月下に立つ

『中央通りはダメ。衛兵隊が張ってるから三番街の上から迂回して行こう。あの、覚えてるかな? ちょっとランチがいまいちで……』


「覚えてる。少し前に連れてってくれたよね」


『そう。そこから屋上に跳んで、真っすぐ行ったら今度はあの大きな洋服屋さんの看板を目印に……』


「それはしない。中央通りを突っ切る」


『なんで』


〈ダオド〉の耳元で落胆した声が聞こえる。彼の作った小さな通信機だ。


「相手はまだ手の内を見せていない魔族なんでしょ。とにかく急ぐ」


『じゃあ、気を付けてね。誰かにぶつかると危ないし、そういうこと続けると、どんどん衛兵隊の評判が落ちるんだから』


「だけど、命には代えられない」


『わかってる。じゃあ、気を付けてね、セリー』


〈ダオド〉はより脚に強く力を入れた。踏み込んだ石畳に亀裂が走り、破片は空中で塵となって尾を引いた。


 城塞都市ドーダムの中央一番通りを突っ切るのは黒い人型。目指すはドーダムの中でも最も大きい病院、ドーダム中央病院。


 すでに逃げる人と野次馬、衛兵隊でごちゃ混ぜになった人の群れを、たった一回の跳躍で軽々と超える。


「風?」


 誰もが首を傾げ周囲を見渡しても、すでにそこに魔人はいない。一番通りに面した建物の屋上を疾駆し、月を背景に大きく跳躍する。眼下に、衛兵隊が見えた。ごめんね、と〈ダオド〉は内心で謝った。


 同時に、遠く、建物の陰に潜むように、小さな異形を見つけた。


「いた」


『被害は?』


〈ダオド〉は闇に目を凝らすまでもなく、小さく震える人影を捉えていた。


「大丈夫。まだ生きてる」


『直行してよかったかもね』


「うん。じゃあ、行ってくる」


 空中。そこで〈ダオド〉の背、その甲冑のような装甲の隙間から勢いよく黒煙が噴出し、その体を後押しした。その姿は真っ黒な流れ星。轟音を後ろに置いて、〈ダオド〉はドーダム中央病院の屋上に落下した。魔族は寸前に後方へ飛んで逃げる。だが、決して屋上から遠くへ飛んでいくつもりはないようだ。


「あ、あの……」


〈ダオド〉の背へ、か細い声がかかる。全身が震えている。彼女は今、走って逃げることができるだろうか。ああ、こういう時にどう声を掛けてあげればいいのだろう。


 でも、一つだった。笑えたら、笑っていただろう。セレイ・ヘイランの脳裏に、しょうもなくて、小恥ずかしいあの台詞が浮かんだからだ。

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二人が世界を分かつまで 杉林重工 @tomato_fiber

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