第129話 次男坊事変

知らない内に各国の主要な教会に、神々が今回の賢者の事をバラしていて、大変面倒臭い事に、幼女賢者とお話をするだけでは済まない事になり、1つの町に対して辺境伯派閥軍が、国王陛下からの命を受けた正式な国王軍として、ぐるりと町と、町から程近い銀鉱山を取り囲んでいる。


ついでに神に仇なす敵という事で、教会の聖騎士団という武装集団までこの作戦に加わっているのだが、確かに、次男坊には五年間の制裁期間に何かやらかしたら町ごとすり潰すみたいな事は伝えていたが、まさか実の父親が、ここ最近の様々な事に次男坊が関わっていた事を知るやいなや、持てる全勢力で進軍してくるとは思っても居なかっただろう。


スタンピードの一件で、ドットの町やウチの町に援軍を送る事は間に合わなかったが、辺境伯派閥の貴族軍は念話会議で、数日前からココの町を目指して集合していたらしく、何ともスムーズにシルバの町を制圧出来たのだ。


でも、まぁ、普通は神様のお使いを頼まれた人間がいるとは言え、国や領地の問題を国王や領主の手で解決出来ないとおかしいのだから、勇者だの使徒だのと勝手に崇めて、最初に小銭を渡して旅に出発させるゲームの王様達の頭が変なのである…なので、今の


『使徒様は、暫くここでお待ち下さい、軍を上げて悪に染まりし賢者を連れて参ります!』


というこの状況が正しい国としての対応なのかも知れない…などと思いながらも、軍の本部テントで貴族の方々と待っていると、


「報告!シルバの屋敷内に人の気配がありません。」


と、まんまと次男坊達が逃げ出した事を告げる知らせが届き、ポルト辺境伯様は益々怒りをあらわにして、


「馬鹿息子が!潔く捕まれば良いものをこれ以上罪を重ねるかっ!!」


と怒鳴っているのだが、良くて死刑、悪くて死刑の次男坊が逃げ出すのも解る気がする。


しかし、次男坊は国外逃亡した訳では無く、鉱山の近くの森から成金趣味な鎧を身に纏い、家臣や鉱山の中にいた奴隷鉱夫を引き連れて国王軍と事を構えるつもりの様である。


拡声の魔道具を使い、次男坊が、


「父上、そこまで俺の事が嫌いなのだな!

いつもそうだ、兄には全て与え、俺には何一つ与えてくれなかった…

俺は全てを奪われるだけの兄の予備というだけの存在だ!!

だったらせめて、この国をぶっ壊してやる。」


と叫ぶと、背後の山の裏から何やら銀色の鎧の様な装備を纏った地竜の三倍ほどある大きな翼のはえた黒いドラゴンが現れたのだった。


王国軍の全員が身構え、戦いに向けて陣形を整える中で黒いドラゴンは空に舞い上がり、


『このまま戦いの幕が切って落とされる!』


と思っていた…まぁ少なくとも僕はそう思っていたのだが、ドラゴンは一鳴きもせずに、次男坊達を哀れむ様に見た後、東の空に飛んで言ってしまったのだ。


次男坊が、ドラゴンに向かい拡声魔導具を使い、


「ファクティス!裏切るのか!?」


等と騒いでいる…つまりあのドラゴンの魂は、僕が話をつけに来たはずのロリ賢者その人と理解した時にはドラゴンは遥か彼方に行ってしまっていたのだった。


切り札を失った百も居ない次男坊の軍勢など万を越える辺境伯率いる王国軍に抗えるはずもなく、何とも呆気なく二十年以上に渡り辺境伯領の悩みの種だったボーラス準男爵の一連の騒動は幕をおろしたのだった。



それから半年の月日が過ぎた春の日、弟の結婚の儀を見届けた僕は、神々との約束を果たす為に旅に出たのだった。


ポルト辺境伯様は隠居されて、ただのダグラス様として奥様達とシルバの復興に尽力されているし、長男のライアス様が新たなポルト辺境伯様として頑張っておられる。


それと、隠居で思い出したのだがナビス伯爵様も、リチャード様に伯爵家を譲り、セントの町に越してきて毎日、娘、孫、ひ孫とのふれあいを楽しんでおられ、独り身だったリチャード様は、お菓子巡りの旅の途中で知りあった少しふくよかなお菓子好きの子爵家のお嬢様と良い仲になり、


『行き遅れで、少しアレな娘ですが、料理が得意で優しい事は親である私が太鼓判を押しますので、どうかもらってやってくれませんか?』


と、パパである子爵様に拝み倒されて結婚されたそうでめでたい話だ。


おめでたい話ならば、シェリーさんはこの旅に参加して居ない…なぜならおめでただからである…そう、僕に子供が出来たのだ!

本当ならば出産に立ち会い、生まれた我が子を毎日抱っこしてグチャグチャに甘やかしたいところだが、何でも屋として受けた仕事を片付けないとどうも居心地が悪いので、ちゃっと済ませて帰ってくるつもりなのだが…

まぁ、僕の旅の状況は教会で神々がシェリーさんに伝えてくれるし、どこかの教会に行けば僕にもシェリーさん達の報告が聞ける約束だし、単身赴任って雰囲気で頑張るつもりである。


しかし、新しい家族が増えるのは嬉しいものである。


ちなみにだが、次男坊事変の時に我が家に一人家族が増えたのだ…賢者が使っていた幼女の体に、黒龍の魂が入ったややこしい状態の幼女は、片言ながら人語を話し、器が魂よりも小さく不安定だったのを神々に何とかしてもらい、めでたくドリーちゃんという名前をもらいウチのサーラスの妹ポジションにおさまっている。


サーラスも初めは片言だったし、気が合うのかドリーといつも一緒にいる。


神々に魂と体の調整をしてもらった結果、人族の幼女はドラゴンの角が生えた獣人族に生まれ変わり、新たな人生を楽しんでいるようで、本人も、


「ドリー、前の、食べて、寝て、寝て、寝ての人生、退屈…」


と言っており、別にドラゴンに戻りたいとかは無いらしい。


この旅は、どんな険しい場所を通るか解らないのでギンカは家に置いて自分の足だけで黒龍になった賢者に会うために走っている…馬よりも早いから、疲れる事だけを我慢すれば快適な旅である。


夜はマジックバッグから小屋をだして眠るので、見張りの心配も無い…ただ、あのアホ賢者が馬鹿みたいに遠くの未開の土地に居る事を覗けばであるが…



王国を出て獣人の里を越え、山や、谷も、ひたすら越えて、魔物の楽園の様な森を突き抜け、ようやく目的の場所へとやって来たのは、うんざりする程の時間が過ぎた初夏の事だった。


相棒のニチャニチャ棍棒DXも連戦につぐ連戦でかなりくたびれたある日、僕は穴蔵の様な窪地の奥で丸くなって眠る鎧を着た黒龍を見つけたのである。


窪地の奥に滑り降りて、黒龍に近寄り、


「よう、神々から場所は聞いて何処に居ても解るんだが…遠いよ…片道三年だぜ…」


と、呆れて語りかけると黒龍は鬱陶しそうに片目だけをチラリと開けて、


「神々の使いっ走りがなんの用だ…ワシを殺しにきたのか?」


と問いかける。


僕は、


「馬鹿言え、そんな面倒臭い事するかよ…ノックス様からの伝言だよ。

お前があの時もう少し話を聞ける心の余裕があればこんな手間をかけなくて良かったのに…」


と、少し嫌みを言ってやった。


すると、賢者は、


「ワシも、こんな体を奪うんじゃなかったよ…腹が膨れたら、眠気が凄くて気を抜けば何年も眠りこけてしまいそうだ。

手先は不器用で窮屈な鎧も脱げないし…そもそも、最強のドラゴンに防具など要らぬのだよ!

格好良いと思って作ったあの日の自分を殴りたいよ…」


とうんざりしながら話す賢者は、なかなか間抜けの様であった。


それからは賢者と様々な話をしていくと、彼は千年以上前に神々の世界からこの世界に賢者として転生し、人としての人生を全うした後に再び神の世界行きスキルや魔法技術の研究を続ける約束をしていたのだが、今回の賢者としての人生で妻を持ち、娘が生まれて、仕事では錬金ギルドを立ち上げ弟子が次々に育っていくのを見ながら、心の中で神々に感謝すると同時に、遥か昔に地上に有った魔法文明の都に住む学者としての人生において、その時の王族の命令で作った兵器が神々の怒りに触れて神罰にて妻や娘、弟子達までもサラサラと砂に変わり、街や国までも崩れ落ちるという恐怖の記憶が思い出され、学者として神々に弓を引くような発明をしたのは確かであり、己が砂となり崩れ落ちるのは納得できるが、神々はそれだけでは許してはくれずに無関係な娘達まで罰を受けて砂に変えられたという悔しい気持ちや、やり場の無い怒りから不安定な心に闇が忍び込み死後に賢者の魂が闇の一員となる呪いを受ける代わりに魂を入れ換える技術などを手に入れたのだそうだ。


その話を聞いた僕はなんだか他人事には思えず、


「あんたも、闇に落ちそうになったのか…」


というと、眠たそうなドラゴンの賢者は両目を開き少し興味があるように、


「ほう、ソナタも闇に出会ったのか?」


と聞いてくる。僕は黒龍の前にヨッコイショと座り、


「出会ったってもんじゃなく、人が落ち込んでたらいきなり喰われそうになったよ。」


と、嫌そうに答える僕に賢者は、


「ほう、いかにして闇から逃げたのだ?」


と興味深気に聞いてくるので、前世からの話を途中で倒した魔物を解体して焼きながら、のんびりと話したのだが、賢者は前世の話よりも、この世界に来てから異世界の神様からもらったスキルカードの話に食いついて来た。


彼の最大の目標は自由にスキルを増やせる世界であり、魔法文明の頃も神々だけスキルを自由に与えれるという事に不平等を感じて、オリジナルのスキルのコピーで威力が落ちても構わないから騎士がもれなく剣術スキルが持てる様な世界を目指して研究していたらしい。


そして彼は、賢者の長い長い逃亡生活の話を語りだしたのだった。

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