第4話 第三回シェヘラザード学園ゴールデンボール杯
巨大な黄金色の看板が、黒々と影を落として、頭上に迫って来た。
みんな悲鳴をあげて避難した。
看板は、ズシーンと地響きをたてて落下した。
蜘蛛の巣網をかぶった、古びた看板には、人魚や魔女、騎士や宇宙飛行士が、手に手をつないで、笑顔で「愛と希望と夢の国、ラブランド」と叫ぶマンガの吹き出しが描かれている。
「ここ遊園地か?」矢崎恭一が叫ぶ。「いきなり修学旅行かよ!だとしたら、アツすぎるぜ!」
「そんなわけないでしょうが。」
頭蓋骨百合が笑いながら、軽いジャブを矢崎少年の肝臓に正確に当てる。
ぐあああ!と矢崎恭一は悶絶して、時計の針のように地面の上で円を描いて回った。
「どこからどう見ても廃墟じゃない。なんであたしたちはここへ連れて来られたの?」
「責任者を呼びなさい!靴を舐めるなりなんなりして、私に詫びを入れさせてやるから。」
「ひょっとして、あれじゃないかな?新入生の力量を試すために、上級生と戦わせる、定番のやつ。あたしの拳が唸る回じゃないかな。あたしの見せ場じゃないかな。いいね、いいよね! ワクワクするよね!あたし、欲しくなってきちゃった。」
頭蓋骨百合が、両の拳を打ちつけながら、回し蹴りで空気を青く焼き焦がし、汗の雫をちらしながら、叫ぶ。
「敵が欲しい。わたし、今すぐ敵が欲しいよ!」
うわああ、と引率の上級生たちが恐れをなして逃げ惑う。
「苛烈先輩、助けて下さい!」
荒ぶる新入生たちを扱いかねて、上級生たちは、頼みの綱の苛烈先輩に呼びかける。
だが、苛烈先輩はどこにもいない。あたりを見回す。
「ヒャッホー!」
苛烈先輩がいた。遊具で遊んでいる。「貴腐人のティーカップ」にタダノリしている。最高回転スピードで豪速球のように回転しながら、両手をあげて、満面の笑顔で叫んでいる。
一緒に乗っていた生徒たちは回転する金色のカップに吹き飛ばされて、はばからず、虹色の滝を口から吐き出している。
苛烈先輩は、「きゃははは!」と顔面を笑顔で全開にして楽しんでいる。
酔わずにいられるのは、苛烈先輩の強靭な三半規管のなせる技である。
この様子を見ていたコウノトリ連夜は、腕を組み、一言叫ぶ。
「地獄!」
ガクッと膝をついて、地面を拳で叩き、不条理を糾弾する。
「なにがエンタメ総合学園シェヘラザードだよ!どう見ても遊園地の廃墟じゃねえか!ここで何を学ぶんだ?!最新鋭の設備、最高の教師陣、超優秀なエリートの生徒達…パンフレットで謳われている文句と全然違うじゃないか!」
「なんだと。どう見ても超優秀で優しくて素敵なエリート生徒ばかりやろがい。」
地獄耳の苛烈先輩が飛んで来て、コウノトリ連夜の肝臓に正確に飛び蹴りを食らわせる。
ギヤアアア、と連夜は反時計回りに地面に転げ回って悶絶する。
「あれ!」
突然、女子生徒が指を差して叫んだ。
「金玉!」
まぎれもない金玉である。
遊園地の、張りぼてで作った洞窟の隧道から、ゆっくりと、巨大な黄金色の球が姿を現した。
金玉は、ゆっくり、こちらへやって来る。
金玉は、次第に加速しながら、生徒たちの方へと一路爆進して来る。斜面を弾みながら、太陽の光を眩く反射して、「お母さーん」と笑顔で手を振って母の膝に走り寄る少年のように、まっしぐらにやって来る。
苛烈先輩の顔がパッと輝いた。
「大当たーり!」と叫び、前回使用したハンドベルを頭上でカランカラン振り回してはしゃいでいる。
「失礼します!」
矢崎恭一少年は、地面から跳ね起きると、苛烈先輩の小さな体を、腕の下から人形のように抱き上げて、脇目も降らずに走り出す。
「愚民ども、みんな逃げろー!」
コウノトリ連夜が皆を誘導しようと、口は悪いが、呼びかけている。
可憐な女生徒が逃げる途中で転倒した。青空を背に、巨大な金玉が迫る。入学式で、コウノトリ連夜の背を撫でてくれた少女だ。
「バカ野郎!」
舌打ちして、コウノトリ連夜は飛び出し、間一髪で女生徒を背に負って走り出す。
勇敢だが、恐怖のあまり半泣き状態だ。
遅い。すごく足が遅い。カッコよかったのに、今にも背中に金玉が触れんばかりだ。
見かねた薔薇園恵美が並走して、可憐な女生徒にイバラの鞭を手渡した。
「これを、使って。彼を励ましてやって。」
以心伝心。ふたりの少女は目と目で語り合い、うなずいた。
「行け!」
可憐な少女は、腰を浮き上がらせて、イバラの鞭でコウノトリ連夜の尻を幾度も叩いた。連夜は加速した。
「わたしの名前は、至福冬馬。助けてくれて、ありがとう。かっこいいお馬さん。」と少女は連夜の耳にくちびるを寄せて、優しくささやく。
連夜は騎馬のようにヒヒーンといなないて、後ろ足で立ち上がって、猛然と超加速した。まるで彗星だ。
「なんか、あれだな。金玉に追われる生徒たちが、鮮やかな緑色の芝生を疾走するサラブレッドのように見えて来るな。」
先頭をひた走る恭一少年の胸に抱かれながら、苛烈先輩はとんでもないことを言い出した。
矢崎少年はそれどころではない。目を血走らせて逃走を続けている。苛烈先輩は、構わずに、矢崎少年の背中越しに実況を始めた。
「パーパパーパラッパラー! パパパパーン!
さあ。今年のチャンピオンはどの馬に輝くのか。
三十三頭、態勢は整いました、栄えある第3期エンタメ総合学園シェヘラザード・ゴールデンボール・カップ。キックオフのお時間です。
ゲートが開きました。凄い音です。
横一線、海辺の水平線のように美しいスタートからはじまる、そして波頭のようにキラキラ輝いて寄せる新入生の馬たち。
先行争い、まずは注目。
先頭は、学生の魂の勝負服、白い詰襟、「アローワン、矢崎恭一」
だが、後ろから迫る蒼い瞳の女騎士、「ローズガーデン薔薇園恵美」。熱烈なファンなのか、横に並んで薔薇園恵美の写真を撮りまくっている不審者、「ヤッカイオタク八念みのる」妄執の追い上げ!ーやはりペースをにぎることになるのは渡航組か。
最後尾は意外や意外、「スカルクラッシャーリリー、頭蓋骨百合」。それもそのはず、追い迫る金玉に喧嘩を売って、なんども強烈な蹴りを入れて、弾き返されながら、まるで好敵手と遊んでいるようです。規格外ですね。
黒い森と湖の外周を大きく回り第一カーブから第二カーブ。集団流れ込む。
まるで数学のように緻密な心理戦が繰り広げられている模様ですね。解説の矢崎さん?」
矢崎少年「フーッ、フーッ!」(歯を食い縛り、荒い息を吐く)
「さあ注目、「ミッドナイトストーク、コウノトリ連夜」が後方から猛烈な追い上げ。
後ろから数えた方が早かったが、ここへ来て凄まじい猛追。名騎手、至福冬馬の天才が光ります。
さあ、場内が歓喜にどよめく。「ミッドナイトストーク」行く、「ミッドナイトストーク」行く、「ミッドナイトストーク」早くもニ番手に押し上げて行く。
だが矢崎恭一、「アローワン」ぶっちぎり。譲らない。このまま首位独走か。
さあ、先頭に立った「アローワン」、入学式でも一番最初に名乗りを挙げた、ゴールデンボール・カップの舞台でも、「アローワン」光陰矢の如し。
まだ「アローワン」矢崎恭一、王者のような余裕のリードを保ちます。
そして2番手は「ミッドナイトストーク」だ。
後続勢なかなか詰められないが、三番手「マダマケナイ」などが詰めて行きます。残り二百を通過。最終コーナー抜けて、直線コース。
おおっと!ここで真打が飛び出した!
地上に舞い降りた天使!わたしだ!「プリティミラクル、一文字苛烈」、突然空から降って来た!わたしです!
矢崎少年の胸から飛び降りて、全力疾走!初めからいたかのような何食わぬ顔で、走る走る!
速い速い!風のように思想のように速い!
ちぎるちぎる!「プリティミラクル」だ!「プリティミラクル」だ!圧倒的!わたしスゴイ!わたしカワイイ!
強すぎる!強すぎる!圧勝「プリティミラクル」!」
かくして、上級生と新入生たちは、突如現れた金玉に追われるようにして、謎の遊園地「ラブランド」の闇の奥へと分け入って行ったのであった。
金玉は、突如ジャングルのアトラクションから現れたボロボロのティラノサウルスの機械模型に体当たりされて、大きく進路を変更した。半壊したショップを薙ぎ倒しながら、横にそれて行って、白煙を立ち昇らせながら止まった。
気がつくと、生徒たちは、草ぼうぼうの広場のような場所に来ていた。
皆、半死半生で、うずくりまり、嗚咽するもの、震えるもの、気が変になってとめどなく笑うもの、九馬身ぶっちぎりでゴールした喜びにガッツポーズするものなど、多種多様である。
「なんなんだよこのクソ学園!」
天を仰いで矢崎恭一少年が叫んだ。
「なんでこんなことになっちまったんだよ!」
天は、答えてくれなかった。
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