夏休み
ヤチヨリコ
夏休み
「だあああぁぁー……」
うめき声を上げて、机に突っ伏す。
「描けない」
かと思えば、顔を上げてそんなことを真顔で呟く。
「描けない、描けない、描けないよぉー……」
その子――さやかは、私に聞こえるようにぼやく。
ああ、まただ。
中学時代からの腐れ縁とはいえ、こういうときのさやかはうんざりするくらい面倒くさい。
「描けないって、何が?」
「……課題の、絵」
そういえば、さやかは来年、美大を受験するのだったな、と思い出す。
課題、というのは画塾から出されたものだろう。
昔からさやかは絵を描くのが好きだった。
子供の頃は、好きなアニメや漫画の絵を模写してみたり、身の回りの物を描いたりしていた。夏休みには、小遣い稼ぎに親戚の似顔絵を描いたりしていたそうだ。
さやか曰く「美しい人は美しく、それなりの人はそれなりに」と言うと、大人は面白がって彼女に似顔絵を描かせるのだそうで。なんでも、昔そういうCMがあったのだそうだ。
「デッサンとかもう飽きたよ」
さやかはため息をつく。
「デッサンは基礎でしょ。基礎ができないで、受かるなんてことはないよ」
「そりゃそうだけど。言っとくけど、『できない』わけじゃないから」
さやかは『できない』わけじゃない。
そんなことわかってる。
「本当に飽きたんだね」
さやかの飽き性は、もう生来のものだ。
なんでもある程度までできるようになると、すぐに飽きてしまう。
「彫刻を描くのだってね、あれはつまらないよ。生きてないもの。表情もないし、呼吸もしない。そんなのつまらない。似顔絵描いてたほうがよっぽどマシだよ」
私の頭に石膏でできた人間の胸像が浮かぶ。
「彫刻の似顔絵を描くつもりで描けばいいじゃない」
「だから、生きてないからつまらないの!」
さやかは、わかってないなあと言いたげな顔で私をにらむ。
「そうだ、風花のこと描かせてよ」
「なんで、私? 自画像でいいじゃない」
「自画像じゃダメなの! 自画像じゃつまらない」
まったく、芸術家肌の人の感性はわからない。
こうなったときのさやかは何を言っても無駄だ。
諦めよう。
さやかはスケッチブックと筆箱を鞄から引っ張り出すと、私にむかって「右」「行き過ぎ」と指示を出す。
鉛筆を握り、スケッチブックに線を描いていく。
しゃっ、しゃっと鉛筆を走らせる音がする。
何を描いているかは見えないけれど、さやかの顔を見ればわかる。
何かを待つように息を潜め、当たりをつけると目がぎらりと光る。
セミが鳴いている。
俺はここにいる、ここにいるんだぞ、と自分の生を誇らしげに叫ぶ。
彼らにとって、それが生きるってことなんだと思う。
さやかにとって、絵を描くことが生きるってことなのだろう。
夏休み。
生きる意味はなんだ、と私に問いかける。
そろそろ進路、決めないとな。
――セミが鳴いている。
夏休み ヤチヨリコ @ricoyachiyo0
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