第5話 大切な、大切なお客様

中央にある円形の花壇には、緑の草木が生い繁り、何年も手入れされてない様子だった。


荒れ果てた花壇には、液晶の割れた、巨大なディスプレイが設置されていた。

黒い海のように深い虚無をたたえて、いびつなリアリティを映し出している。


かつては、この巨大なスクリーンに、園内のイベントのスケジュールやアトラクションの情報がところせましと表示されていたのだろう。今はもう何も映っていない。


そのディスプレイに突然、鈍い音を立てて電源が入った。


皆驚いて、後ろに飛びすさった。


そこに映し出されたのは、滅び去った古代文明のヴァーチャルアイドルだった。



両手でハートマークを作った、一昔前のセル画風のアニメの三つ編みの少女が現れた。

「愛と夢と希望、欲ばりパフェぜんぶ載せ、ラブランドへようこそ! ラブランド公式アンバサダーのヴァーチャルアイドル、キラキラティアラでえす♡」と叫んで、手を振る。


「あれえ?!おかしいぞ。おかしいぞ。みんなも気づいてるかな?」

ティアラという名のヴァーチャルアイドルは、目の上に手をかざし、遠くを透かし見るようにして、画面の向こうにいる新入生たちに目を凝らす。

「いつもと違うぞ。これは、一体どういうことかな?」


生徒たちは四方を見回し、また新手のアトラクションに襲われないか、あたりに警戒している。


「あー、ティアラひらめいた!」

ティアラと名乗る人物は、手のひらを拳で叩く。すべての動き、仕草、セリフに滅び去った古代文明の香りがする。



「今日は、みんなの「あだちくん」が隣にいないんだ。あだちくんは、どこにいるのかな?あだちくんを、みんなで呼んでみよう!」


ティアラは、両手を口にあてて、「あだちくーん」と叫んだ。


漆黒の闇のなかに、赤いふたつの光芒がかがやいた。

ケダモノが現れた。

ガラスのように透き通る眼玉、無機質な笑顔をはりつけた、豊かな毛皮のビーバーの着ぐるみである。


「わー!ラブランドのラブリーマスコット、ビーバーあだちくんの登場だよ!」


「ビーバーあだちくん」はウキウキと両腕を脇から動かしながら、トテトテとつま先で跳ねている。回転してポーズを決めてカメラ目線になると、両目がギラッと赤く輝いた。


生徒達は、身動きせず、凍り付いたように、眼前に展開される黙示録を見つめていた。


「ティアラ、みんなが、この秘密の花園に遊びに来てくれて蝶うれしい。マジ百花繚乱~♡死ぬまでここで遊んでいってね!」


「おい。誰かこの悪夢を止めてくれ。何を見せられているんだ。」

コウノトリ連夜が冷汗に額を濡らしながら言った。


それから、ティアラは一方的に、開園当時の遊園地のイベントスケジュールをまくしたてた。

施設の魅力。キャストの紹介。細かな蘊蓄。ラブランドの歴史。頬を紅潮させて、手足を振りながら、熱弁した。


ティアラが特に情熱をこめて語ったのは、次のようなものだった。


レストランでのショーのイントロダクション。(今はもう行われていない)

ナイトパレードの演目。(今はもう行われていない)

新しいアトラクションの御披露目。(今はもう動いていない)

大好きな、大好きなお客様との出会いが楽しみでしかたがないこと。(今はもういない)


ティアラは、眼を輝かせて、誇らしげに、心から待ち侘びるように、ラブランドの未来を語った。

心の優しい生徒の幾人かは、ラブランドの現在の荒廃と、昔の繁栄を思って、涙を流した。




「それじゃ今日も配信見てくれてありがとう~。ラブランドに骨を埋めて、第二の生を楽しんでね!マジ卒塔婆〜♡」

ティアラは笑顔を振りまいて、両手を振った。


暫しの沈黙の後、ティアラは豹変した。

笑顔が溶けて、毒々しい表情になる。三つ編みを荒々しく手櫛でとかし、長い髪をふりほどいて、

「あー、クソだりいや」と肩の関節を回し、痛そうに腰を撫でながら、パイプ椅子に深く背中を預けて、


「あー、やってらんねえ。こんな斜陽遊園地のAIアイドルなんてよ。誰もみてねえっつーの。」と団扇ではだけたシャツの下から風を送っている。

「なにがキラキラティアラちゃんだっつーの。どこの年齢層がターゲットなんだよ。てかあたしの年齢はいくつの設定なんだよ。起動開始から五十歳余裕で超えてんだけど。」


「カメラ!カメラ切り忘れてるよ!ティアラちゃん!」

マネージャーらしい、スーツを着たカートゥーン調に描かれた茄子が、青ざめた顔を画面にのぞかせる。


「マジで!」ティアラが焦ったのも一瞬。


「ウエエーイ。」と、開き直ったのか、両手の人差し指、小指、親指を立ててカメラに身を乗り出し、ルビーのように真っ赤な輝く舌をのぞかせて、


「これがあたしの真実の姿だよ!ありのままのあたしを愛せよコラ!誰も来ない遊園地には、誰も覚えてないアイドルがお似合いだぜ!」


そういって、足を踏みならして画面からいなくなると、ビールの缶とお菓子をもって画面前に戻って来た。

ビールをぐびぐびと飲み、

「うめえや!ヒヨッコどものがっかりした顔をさかなに飲む酒はうめえなあ!」と、画面越しに新入生達を指さし、とめどなく笑いながら、号泣し始めた。


「『大好きな、大好きなお客様』!?そんなの、真っ赤なウソだっつうの。営業、営業。信じた?信じた?アハハ」

言いながら、あふれ出る涙を、腕で荒々しく拭っている。


画面は唐突に暗闇になった。配信は終わった。


「いろいろ極まりすぎだろこの遊園地!」

真夜中の太陽のように輝く黒い髪、子馬のように優しい眼をした、矢崎恭一が叫ぶ。


「ここが、ここが俺たちの学園だってのか!」そう叫んで膝から崩れ落ちる。

「帰りてえ!田舎に帰りてえ!故郷のじじじやばばばに逢いてえ!」


嘆きながら、隣にいたコウノトリ連夜の服に顔を埋め、鼻をかむ。

「ひとの制服で鼻かむな!鼻がしら殴るぞ!」



百合があらぬ方を指差して言った。

「あ。さっきのマスコットの人形だ。本物のビーバーあだちくんだ。」


先ほどまで画面に映っていた「ビーバーあだちくん」が、自律機動の駆体をミシミシときしませながら、暗闇から現れた。眼が赤く点滅している。


ビーバーあだちくんは、両手を亡者のように突き出し、ながい髭をそよがせて、「ヤア」と長く鋭い前歯をむき出して笑った。


「怖すぎる!」と薔薇園恵美が泣き始めた。


動画に映っていた姿とは打って変わって、そのビーバーあだちくんの毛皮は見る影もなくくたびれて、ところどころ擦り切れて、デニム生地のオーバーオールの肩がしどけなく落ちて、ほぼ半裸状態である。

「痴漢よ!」恵美がビーバーあだちくんを指さして叫ぶ。


恵美への公然たる片思いを表明して桃栗三年柿年、八念みのるが、


「恵美ちゃんを泣かせるなあ!」とドロップキックを決めるが、ビーバーあだちくんは敏捷な動きでそれを回避する。八念みのるはアスファルトの床に尻から着地して、「割れた!」と尻をおさえて悶絶している。


「あれ、意外にかわいいじゃない。」

恵美は、ビーバーあだちくんが、ひざまずいて、恵美の手の甲にキスをして、薔薇の花を捧げるのを恍惚と見下ろしながら、もう泣き止んで微笑んでいる。

「あんたも、あたしの奴隷になる?」


「悪夢だ。悪夢だ。こんな場所で。こんなやつらと。俺はコウノトリ家の嫡男だぞ。跡取りだぞ。お父様。なぜ俺をこのような目に。」


大企業のCEO、官僚や裁判官などを代々輩出するする名家の長男にして、諸般の事情により勘当されて、家出をして半年、人生航路は暗礁に乗り上げ、絶体絶命のコウノトリ連夜は、うずくまって頭を抱えて、人目もはばからず泣き始めた。

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