第7話 囚われた友

「どういうことなんだ。全員死亡?退学処分?先生、冗談キツいっすよ。」


凍り付いていた生徒達は、ほがらかなカーネル・サンダース先生の微笑を見て、その言葉の荒唐無稽さに、ゲラゲラと腹を抱えて笑い出した。


肩にすがり、抱き合い、地面をたたき、踊り回って、笑った。まるで、そうして笑っていれば、すべてが冗談になって、平和に解決するかのように。


しかし、厳酷に、先生は希望を断ち切っていく。

「冗談ではありませんよ。もう実際に、死んでいる人はいますから。


シェヘラザード学園は、今年三期生の新入生を迎えることができましたが、まだ、卒業生は、ひとりもいません。去年の新入生たち、つまりあなたがたの一年前の生徒達は、

全員鬼籍に入られました。ほら、この通り。」


カーネル・サンダース先生は、背中を向いて、白い麻のジャケットを片肌脱いだ…と見る間に、その純白のジャケットが、見る見る広がっていく。まるで、帆船の白帆のように、広々と蒼空をさえぎって、黒い影を落としていく。


先生の背中から、白い樹木が生えてくるようだった。生徒たちは、呼吸することすら忘れて、魅せられたように、その超自然の光景に目を見張っている。


五メートル以上の高さにそびえる白い帆に、ゆっくりと、無数の肖像が浮かび挙がってきた。

ひっ、と新入生たちは悲鳴をあげた。人間だ。そこに写っているのは、なまなましい、人間の姿だ。


「イエーイ。可愛い生徒たちの遺影です。よく撮れているでしょう。この服は、特殊なレアメタル繊維でできています。わたしの心の記憶や思い出を読み取って、表面に映し出してくれます。みんな、私の心の牢獄に閉じ込められているんです。私の蝶々の標本ですね。おもちゃのコレクションです。

さあ。わたしの可愛いこどもたちを見て。」


先生は背を向いたまま、襟からうなじへかけて、素肌をさらした。その白衣に浮かびあがった、明るい幼い顔、顔、顔…。まぎれもない、生徒達の顔である。


そのなかで、ひとり、満面の笑顔の少女が、髪を揺らして日だまりのなかに立っている。その一瞬が永遠に切り取られて、カーネル先生の広い背中に映し出されている。


「野麦!」百合が飛び出した。

「どうしたんだ、頭蓋骨。」矢崎が止めた。「落ち着け。なにがどうしたんだ。」


「野麦。あそこにいるのは、あたしの親友。去年、この学園に入って、連絡を絶った。学校に問い合わせても、教えてくれない。それで、あたしはここの入学試験を受けて、学園に入ったんだ。野麦を見つけるために。野麦を故郷につれて帰るために。」


先生は、声をあげた。

「ああ。一組の、青井野麦さん。あなたと同じ、出席番号33番でしたね。頭蓋骨百合さん、あなたのことは、よく知っていますよ。野麦さんから、よく聞いていましたから。幼い頃から、家族同然に育ったそうですね。何か美しいもの見ても、何か美味しいものを食べても、いつも、『百合にも見せてあげたい、食べさせてあげたい』が、彼女の口癖でしたよ。」


「野麦はどこなの。全員死亡ってどういうこと。野麦を返して。」


「野麦さんは、これから、ずっとあなたと一緒にいますよ。

この服も、先生の肉体も、野麦さんの体の一部でできていますから。さあ。先生の腕に飛び込んでおいで。

わたしが、野麦さんそのものですよ。」


カーネルサンダース先生の背中に展開された白い麻のジャケットは、今や、まるで大天使の翼のように見えた。

そのなかに、永遠の笑顔を浮かべた野麦少女が、太陽の光を一身に浴びて、こちらに手を振っている。

心の底から信頼しきって、命も、魂も、何もかもその人に預けるような、そんな開けっぴろげな笑顔。


歯ぎしりの音がする。青ざめた百合が唇の端から血を流し、顔からすべての表情をうしなって、先生を鷹のような眼で見ている。


「いい目ですよ、頭蓋骨百合さん。わたしは、あなたが、とてもいとおしい。

その、怒りと悲しみに曇った眼。まるで、腐ったダイアモンドのように美しい。」


そう言って、眼を細めて、心底幸福そうに声高く笑った。

聴くと背が凍り、体が痙攣し、口中が乾くような、そんな笑い声だった。


「野麦を返して!野麦を故郷につれて帰る。そのためなら、あたしは何でもする。なにを失ったってかまわない。」


「降った雨を、空に戻すことはできませんよ。」


頭蓋骨百合は、雄叫びをあげながら、右の太腿をしならせて、鋼のようなハイキックを先生の側頭部に沈めた…かに見えた。

だが、その刹那、先生は、百合の真後ろにいて、百合をはがいじめにするように、優しく抱擁し、耳に囁いた。


「おやおや。教師にむかって暴力行為ですか。エンタメとしては、零点ですね。観客が、あなたに感情移入できなくなります。観客があなたの味方になれば、あなたは強大な力を得ることができるのですよ。」


「わけのわからないこと言って、子どもだからって、煙に巻こうとしないで。野麦を返して。」

拳を握りしめたまま、顔をゆがめて、なすすべもなく、泣いている。

圧倒的な力量差。その膂力、戦闘力は、まさに天国と地獄のように隔たっている。実力者である百合だからこそ、ただ一度拳を交えただけで、それを皮膚と肉と骨で理解することができた。


からだの震えが、止まらない。震える百合を、先生はあくまで抱擁しつづける。そして、ゆっくりと、百合の下腹部から指をはわせ、へそを過ぎて、胸乳を通り、顎から、唇へと指をはわせていく。


恐怖のあまり、百合は身動きすらできない。


その時である。

矢崎少年が走り寄り、百合の手を掴み、

「失礼します。彼女と約束しているので。」

と言い、先生を突き飛ばすようにして、百合を抱えて、飛び退る。


百合は戦闘意欲を失い、ガタガタと震え、矢崎恭一の腕のなかで、しかられたおさな子のように泣き濡れている。


その二人を、また庇うように、コウノトリ連夜、八念みのるが立ちはだかった。

「おやおや。反抗的な新入生たちね。入学初日にこの騒動ですか。」

先生が笑う。

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