「彼はこれを辞職の理由と書いてきた。これでもまだ、自分は関係ないと言えるかね?」


 茫然とする俺を余所に、会長は鼻歌交じりに席を立つと、


「インディアンは金の価値を知らぬが故に、二束三文で征服者にそれを売り払ったという」


 そう言って、俺の横に立った。


「君たちに田中君は、過ぎた黄金だったようだな」


 彼は部屋を出て行く。五十嵐がそれに続いた。


「会社はお前達を、著しいイメージの毀損という名目で起訴することとした」


 彼は通り際に言った。


「損害賠償も請求する。裁判の準備をしておくように。それと、外を歩くときはせいぜい気をつけんだな」


 五十嵐は部屋を出て行った。俺と専務は、ただ立ち尽くしている他なかった。


「ゆ、夢か――? これ……」


 呟きながら、俺はふらつく足取りで、茫然自失の専務を置いて部屋を出る。廊下を歩いた。


 夢か?

 

 俺がクビ?


 出世街道を突き進もうとしていた、この俺が?


 エレベーターに乗り込み、階下へ降りる。


 そんな馬鹿な。俺は、俺は、誰よりも偉くなれる男で――それで――、


 エントランスに出た。そこで、入り口に人だかりが出来ているのを見付けた。


「おはようございます! 我々はいま、あの超有名ダンジョン料理配信者、アラサーさんの務めていた食品会社の前に来ています!!」


 それはマスコミだった。数名のリポーターが、同じようなことを話している。


「マスコミに送られた映像によりますと、彼の上司、鬼瓦敦氏が、アラサーさんに対して暴力を働いた模様です! ネットは怒りの声で溢れており、鬼瓦氏の動向に注目が集まっています!! そんな彼ですが――あ、いま、あそこにいます! あれが鬼瓦氏です!」


 マスコミ達が俺のことに気付いた。彼らは警備員を押しのけると、自動ドアをくぐってこちらへ詰めより、俺をあっという間に取り囲むと、笑みを作りながら、マイクを突きつけてきた。


「鬼瓦さん! いまどんなお気持ちですか!」

「ネットではあなたに対する非難が溢れていますが、どう思いますか!」

「なぜアラサーさんを殴ったのですか!」

「会社はあなたを起訴するそうですね! 今後どのように振る舞うおつもりですか!」


 人の目。人の目。人の目。ガラガラと、何かが崩れる音がした。


 俺はそれを受けて、引きつった笑みを浮かべると、


 がっくりと、その場に膝をついた。


 俺は気付いた。


 俺の人生は、ここで終わったのだと。


★★★


 作者です。十四話はいかがだったでしょうか!


 長くなってしまいましたし、皆様がスカッとするようなザマァ回を書けたか不安ですが、一応全力は尽くしました。皆様の日々の不安を代わりに解消できたなら、これほど大きな喜びはありません。


 それでは、次話でお会いしましょう!

 

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