ダンジョンジュゲム
岡田旬
ダンジョンジュゲム
相変わらずのところでのお付き合いを願います。
古今東西名前ってーものは親から頂いた有難いものでございますな。
生まれてくるのは女かなー、男かなーなどと父親は終始浮かれ調子で悪阻に苦しむ女房殿に恨まれたりするものですが、年寄りや名付け読本なんてものに頼りながら画数がどうの意味がどうのとあれこれ迷いながら子供の名前を考える。
これはこれで親としては実に楽しみなことでございます。
おぎゃあと生まれてくる子供にとりまして、もの心付いた頃にはもう評価と実績が積まれている、どうにも変えようのない決まり事。
それが名前と言うものにございます。
西洋ではマックとかソンてーのが付くと、それは誰それさんの息子さんって意味らしいですな。
マクドナルドはドナルドさんの息子、ジャクソンはジャックさんの息子って調子らしゅうございます。
そんな訳で子供にとっちゃ名前ってーのは自分の都合や意志とはまったく関わり合いのないもの。
どんなに縁起が良くておめでたい名前でもそれはそれで子供にとっちゃいい迷惑、なんてこともあるんじゃないでしょうか。
さて、王国の南の端にラビュリンス市と言う自由都市がございます。
皆様ご存じ、言わずと知れたダンジョンの街ですな。
街のど真ん中に大きなお城が立っていて、その地下にダンジョンの入り口がある。
そんなわけですから、この街の人たちは上つ方から下つ方までみんなダンジョンでおまんまを食ってる。
ダンジョンで一旗揚げようっていう冒険者や物見高い見物客を相手に手広く商いをして経済が成り立っている。
ラビュリンス市ってーのはそんな街でございます。
ダンジョンの街ですからラビュリンス市には宿屋が多い。
ダンジョンの三十階層なんて奥底まで出かけて行ってお宝をしこたま持ち帰る羽振りの良い冒険者様をお泊めする高級ホテルから、一階層でヒーヒー言ってるレベル5のペーペーが寝床を求める木賃宿まで。
それは各種ピンからキリまで、寝床のご用意は懐具合に合わせてご要望次第ってことでございますな。
そんな各種数多用意された宿屋でもダンジョンの入り口からはちと遠い。
街外れのとある小汚い路地の一角に一軒の木賃宿、ベッドハウスがございます。
待望を胸に街へとやってきて、昨日今日冒険者ギルドに登録しばかりの駆け出しや、
苦い挫折を繰り返し飲んだくれて身を持ち崩し冒険者とは今や名ばかり。
なーんて貧乏人しか頼りにしない、魔窟の連れ込みよりはちいとはましと言う程度のボロ宿でございますな。
おりしもそのボロ宿から一人の若造が、今日も今日とてダンジョンに出勤でございます。
つい先日歯ブラシ一本手ぬぐいに巻いて街にやってきた新参者にございます。
早速冒険者ギルドに赴いたもののもちろんレベル5からのスタートでございます。
この若造今の所、ろくなスキルを持ち合わせておりません。
武器屋でなけなしの銭をはたいて、なまくら刀とセコハンの盾は手に入れましたがポーションまでは手が回らぬ始末。
魔法属性も持ち合わせは生まれついての火属性だけ。
今のところ攻撃に使うほど力はなく焚火の火をつけるのすら怪しい程度。
それでもこの若造。
能天気だけは誰にも負けません。
なぜかと言えばこの若造。
たった一つではありますが強力無比無敵万能な魔法を使えるのでございます。
一家相伝ご先祖様から受け継いだありがたーい必殺技でございます。
年に一発しか打てない使い勝手の悪い技ではございますが、天下無双の打撃は魔王さえイチコロと両親祖父母から聞かされております。
まあれですな。
王国のどこかに一日一回しか爆裂魔法を使えないアークウィザードがいるそうですがこの若造の一発芸もそれと似たようなものでしょうか。
さてこの若造。
宿のまずい朝餉を旨そうに平らげるとまずは冒険者ギルドを目指して歩き出します。
宿の前のナメクジ路地を十メートルほどまいりますと六番放射路に出ます。
街にはダンジョンの入り口があるお城を真ん中に据えて、六本の放射路と蚊取り線香のような12の円弧からなる渦巻路が設えられております。
若造は放射路に出ますとこれを左に折れ歩き出します。
放射路はまっつぐに街の中心に向かっておりますから、どんどん歩けばダンジョンにたどりつくという寸法にございます。
放射路にはお店(たな)が並んでおります。
ナメクジ路地は城壁沿いの12番渦巻路に近い場末にございますからこの辺りにはろくな店しかありゃしません。
屋台に毛が生えたような汁物屋やぼてぶりが道に広げる小商いを左手に見まして、曖昧宿を何軒か右手にやり過ごしまして、11番渦巻路をわたります。
見すぼらしいお店がまだまだ続きますが、10番、9番、8番と渦巻路を横断して7番の辺りまでやってきますってーと別嬪を取り揃えたメイドカフェ猫耳楼なんぞが見えてきます。
六番放射路は一番、三番、九番放射路と並ぶ大通りでございますれば観光客目当ての土産物屋や雑貨、飯屋の類も多ございます。
テクテク歩いて、6番、5番、4番と続けて渦巻路を横断してまいりますと、街の賑わいにもひとしお華やぎが出てまいります。
王国内でチェーン展開している甘味屋を通り過ぎまして、宵越呉服店の軒先をちらりと眺めまして、星空カフェのサービスコーヒーを頂戴いたしまして、小倅バーガーの前を通りまして、ダンジョン演芸場の今日の出し物をチェックしながら3番渦巻路までまいりますれば、ラビュリンス市の中心街まではもうすぐにございます。
3番渦巻路を渡りまして、武器屋横丁を抜けまして、2番渦巻路を横断してダンジョン保険の代理店街、飲み屋街を尻目にすれば、ようやくダンジョンの入り口に面した1番渦巻路に突き当たります。
ダンジョンの入り口の上にはそれはそれは大きなお城が立っております。
どれくれえ大きいかと申しますと、高さもぐるりも王都にあるお城の三倍はあろうかという巨城でございます。
お城にはラビュリンス市の商工会や議会、行政機関、お役所ですな。
そんなものやら各種様々なギルドの支部やエルフ、ドアーフ、ホビットの人たちや外国の領事館なぞも入居している次第にございます。
さてはて、ようやくここまでたどり着いた若造はと言いますれば、一番放射路に面した冒険者ギルドへと赴くため、1番渦巻路を右に折れて反時計回りにぐるりと歩き続けます。
冒険者ギルドを目指すお仲間連中が五番、四番、三番、二番と放射路を過ぎるたびどんどん増えてまいります。
標準装備の冒険者が多ございますが、中には贅を尽くした立派な武装を設えた者やらホームレス一歩手前に見える者だの、人間、エルフ、ドアーフ、ホビットと種族も様々でございます。
冒険者ギルドに到着した若造は、レベル5の窓口を預かるエルフのお姉さんから「がんばってくださいね」なーんて励まされてダンジョン入坑許可証を発行して貰いますってーと、鼻の下なんぞ伸ばしながら早速第一階層へと入坑致します。
稼ぎがよけりゃいつかおねーさんとしっぽりさし呑みでもしたいものだと、分不相応な妄想を脳中に展開しながら若造は、一山いくら程度の同輩冒険者共とダンジョンにもぐりこみます。
ダンジョンはまだ第一階層といえども広大でございます。
グループメンバーを組めるほどの実力がない若造は、ぼちぼちとスライムでも仕留めながらスキルアップを図ろうと考えております。
腹を満たすのにも木賃宿の宿銭を払うにもお足が入用でございます。
たまーに噂で聞く、難易度が低いのにそこそこでかい山なんてーのにぶち当たり、楽して手っ取り早く銭もうけしたい。
そんな質の悪い雲助めいた野心もすこーしはあるもののそうは問屋がおろしません。
世間様はそんなに甘いものじゃございません。
なんたって了見違いでやらかせば、たちまち命に関わるダンジョンでございます。
まだまだ経験の浅い若造がそんな夢想を頭の中でちらつかせながら、それでも無我夢中で、だだっ広いダンジョンを突き進んでまいります。
肩で息をしながらようやく三匹目のスライムを仕留めたところで若造は、はたと、いつの間にかてめえが一人っきりになったことに気付きます。
とりあえず、若造が今いる所は難易度最低の第一階層でございます。
スライム程度であれば何かと甘ちゃんの若造でもなんとか始末できますし、一人で戦えば上りも独り占めできるってーもんです。
ダンジョンに入坑して最初の二時間ほどで三匹もスライムを仕留めたのでございます。
ほんの駆け出しの若造の鼻がすこーしばかり高くなったとしてもこれは仕方ありますまい。
好事魔多しなどという俚諺なぞ聞いたこともない若造でございますから調子に乗って更に奥へと進みます。
西一番地の標識を過ぎまして、白骨広場を抜けまして、死せるニンフの泉で一休みしまして、堕天回廊をダラダラ進みますとやがて西五番地の標識にたどり着きます。
悪魔の教場を通り過ぎまして、魔笛屋の前を横切りまして、ゴブリンの腰掛の前で今日4匹目のスライムを仕留めますってーと、若造は酒を食らった狸みたいな浮かれ調子になって更にずんずんと突き進みます。
いつの間にやら東十五番地を過ぎまして、コウモリ塚を回り込みまして、穴倉渓谷の濁流の音を聞きながら小人のつり橋を渡りますてーと、右手には第二階層へ落ちる滝が見えてまいります。
地図を確かめてみますれば、どうやら若造は第一階層の奥の奥まで入り込んでしまったようでございます。
ビギナーズラッキーと申すのでしょうか。
揚げ調子のイケイケどんどんでここまでやって来た若造ですが、さすがに心細くなってきたちょうどその時でございます。
絹を引き裂くような悲鳴と象が屁を垂れたような胴間声が聞こえてまいります。
若造が息を呑み目ん玉を見開いた真正面にまだ年若い人間の小娘とやたら毛深いドアーフの冒険者が側抗から飛び出してきたのでございます。
「よう、どうしたい?」なんぞと尋ねる間もございません。
ふたりは若造には目もくれず脇をすり抜けて走っていきます。
まるで何者かに追われるかのように必死で走り去る人間の小娘とドアーフのオヤジでございます。
這う這うの体とは正にこのことってー有様でございましょうか。
第一階層とは言えいやしくもここはダンジョンでございます。
冒険者を追いかける何者かがいるとすれば、それはモンスターに決まっておりましょう。
ここはダンジョン、冒険者の草刈り場、モンスターがいてあたりまえだのなんとかでございます。
さて、ビビる前に戸惑い思考停止に陥る若造でございましたが、二人を追う何者かが続けて側抗から飛び出してまいりますれば、否も応もなく何者かの正体は自ずから明らかとなりました。
人間の小娘とドアーフのオヤジを追いかけていたモンスターはなんとウルクハイ、オークから派生した上級種でありました。
冒険者必携のダンジョン攻略百科別冊モンスター図鑑で星が三つ付いているあれでございます。
十階層から下の階層でブイブイ言わせているはずの強いモンスターが、初級冒険者がプイプイ言ってる第一階層に現れたのでございます。
若造はものをしらない甘ちゃんだけに火事場の焼け糞度胸だけはありました。
ここでとっさの判断を下せたのは初心者としては見事でございましょう。
ですがどうでございましょうその判断。
いやしくも冒険者を名乗る者なれば十人が十人ともそれを蛮勇と決めつけたでありましょう不調法。
なんとこの若造、小娘とオヤジを追って逃げるより戦いを選んだのでございます。
若造は先祖伝来の一発芸。
年に一回だけ使用可という伝家の宝刀を抜くことを決意したのでありました。
とても正気の沙汰とは思えません。
失敗すれは二度目はないのでございます。
もし実戦で行使するとしても、若造の必殺技は後方から前衛と中衛越しに支援を行うウイザードの魔法でございます。
先祖伝来の一発芸は、若造がたった一つだけ知ってる魔法でございます。
その魔法を放つことができればウルクハイだって一撃で撃破できることでありましょう。
若造は自信満々で詠唱の構えに入りましたがここでふとあることに気付いたのございます。
この手の強力な魔法が詠唱を必要とすることは皆さまも良くご存じのこと。
ウイザードが後衛を担当するのはひとえに魔法が詠唱を必要とするためにございます。
詠唱を始めようとした若造はこの時攻撃を決意したてめえの判断に、怒涛の後悔をしたのでございます。
これまた広く知られていることではありますが、詠唱を始めるにはまず自分の真名を名乗る必要がございます。
若造は親から貰った大切な名前を、今日この時ほど嘆き恨んだことは無かったでございましょう。
若造の真名は目出度く縁起が良いものではありますが如何せん、詠唱の冒頭で唱えるにはいかさま長すぎたのでございます。
「我こそは古(いにしえ)の力の使い手、
永久(とこしえ)の技の継承者、
寿限無 寿限無 五却のすりきれ
海砂利水魚の 水行末 雲来末 風来末
食う寝る処に住む処 藪ら柑子の藪柑子
パイポパイポ パイポのシューリンガン
シューリンガンのグーリンダイ
グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの
長久命の 長助
なりしに・・・」
「詠唱を唱え切り必殺魔法を放てたなら何が何でも改名しよう。
そうだ俺は明日からパイポと名乗ろう」
ウルクハイが間近に迫りくる中、てめえの真名に早口を使いながら若造はそう固く決意したのでございました。
おあとがよろしいようで。
ダンジョンジュゲム 岡田旬 @Starrynight1958
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