第8話 重力の獣《失楽園》

「でも、正直言うと、だんだん、退屈してきました、先生。」

カーネル・サンダース女史が、手を添えて、ちいさくあくびをする。

「もう幕引きにしましょうか。」

指を立てる。すると、虹色の光の輪が、あたりに歌うように湧くように発生した。


七色の光の網が、地面に波打ち、広がっていく。と同時に、空間がねじ曲がったかのように、空の雲も、建物も、人も、緑も、歪曲して見える。出来の悪い硝子ごしに世界を覗き見るように、すべてが歪んでいた。


「なんだ、このおかしな光は。」

生徒達がその光の波に触れようとする。

「やめろ!触れるな!」

その瞬間、苛烈先輩が、その生徒に飛びかかり、間一髪で突き飛ばす。


虹の極光が爆発し、苛烈先輩を引き裂いた。小さな体が吹き飛び、血しぶきの雨が降る。


虹色の野獣が、そこにいた。

凶暴な顎門から、牙を剥き出し、声低く唸っている。

熱く煮えたぎる油のように、内側から、その存在がとめどなく湧いて出て、形は一瞬も定かではない。

その怪物は、まるでライオンや豹や金狼やサソリ、禿鷹などの標本を継ぎ接ぎしたような、

おどろおどろしい異形の姿だった。


「苛烈先輩!」


上級生が、泣きながら、倒れた彼女を抱きかかえて退避する。


地震のような揺れが、地面の底を突き上げた。もう両足で立っていることすらままならない。

地面が、次々に陥没し、割れていく。目に見えない槌が、斧が、大地を滅多打ちにして破壊しようとしているかのように。


「な、何が起こっているんだ。」


「ああ。退屈、退屈、退屈。」

真白な先生が、真っ青ないらだちをあらわにして、体を揺らしている。


「退屈って、まるで、とめどなく、身も心も、堕ちて行くような感じがするでしょう。だから、重力変動。それがわたしの内なる「退屈」の発露です。わたしの「退屈」がもたらす負の力。退屈すると、わたし、物やヒトを壊してしまうの。どうしようもなく、本能的にね。だから、みんな、私をいつも楽しませてくれなきゃ、だめよ。去年の新入生たちのように、みんな、私の重力獣失楽園の顎に、ボロきれの生肉になって、ぶら下がってしまわないように。」

先生は、現れた化物の首を撫でながら、夢見るような眼差しで、そう言った。


「狂ってる。」

薔薇園恵美が、茨の鞭を両手に束ねて、即戦闘に入れるように身構えている。すさまじい殺気だ。

「夢見て入った学び舎が、こんな修羅の闘争の巷だったなんて。まるで醒めない悪夢をみているよう。」


「悪夢は、エンタメの極致ですよ。終わりのない地獄こそ、人を魅了し、どこまでも、引きつけて止まないものなのです。」

「くだらない戯れ言はよして。あなたの目的はなんなの。」



重力地場が変動する。地響きの波が押し寄せてくる。地面に亀裂が走り、虹色の光がほとばしる。


「な、なにが起こっているんだ!」


ビーバーあだちくんが、おもむろにたちはだかり、カーネル先生との間合いを詰めて行く。なにをするつもりなのか。おびえ惑う新入生たちを背に、みずから盾になって、白皙のカーネル先生の超暴力から彼らを守ろうとしているのだろうか。


「あなたが、まず生贄になりなさい。」

と、カーネル先生が微笑む。


指をあげる。ピシンと、音がして、ビーバーあだちくんが、一瞬でぺしゃんこになる。生徒達が悲鳴をあげる。見えない透明な鉄槌で叩かれたように、ビーバー足立くんがペーストと化している。血とも水ともつかない、明るい緑の蛍光色だった。



「退屈、とは、汚名です。すべての人間が、面白い、面白くない、という秤によって価値判断される世界で、「退屈」というのは、まさに奴隷の額に捺された、極印と同じです。汚名というものは、鉛でできた衣服とおなじで、一度着てしまうと、どんなに高く上がろうとしても、その重さで絶えず下に堕ちてしまうものなのですよ。


先生、心配です。あなたたちが、いまのまま、退屈で、みじめで、みすぼらしいあなたたちのままで、地獄の底へと、ずるずる、堕ちて行ってしまわないか、心配で、心配で、夜も眠れません。」

みずみずしい唇に、長い指を添える。


「だから、先生がまず実地に訓練をつけてあげましょう。


『退屈』というものが、この世界をどれほど狂わせてしまったのか。人の魂の感じる退屈、倦怠、あじけなさ、幻滅、失意が、どんな怪物を生み出すのか。それを、現実に知っておくのも、あなたがたエンターテイナーの卵にとって、決して損にはならないでしょう。


先生に勝てないようでは、一週間以内に、この遊園地に一千人以上のお客様を呼ぶという課題はクリアできそうもありません。それなら、いっそここで全員死んでおしまいなさい。一週間なんて、あってもなくても、同じでしょう。ここで死ぬなら、あなたがた、いずれ、世界を覆う「退屈病」に、わたしのように「退屈病」に魂を蝕まれた者の闇黒に、打ち勝つことは到底できませんよ。校長先生が、ありがたくも、おっしゃっていたでしょう。『退屈=死』だと。」

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退屈=死! ランキングに入らなければ全員処刑 島流し落ちこぼれクラスが世界を救う《エンタメ総合学園シェヘラザード》 @gfdjse569

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