第6話 突然の試練 

「ぎゃははは!こいつマジで泣いてやんの!」

薔薇園恵美は、コウノトリ連夜の泣き濡れた頬を指さして爆笑し始めた。

「最高のアトラクションだな!」


恵美は、泣いている連夜の肩を鷲づかみにして、ぐいぐいと揺らしながら、

「もっと泣け!もっとおおきな声で泣け!」

八念みのるがそれを見て、激しい嫉妬の思いにかられて血の涙を流している。


 頭蓋骨百合が頭をふりながら、「あんた性格悪すぎでしょ。…ところで、ここ、スナックないの?ポップコーンワゴンは?ひと暴れしたせいで、おなか空いちゃったよ。」


すこし離れた場所に自販機があった。


「おいしいアイスあるでよ。よっといでよ。溶けてなくなるまえに、はやく買ってちょうだいよ。」と出身不明の訛の強い電子音声で呼びかけている。


「おっ。獲物発見。出せこら!」と頭蓋骨百合は、迷いなく自販機を蹴り始めた。


「今どき電子決済もできないなんて。この旧文明の遺物め!アンティークの硬貨なんて持ってないぞ!出しなさいよ!」

「屈しない。ボクは暴力に屈しない」

自販機が抵抗のメッセージを打ち出した。自販機にも自律思考のAIが搭載されているのだ。遊園地が大人気だった幾時代か前には、確かにこれが最新鋭だったのだ。


「ここか。ここがいいのか!」

頭蓋骨百合は、両手の指ぜんぶ駆使してボタンを連打する。


「ああっ!」自販機があえぐ。


「はやく出せこるああ!」

自販機は赤く点滅し、がたがたと金属音を立てて振動し始める。


「アタタタタタ!」両手の人差し指で、左右のボタンを、押し潰さんばかりの勢いで連打する。


「アアーッ!」遂に自販機が絶叫し、ずらずらと中身の棒アイスやポテトチップや炭酸飲料をぶちまけた。


「外見はボロいのに、うまいのもってんじゃん。」

百合が、ソーダの缶についた雫を散らし、ブルタブをあけて、白い喉をならして飲み始める。


「ああ!飲んでくれるのですか!」と自販機が有機ELライトで赤面しながら言った。


「キモいんじゃ!」と怒った百合が、鮮やかな回し蹴りを筐体に沈めると、黒煙を吹き出して自販機は沈黙した。


「で。あたしたちはどこにいるの。なんでこんな薄暗い、古ぼけた、きったねえ廃墟にいるわけさ。なんであの金玉と追いかけっこさせられたわけさ。」百合が口をぬぐいながら言った。


「これからみなさんが住む家を、そんな風に悪く言うものではありませんよ。」


「先生!」

苛烈先輩が、緊張して背筋を伸ばした。


それにつられて、皆が姿勢をただした。


白いスリーピースを着た、白い睫、白い眉、白い髪の女性がそこにいた。この世ならざる不吉なまでの美貌だ。だが、そこはかとなく、某フライドチキンのフランチャイズ店の、白い麻の上下を着たお爺様を連想させる。


「家って、それ、どういう意味ですか。」コウノトリ連夜がヨロヨロと立ち上がって言った。

「文字通り、あなたたちが今日から住む家ですよ。ここ、ラブランドが、新入生の宿舎です。先程のティアラは、寮母ですよ。ビーバーあだちくんは、管理人です。」


連夜が言った。

「馬鹿な!エリート中のエリートたる僕が、なぜこんな肥だめみたいなところに、肥だめにたかるハエみたいな連中と!」


たちまち、連夜のまわりに女子生徒が集まり、彼を皮製のサンドバックにし始めた。

「ぶんぶんぶん!ハエが飛ぶ!」と言いながら殴る蹴るの暴行を加えている。


「そこ、やめなさい!暴力は蜜の味。男を殴るなら、お金をもらうか、ほんとうに好きな人だけにしなさい。」

「はっ。」と三人の女子生徒は敬礼した。


「なんの話してんだよ。」連夜は血を流しながら抗議するが、誰も耳を貸さない。


「まあ、驚くのも無理はありません。こんな廃墟の遊園地が、あなたたちの寄宿舎だなんて。でも、これは選ばれたものたちへ課せられた試練です。あなたたちへの愛が大きいからこそ、我々学園もそれだけ、おおきな試練を与えて、それを乗り越え、成長するあなたたちの未来に大きな期待をかけているのですよ。


つまり、この廃墟の遊園地に大勢の客を呼んで、昔日の栄光を取り戻すこと。

それが、あなたたち新入生に課せられた、第一の試験です。

 

期限は一週間。七日以内に、最低千人以上のお客様をお招きして、

エンターテイナーとして、最高のおもてなしをする。


世界に、エンタメ総合学園シェヘラザードの名を、あなたがたの名を知らしめる。そのための前哨戦です。」



「なるほど。」とコウノトリ連夜は立ち上がり、バキバキに割れた眼鏡を直しながら、

「すべてに合点がいきます。この廃墟を復興して、収支を黒字にする。それがエリートたる俺様に課せられた、神からの試練。世界からの大きな期待。受けてたちましょう。矢面にたちましょう!この廃墟を世界一の遊園地にしてみせます!」


「おうおう。おだてりゃ木に登る。先生とってもうれしいです。」カーネル先生は豊かな胸を寄せて小さく拍手をする。


カーネル先生は微笑みながら言った。

「そうそう、ひとつ言い忘れていました。」

白い八重歯をのぞかせ、こともなげに付け加える。

「合格出来なければ、全員、退学処分とします。」


生徒たちは凍りついた。

「学校からではなく、この世からの退学処分です。つまり、合格出来なければ、全員即死亡です。」

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