第2話 薔薇と百合

突然、照明が落ちた。

天井から、薔薇の花びらが降って来た。

白い裸の腕が、さっと闇のなかにさしのべられた。

まるで希望のように。


「薔薇園恵美。参ります。」

豪奢なドレスに改造した制服を着た、髪の長い妖艶な少女が闇の中から現れた。


ワイングラスを片手に、光の帯の中を堂々と歩いて壇上に登った。七月の海のように輝く白い腿に漆黒のレースのタイツにガーター。明らかに校則違反だ。



堂々と体育館の真ん中をランウェイのように闊歩して行く。

少女は舞台に上がると、イバラの鞭で群がる男子生徒を右に左になぎ払った。薔薇の吹雪が体育館に吹き荒れる。

「薔薇の園にて美に恵まれし女。薔薇園恵美。世界一の、宇宙一のエンターテイナーになって、全世界の男達を平伏させることを、ここに誓います! 愛の旗を掲げよ!ラヴィドボエーム!」


「ラヴィドボエーム!」いきりたったひとりの男子生徒が、呼ばれてもいないのに立ち上がって唱和した。その少年は勢いよく壇上に駆け上がり、

「押忍!」と気合いを入れた。


「一途な思いは桃栗三年柿八年、八念みのるであります!僕は薔薇園恵美さんのファン大地号であり、薔薇園の管理人であり、盲目的崇拝者であります!恵美ちゃんに捧げたこの命!エンターテイナー学園で、彼女のためにいさぎよく散る覚悟は生まれた時からできています!」


そう言って恵美のほうを見ながら宣誓を始める。恵美は微笑んで足を組んで講壇に腰掛け、彼を完璧に無視しているように見える。

だが、

「汗!」と短く言うと、八念みのるは、転げるようにして、処女雪のように白いハンカチーフで薔薇園恵美の額の汗をぬぐい、小型扇風機を構えて立つ。



リムレスの眼鏡の女性教師が満足げに薔薇の花びらに鼻を寄せて嗅いでいる。

「なるほど。主従関係はさながら女版ドンキホーテとサンチョパンサといったところね。女の花咲ける騎士道。行く末が楽しみね。」

校長先生は人差し指を蜜を吸うように舐めながら、眼を細めて舞台の上に見惚れている。

「次!」リムレスの女性教師が手を叩いて叫ぶ。


突然、轟々とサイレンが鳴り始めた。赤い回転灯が点滅する。生徒達がどよめいた。教師達が混乱を収めようと静止する。


火事か。天災か。


体育館の窓ガラスが割れて、太陽の光にきらめいた。悲鳴が挙がる。窓から黒ずくめの特殊部隊が飛び込んできたのだ。


不審者達はアサルトライフルを構えている。

「この体育館は我々スタンディング・オベーションが占拠した。おとなしく我々の命令に従え。」

爆薬の詰まった樽のように筋骨隆々の男が声低く宣言した。


その時である。


「あんたらがわたしの命令に従うのよ。死になさいってね。」

新入生の席からよく通る涼しい声が、覇気をこめてテロリストたちを威嚇した。


「誰だ!」

ジャージ姿のひとりの少女が、腕を組んで、白い歯を見せて笑っている。


明るい瞳、ショートの明るい髪、彼女にまつわるなにもかもが明るい。だが、何よりも明るいのは、強者と戦うときに見せるその笑顔だ。


少女は、パイプ椅子の背に手をかけて、その上でアクロバティックに体を幾重にも回転させはじめた。もはや手足を視認することすらできない。周りの生徒達はその俊敏な動きに圧倒されている。


少女は片手で椅子の背に倒立しぴたりと静止した。誰もが固唾をのんで見守った。


少女はバレリーナのように両足を伸ばすと、両隣のパイプ椅子の背に引っかけて、はずみをつけて回転し、椅子を投擲した。


鋼鉄の椅子は宙を飛び、正確にテロリストの脳天を直撃した。

テロリストは血を噴いて昏倒した。


「貴様!」

ジャージ姿の少女が、さっと手を上げる。テロリストはビクッと足を止める。

その美しい手が、音高く指を鳴らす。


その瞬間、電子音楽が重低音で鳴り始める。

体育館に埋め込まれた無数のスピーカーとウーファーが総駆動される。


「龍だ!」

その場にいる誰もが息をのんだ。学校指定のジャージの背に施された、あきらかに校則違反の、昇り龍の金襴の刺繍…!

「…頭蓋骨百合!」

「なに!あの裏社会に暗躍する百パーセント頭蓋骨を割るという剛拳の持ち主か。あんな年端もいかない少女だったのか!」


頭蓋骨百合という名の少女は言った。

「あんたたちは、龍の逆鱗に触れた。ひとが、せっかく気持ちよく寝てたのに。牛丼超特盛り食べ放題の夢を見ていたのに。」

拳がワナワナと震える。


「こら、貴様!神聖な儀式の最中に居眠りするとはけしからんぞ!」

頭に銃を突きつけられている生徒会役員が、少女に向かって激怒した。


「肉の恨み!晴らさでおくべきか!」


少女はクラシックバレエの動きで、華麗にターンし、スピンしながら、かかとを深く踏みこんで、厳しく訓練されたテロリストを後ろ回し蹴りの一撃で壁に吹き飛ばした。巻き込まれた生徒会役員も一緒に飛んでいった。


少女は笑いながら、音楽に乗って、テロリストの集団を瞬く間に屠って行った。

その屍の山に立って、拳を突き出す。

「頭蓋骨百合!悪の頭、カチ割ります!」



リムレスの眼鏡の女性教師は、目の前で繰り広げられる乱闘に熱狂し、メガホンで生徒会役員の頭を連打し、「やったれー!」と叫んでいる。


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