路地

多田いづみ

路地

 ぼうっとしていて、曲がるところを間違えたらしい。

 わたしはいつしか見覚えのない路地を歩いていた。うす暗く、干からびたような路地だ。

 車が通れるほど広くはないし、すれ違う人もいない。街のざわめきが消え、あたりは急にしんとなった。


 路地の左右にはコンクリートの板塀があって、塀のむこうは見えなかった。ただその殺風景な雰囲気から、裏には大きな工場があるような気がした。

 路地のわきには、石をうすくスライスしたような平べったい灰色のかけらが散乱している。それらは、あるいは工場で使った何かの廃品物のように思われた。

 

 その時はまだ、曲がる角をひとすじ違えただけで、そのまま進んでもいつもの道に戻れると思っていたのだ。

 けれども路地はずっと一本道で、曲がろうにも曲がる角がなかった。


 しばらく進むと、アスファルトの道路がコンクリートに変わり、急な上り坂になった。

 さすがにこれは変だと感じた。

 このあたりはずっと平地のはずで、こんな坂があるなんて考えられない。


 しかし、そうした思考とはうらはらに、わたしの足はその坂を上ろうとしていた。

 ないはずだと言ってもじっさいあるのだから仕方がない、そんな思いもあった。

 道路には一定の間隔ですべり止めの横線が引かれており、コンクリートの表面はざらざらしている。すべらないよう前かがみになりながら、わたしは一歩一歩、踏みしめるように坂を上っていった。

 坂のむこうは見えないけれども、上って下ればいつもの道に戻れるんじゃないかと、まだそんな横着なことを考えていたのだ。


 坂の途中まで上ってくると、頂上のあたりに低い煙突が見えてきて、それがモクモクと黒い煙をあげている。

 風は吹いていないらしい。黒煙はたなびくことなく三角形に広がりながら上っていき、うす暗い雲につながっていた。


 わたしは急に不安になって、うしろを振り返った。ここまで上ってくれば見晴らしも良いはずなのに、景色はぼんやりと灰色にかすんで、はっきり見えるのは路地の周りだけだった。

 坂のはじまるところに、人影が見えた。

 どうやらわたしと同じように、間違ってこの路地に入ってきたらしい。が、その人は坂を上ろうとせず、元の道に引き返していった。


 わたしも横着しないで、その人を習うことにした。苦労して坂を上っても、いつもの道に戻れるとは限らないのだから。


 坂を下りて戻ってくると、路地の入口あたりに、五、六匹の猫がかたまっていた。

 そいつらはこのあたりを縄張りにしているノラ猫で、警戒心が強くてなかなかでさせてもらえない。

 ふだんは家と家のすき間だとか、塀の上だとか、人の手の届かないところにいるのだが、どういうわけか路地に出てきて、じっとわたしの方を見ている。


 しかし、猫はわたしを見ているのではなかった。わたしのうしろのもっと先、路地の奥を見ているのだ。

 振り返っても、そこに気になるようなものは何もなかった。が、猫が何もない宙を見ていることはよくあるし、別になんとも思わなかった。

 猫たちは毛が逆立って、何かを警戒している様子だったから、いつもとは違った意味で手を出せなかった。


 わたしが猫たちの横を通りすぎ、広い道に出たあとも、猫は路地の奥をずっと見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

路地 多田いづみ @tadaidumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ