缶コーラと泡の音

ふぉぐ

缶コーラと泡の音

 初夏に青く萌えた木々の隙間が、ベンチの上にまばらの影を落としている。それが風に揺れるたびに、光の塊が二人の頭上をゆったりと行き来する。

 ぷしゅ、という音を立ててプルタブから吹きだした泡が、真奈の手を伝って地面を濡らした。

「こいつ、炭酸としてのアイデンティティを強く主張してきよる」

 今買ったばっかりやのに、と小言を吐きながら、手を地面に向けて振って、手をまとわりつく水滴を地面に落とそうとしている。手が振られるたびに、小指に通されてたシルバーのリングが光を乱反射する。

「もー、スカート濡れてもうたし。匂いつくやん」

「コーラやから臭くはないんちゃう?」

「わかってないな。このベタベタ感がコーラの香りをも臭く感じさせてしまうねん」

 こくっという音が真奈の汗ばんだ首筋の奥を通り過ぎる。デコルテから耳の裏にかけて伸びる筋肉の筋に思わず見とれてしまった。

「どこみてんねん」

「首筋」

「なんかキモい」

「たしかにキモくはあるな」

「受け入れるなよ」

 太ももに肘をつくかたちで目のめりになり、まだ明けていない缶コーラを両手で抱える。

「なあ」

「ん?」

「俺たちってどういう関係?」

 くだらない言葉のラリーが胸の奥のわだかまりを刺激して、意図せず言葉がこみ上げてきた。飲み込んだ炭酸の泡が、気道を逆流するように。

「うーん。あんまり考えたことなかったな。なんやろ。ただの幼馴染?腐れ縁?進路が被ってるだけの関係?」

「なんで全部ちょっと溝があんねん」

「はは。近すぎてもキショいやろ」

「俺はええけどな」

 口をついてでたというには、あまりにも意思が含まれすぎている一言だった。彼女の方を見ることができない。おそらく、大きい目をさらに大きくしてこちらを見ているのだろう。それくらい脈絡を逸脱した、唐突な言葉だったように思う。

「なあ」

「なによ」

 彼女の声が少し高くなっている。


「好きや」


 缶を持つ彼女の手がぴくっと小さく動いた。

 アルミのきしむ音がする。

 会話が止んだ。

 夏を反射する炭酸の音だけが、二人の間を埋める。

「なあ」

 沈黙を割ったのは、彼女の声だった。

「それ、飲めへんの?」

 そういいながら指さす先には、俺のもつ缶コーラがある。

「ああ、飲むよ」

「ちょっとかして」

 半ば強引に俺の手から缶を取り上げて、きれいに整えられた爪をプルタブにかけた。

 ぷしゃっという小さな爆発をおこして、待ちわびたかのように泡が噴き出す。先にもみた光景だ。

 そして、それをこちらに押し付けるようにして彼女は言葉をそっと置く。


「はい」


 小さくも力のこもった声だった。

「それってどっちの意味?」

「自分で考えろ、あほ」

 泡が弾ける。

 

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