最終話 異世界で生きた、何でも屋

賢者の長い長い逃亡生活の話をしたのだが、千年以上もの歳月、死んだら闇に喰われるので闇から逃げる為に重罪人を金で買い魂を入れ換えて転生し続けながら、各国を転々としつつ素材を集め、馬車一台ほど入るマジックバッグや、簡易鑑定が出来るメガネ、認識阻害の指輪などの魔道具の数々を作り神々の目すら欺いて生きてきたらしく、ファクティスと名乗っていた幼女はこの黒龍が寝ている間に隷属の紋を刻む為に賢者がこっそり訪れていた東の獣人族の村で生まれた人間族の娘らしく、黒龍の供物として投げ込まれてグチャグチャになっていたところを賢者が見つけてフルポーションを無理やり飲ませ、体は回復したが、魂が抜けた人形の様になってしまった娘さんらしく、哀れに思った賢者は、体をもらい受けた代金として、配下にした黒龍を使い、里の家を全て焼き払って仕返しをしてやったらしい…


まぁ、誉められた話ではないが同情する部分も有る。


次男坊の元で働いていたのは、ミスリルに加工出来る可能性のある銀の産地で、領主本人に色々と問題があり取り入り易いからだったかららしく、ナビス伯爵の件は変態貴族の一派の奴隷商と次男坊がズブズブの関係だったから嫌々手を貸していたらしいが、賢者自身色々と腹が立つ事があり次に何か面倒臭い事を言って来たら、ドラゴンに魂を移して去る予定をしていたのだそうだ。


僕が、


「ドラゴンの体になって何するつもり?」


と聞くと、賢者は、


「ドラゴンの生き血が必要なのだ…しかし、この体では、残りの素材集めは簡単だが、素材の加工が出来そうにない…詰みじゃな…あとは長いドラゴンとしての人生が終われば闇に取り込まれ、闇の手先にされるのか…ただの栄養として知識を奪われるのか…」


と、ため息まじりに答えた。


僕は、


「素材の加工が出来たら何を作るの? なんなら手伝おうか…僕が…?」


と提案すると賢者はその黒龍の体を揺らしながら、


「クックック…そもそも、ワシは憎い仇であろうに、それにエリクサーの加工は特級の創薬師でも無い限り作れんよ…」


と、どこか切なそうに笑っている。


僕は、何故か闇につけ込まれたこの哀れな魂に、こちらに来る前の自分の絶望した時の気持ちを重ね、助ける事はできなくても許される為の贖罪のチャンスを与えてやりたい気分になっていた。


希望の光を失い今すぐにでも闇に取り込まれてしまいそうな漆黒のドラゴンに、


「エリクサーってなに?」


と聞くと、賢者は、


「現代の人間には伝承すらも伝わって無いのか…呪いすら打ち消す魔法薬だ。

闇から魂を操作する技術を教えてもらう代わりに、死ねば、魂を闇に喰われる『呪い』が掛けられているのだ…神々から逃れる技術を手に入れる為だったのだが、闇に喰われる運命を選んでしまってな…馬鹿じゃったよ。

魂の入れ換えによる転生を繰り返せばどちらからも逃げ切れるから問題ないと軽い気持ちだったのだが、高い授業料になってしまった…」


と、静かに語った。


さて、それを聞いて僕はノックス様からの伝言を賢者に届ける仕事に移る事にしたのだ。


コホンと咳払いの後、虚ろにこちらを見ているドラゴンに、


「一応、仕事だから伝言を伝えるね。」


と、切り出し、


「1つ、罪が有ろうが無かろうが、殺した者、傷つけた者に償う事、

2つ、それが終われば、我らの為にまた働く事、

3つ、この伝言を伝えに来た者とならば人助けが出来て、償いが早く終わるだろうから、その者と人々の為に働いて、また神界にて会える日を楽しみにしている…馬鹿者が!…」


とのノックス様からの伝言を伝えながら、シェリーさんから借りて来た魔力の手袋を着けた右手でドラゴンの鼻先を触りながらドラゴンの全身から呪いのひと欠片すら残さず消える様にイメージして、


「クリーン」


と静かに唱えた。


今までに無く強い光が窪地に広がり、黒龍の中から黒いモヤがわき上がるが、負けじと魔力を注ぎこみクリーンの威力を強めるとカッと光りが弾け、同時にモヤも掻き消されたのだった。


そして残されたのは余りの眩しさに掛けた本人も、掛けられた本人もビックリしてアホみたいに目をシバシバさせるという何ともしまらない賢者を千年以上苦しめた呪いからの解法だった。


何が起きたか解らない賢者に、僕が、


「眩しかったけど呪いは消えたから…」


と伝えると賢者は、キョトンとしたまま、


「えっ?今なんと…」


と聞いてくるので、


「僕の魔法で呪いを消したんだよ」


と、丁寧に伝えたのだが、


「光魔法使いが10人で、強化した儀式魔法で呪解を掛けても消せなかった呪いをか…」


と不思議そうに言い出すが、呪いが解けたかどうかを見分けれる魔道具は人間サイズでドラゴンには使えないらしく、ドラゴンの持っていた自作のマジックバッグを差し出され、指定された魔導具のメガネを僕が取り出して使用し、黒龍を鑑定して情報を全て伝えた。


「本当に、闇の契約の文字は無いのか?」


と何度も聞かれて少し鬱陶しかったがようやく信じてくれたようで、今度は大地が揺れてるのか?と思う程に腹の底から笑うドラゴンは、


「異界の愛の神とやらは滅茶苦茶じゃな…これは是非とも罪を償い、その神に礼を述べないとダメだな…魔法スキルを改造って…なんとも…」


と愉快そうに語ったのちに、


「先ほどの鑑定で知っていると思うが、ワシの名前はモンドールだ…そなたは?」


と真面目な顔で聞くので、僕は、


「困り事ならお任せ、何でも屋ケンちゃんの社長のケンだ」


と自己紹介すると、賢者モンドールは、


「では、社長…これからヨロシク頼む」


と頭を下げてくれた。


そして、僕と賢者モンドールは一緒にセントの町に帰る事にした。


「細かい事は帰ってから決めよう」


ということで行きは三年もかかったが帰りは黒龍の背に乗り半月程で帰ってきた。


予定ではシェリーさんは出産し、かわいい我が子も二歳程になっている筈なのだが、自宅には誰も居なかった…というか、カトル達まで居ないのだ…前世での嫌な記憶が思い起こされ、涙か溢れそうになり、


「シェリーさん…」


と呟くと、


「ケンちゃん!」


と、遠くから声がした。


アボット地区に入って来た馬車には家族の顔が並びサーラスが、


「やっぱりケン兄ぃの反応だった」


と自慢げに話し、カトルが、


「ドラゴンが真っ直ぐ町に向かってるって念話で報告されたから昨日からお屋敷に避難してたんだよ」


と教えてくれたのだが、そんな事は殆ど聞こえてなかった…僕の瞳には、愛する妻に抱っこされて、不思議そうに僕を眺める猫耳の男の子が、


「はじめまちてー」


と挨拶をしてくれたのだった…




それから、月日が流れ僕は今、セントの町から南に2日程の場所に新たに作られた町で暮らしている。


ここは未開の土地で危険な魔物も居たのだが、町を作るにあたり、先にデカい体の賢者モンドールの家?を作ったのだが、ドラゴンが住む土地に住もうとする魔物など居る訳もなく開拓がはかどりまくった結果かなりの大都市になってしまったのだ。


ここは、錬金術師と魔道具の町となり、ドラゴンに生まれ変わった賢者モンドールからの教えを受ける為に他国からも研究者と技術者が集まり、いいもの製作所の傘下に入り、賢者考案の馬車一台分程入る時間の流れもユックリとなるマジックバッグの生産などで大変潤っている。


そして、我が子が本日ココの町の魔法学校へと試験に向かう。


立派に育った息子『ケンジ』に、


「アル伯父さんより良い点取ってやれよ」


というと、ケンジは、


「父さん…満点以上はどうやっても取れないよ…」


と苦笑いするが、モンドールも、


「ワシ弟子がまさか失格になるとは思わんが、賢者モンドールの弟子が生半可な点で合格も恥ずかしいからのぅ…」


と追撃すると、ケンジは、


「もう、師匠まで…」


と膨れてしまった。


しかし、次の瞬間にはキリリとした男の顔になり、


「母さんも、ラミーも行ってきます。」


と別れの言葉をいうと、お兄ちゃん子の妹のラミーがビスビスと泣き出してしまった。


ケンジは妹の頭をなでて、


「ラミーも、もうすぐお姉ちゃんになるんだから泣かないようにね。」


というと、妹のラミーは泣きながら


「はい…」


と答える。


母親似の茶色の髪の少女が鼻水をたらしながらもニッコリ笑ってみせ兄の旅立ちを見送っていた。


「では、ココ町までは何でも屋カトちゃんが責任を持って送ります」


とカトルが笑顔でケンジを連れて町を出発したのだが…何故だろう、息子もニチャニチャ装備を着こなし颯爽と旅立つ後ろ姿に頼もしさと同時に、


『なんか、厄介事に首を突っ込んで来そうだな…』


と、心配になりケンジの名付け親である大天使アマノ様に、


『とりあえず、もろもろ頼みます…』


と心の中でお願いした後、お得意さんの畑の種蒔き準備に向かうのだった。




これは、賢龍モンドールと数々の魔道具を産み出した聖人の物語だが、本人は、何でも屋クランの初代リーダーや、いいもの製作所の初代所長と呼ばれる事の方を喜ぶという変で偉大な、ただの男のお話…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界で生きる、何でも屋 ヒコしろう @hikoshirou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ