第3話 翼のないコウノトリと苛烈先輩
頭蓋骨百合に瞬殺されたテロリストたちは、捕縛されて、羊飼に追われる羊の群れのように、泣きながら舞台袖に追われて行った。
その黒ずくめのテロリストたちは、「エンタメ総合学園シェヘラザード」の校章が刻印された、黒い鋼鉄の手枷と首枷に、自由を奪われている。
彼らはどこへ行き、何をされるのだろうか。何が目的で襲撃を企てたのだろうか。まだそれは明らかにされない。
校長先生の、猫目石の瞳に煙る銀河のような輝きの中に、永遠の秘密が隠されているのだろうか。
頭蓋骨百合嬢は、姿勢正しくパイプ椅子に腰掛けながら、中断された午睡を楽しんでいる。虹の膜の鼻ちょうちんが、穏やかな寝息につれて、ふくらんだり、しぼんだりしている。
彼女が、「ノムギ…」と寝言を言っているのを、隣の席にいた矢崎恭一少年が聞きつけた。
ふと見ると、少女は夢を見ながら、微笑んでいた。
そのまつ毛は、朝露の雫をやどしたスミレの花のように、重たげにうなだれている。
『会場内にアンチ・エンターテイメント主義のテロリストたちが侵入しましたが、本校の生徒有志により見事撃滅されました。
引き続き、新年度の歓迎式典をお楽しみください。
尚、本校では、先ほどのようなアンチ・エンタメ、略してアン・イエン主義者による襲撃は、本校の教育カリキュラムとして組み込まれております。
未来のエンタメを背負って立つ生徒たちが、不測の事態に即応する機動力、危機管理と、優れた自己演出などを学ぶ実践的な学びの場として、他に類を見ない効果を発揮するものであります。』
館内アナウンスが朗々と鳴り、学園では捕物や大立ち回りが日常茶飯事であるという事実を、新入生たちに突きつけて、うぶな彼らを震え上がらせている。
自己紹介に名乗りを挙げようと、何度も立ち上がるタイミングをはかっては、そのたびに出鼻をくじかれて、座り込んでいたひとりの眼鏡の男子生徒が、息を大きく吸って、高笑いを始めた。
「ふはははは!(興奮の余りむせかえる。となりにいた女子生徒が、いたたまれずに背をさすってやる。少年は彼女に「す、すまない…。」と小声で謝る。)
俺様の名は、おまえたちは既に知っているだろう!俺様の名は、コウノトリ連夜。世界に轟くコウノトリ財閥の御曹司である。おまえたちは、俺様に平伏し、俺様に忠誠を誓うべきである、すなわち…」
「自己紹介は終わりだ!」
突如、教師が割り込んできて、無理やり中断させた。
「時間が惜しい!バスに乗り込め、可愛い、ウズラの卵たち!」
リムレスの眼鏡の女性教師が手を叩いて、訳がわからず混乱している生徒たちを急かす。
屈強なゴリラのような先輩が舞台の陰から現れて、コウノトリ連夜の肩を掴んだ。
「先生のお言葉が聞こえなかったのか。速やかに式典から退出しろ!」
「え、ええ!今、僕パフォーマンスの途中なんですけど。僕、大富豪コウノトリ家の息子で…」
「うるさい!口答えするな!」
「それに、僕以外にも、まだみんな自己紹介が済んでいませんよ。」
「テロリストの闖入により、予定は繰り上げとなった。呑め!」
「そんな乱暴な。」
胡桃のような筋肉で腕と胸がボダイ樹のように逞しい先輩は、事態を何も理解していない新入生たちの肩を掴んで、グイグイ押しやり、強引に体育館を退出させる。
「歩け!進め!」
訝しげに見る他の生徒たちの間を、くぐり抜けて行く。
だが、よく見れば、その年の新入生すべてが、退出を迫られたのではない。
ごく限られた人数だけ…というより、一クラス分の生徒たちだけである。それに気がついている者はいない。
そのひとクラス分の新入生たちは、がらんとした校庭に並ばされた。学園中がもぬけの殻で、広大なグラウンドにも人影はない。新入生たちは、モジモジと、自分の手と手をこすり合わせたり、隣の生徒と内緒話をしている。
「今から貴様らを特別に送迎のバスに乗せて、学園内の施設を案内して回ってやる!感謝しろ!」
上級生というか、少しも幼さの感じられない、軍人のような口調で、先ほどの筋肉先輩が
よく通る声で叫んだ。
バス、と言われて、新入生たちは、ハッと顔をあげて、あたりを見回した。
校庭の片隅の資材置き場に寄せるようにして、幌つきのおんぼろトラックが数台並んでいる。搬入用の車だろうと新入生達は思った。
砂塵の向こうに目を凝らして、バスが来るのを待った。
待てど暮らせど、やって来ない。
「バス遅れてるのかなあ。入学パンフレットの写真で見た、あの三階建ての豪華なトロリーバス。前から、乗るの超楽しみだったんだよね。」
女子新入生が、トラックにもたれかかりながら、校門の外に広がる黒い森と白い雲を見ながら言った。
イギリスの観光バスのような、けんらん豪華な修飾が施されたスクールバスは、エンタメ総合学園シェヘラザードへの入学を夢見たものなら、誰でも知っているはずである。
そのバスの中には、仮眠が取れるベッドがあったり、ミニシアターがあったり、バーやジャグジーまで完備しているという。
「早くこないかなあ。動画撮って実家に送ろう。」
と、少女が胸をはずませている。
「何を言ってる。バスは既に貴様たちを待っているぞ。」
その瞬間である。
おんぼろトラックのドアがガーンと蹴破られ、中からミリタリールックのちんちくりんの少女が姿を現した。
居丈高に胸を張って、自分よりずっと背の高い新入生たちを見下ろすようにしながら言った。
「はやくそのけつを、かぼちゃの馬車にのせろ、シンデレラども!昼の十二時までに、地獄巡りを終えてやるぞ。」
叫びながら、おもちゃの機関銃を撃ち始める。ババババと銃撃の電子音がけたたましく鳴り始めた。プラスチック製の機関銃は七色に光り輝き、点滅している。ついでに、ちんちくりんの少女は自分の唇を鳴らして、
「ドキューン!ズバーン!ドガガガーン!」
セルフで効果音をつけて、大興奮して跳ね回っている。
「ははは。なにあれ。かわいいの。」笑って手を叩いて喜んでいる男子生徒に、そのミリタリールックの少女は、素早く銃を構えた。重い轟音が鳴り響いた。
「うわああ!」地面が抉れている。紛れもない実弾だった。硝煙の向こうに、ちんちくりんの少女の不敵な笑顔があった。
「一文字苛烈。それが貴様らを調教する大先輩の名だ。生意気言うと、体に穴が開いて、風通しがよくなるぞ!チェダーチーズになりたくなければ、はやくバスに乗り込めネズミども!!」
うわああ、と新入生達は悲鳴をあげながら、ぼろぼろの幌トラックに乗り込む。
「苛烈号、発進!」
底上げのためにクッションを三つ重ねて運転席に座った苛烈先輩が宣言する。
「苛烈先輩、前見えてます、それ?」
頭の上がかろうじてハンドルから覗いているだけだった。
「おう!ぜんぶ頭に入っておる。掌を指でなぞるようなものじゃい。」
直後、なにかを踏んだのか、思い切り車が跳ね上がって、助手席にいた気弱そうな男子生徒が頭を天井にぶつけた。
運転手の気性とおなじで、運転は凄まじく荒かった。
福引きの筒のように、幌のなかでかき混ぜられた生徒達は、ぶつかり合い、ひとつひとつの分子が化学的に結合するように、まざりあって、抱き合って、もつれあって、ひとつの肉の玉になって飛び跳ねた。
車は止まった。
肉のかたまりは、外に吐き出された。
苛烈先輩が、手に持ったベルをカランカランと鳴らしながら、
「大当たりィ!」と叫んだ。
「さっさと並んで、門をくぐれ!これから貴様らの魂が眠りにつく墓地だ!」
生徒達は、互いにすがりながら、青ざめた顔、白い顔を並べて、道を歩いて行った。
生徒たちは困惑した。
「なんじゃありゃあ。」
赤い霧と、黒い雲が立ちこめている。行く手に古城が現れた。ドラキュラ伯爵が住んでいそうな、おどろおどろしい雰囲気だ。想像以上に広大な場所に連れてこられたようだ。
豊かな緑の樹々と、凹凸の激しい荒れ果てた石畳の道がどこまでも続いている。
すすむうちに、白く霞んだ蜃気楼のようなビルが行手に見えた。だが眼をこらすと、それはジェットコースターの構造物だとわかった。
左手にはスペースシャトルの模型や、古代マヤ文明の遺跡を模した大建築物やらが並んでいる。
「ここは・・・まさか。」ひとりの女子生徒が息をのんで立ちすくんだ。
「愛の国!ラブランドへようこそ!」
突如、ファンファーレの爆音が鳴り、地を揺るがせて交響曲が始まる。
シンバルが盛大に打ち鳴らされた瞬間、どんがらがんと行手に聳えたつ建物の屋根が崩れた。張りぼての壁が落ちた。ガラスが嘲笑するように砕け散った。
少年少女達は悲鳴をあげながら退避した。
「なんなんだよこのクソ学園は!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます