第十五話

 二人はやっと街に到着した。レクスは余裕がありそうにあたりを見渡しているが、クロエは立っているのも疲れるといった様子。既に日は落ちて久しく、城壁の影がそっと見えている。



「……私、ここまで疲れたの初めてです」



 門番に小さく会釈して街中に入ると、彼女は全身の力を吐き出すようにため息をついた。手荷物が鉛のように感じられるのだろう。片手が地面に引き付けられている。

 レクスはそれを流し見して、さり気なく荷物を奪った。



「君の借りている宿は?」

「あっ、そこです」



 疲れからか彼の動きにも気付かない。それでも質問には答えられるようで、震える指先がすぐ近くの建物を指した。軒先からベッドの看板が下がっている。窓からは歓談の空気と温かい光が漏れ出していた。

 


 外観からしてそこそこの宿屋。レクスはこの子に泊まる金があるのか……? と疑問を抱いたが、流石にそこまで干渉するのはまずい。ふらふらと倒れそうなクロエを補助しながら、彼は宿屋に入っていった。



 すると店主が鋭い視線を向けてくる。一人分のお金で二人が泊まることを防ごうとしているのだろう。レクスは「俺は別の宿をとってます。この子を送りに来ただけです」 と懐から証を提示した。

 目を細めて確認した店主は表情を和らげ、きらりと輝く鍵を投げ渡した。



「うーん……」



 気が付くとクロエは彼の手の中で眠っていた。当然体重は全てレクスに掛けられ、いくら何でも重い。まあ冒険者として経験を積んできたため、運べないほどでもないが。



 一応妙齢の女性がここまで無防備になるのはどうなのだろう。少なくともこれがリンダだったら蹴とばしていたはず。



「起きろ」

「ひやぁっ!?」



 そしてレクスに異性に対する配慮など存在していなかった。異性というよりかは娘のようなものである。

 躊躇なく頬を突いた彼は、変な声を上げたクロエを気にすることなく、質問を投げかけた。



「君の部屋は何処だ?」

「そこ……です、けど……」



 そうか。じゃあお休み。

 と言って部屋にクロエを放り込み、そのまま帰ろうとする。送り狼を心配していた訳でもないが全く気にされないのも、それはそれとして乙女的にプライドに障る。



 彼女はかすかな苛立ちを声にして、小さくなっていく背中に「もっと私を大事にしてください!」と異議を申し立てた。通じるはずもないが。

 もちろん反応はない。レクスは止まる気配も見せずに、片手を軽く上げた。



 これが随分とあっさりした二人の別れであった。



 ◇



 翌日。もともとは昨日領主のところへ報告しに行くはずだったが、誰かと一緒に歩き通してきたせいで夜になってしまった。そのため日をまたぐことになった。

 表には出さないだろうが、きっと怒りの感情を抱いているだろうな。とレクスは若干憂鬱な気持ちになる。



 あいにくの曇り空なのもそれに拍車をかけていた。石造りの街並みのせいで、視界のほとんどが灰色だ。これでは気分が下がるのも無理はないだろう。



「はぁ……」



 目覚めてから何度ため息をついているか数えきれない。数える気も失せるくらいため息をついている。



 関所に行く前、領主から渡された硬貨を弄んだ。道の両端には出店が並んでいて、景気よく客引きをしている。あたりから漂ってくる肉やらが焼かれる匂いが食欲を刺激した。朝食を食べていないということもあり、レクスはここで軽く食べていくことにしたようだ。



 慣れない硬貨によるやり取り。本当にコインと物が交換できるんだな……と感動していた。この街にやってきたものがよく味わう感動である。住民は微笑ましくそれを見ていた。



 厚い雲の一部が切り取られて、差し込んできた光が眩しい。思わず彼は手を翳して目を細めた。



「ようこそ」

「……失礼します」



 そうこうしているうちに領主の邸宅に到着する。やはり周りの建物とは一味違う外観だ。高さも一回り、いや二回りは大きい。隣の建物からはだいぶ距離が空いていた。類火対策にしては過剰すぎる。権威の主張だろう。



 石造りの立派な門をくぐると、待っていたのはこれまた豪勢な館だった。瀟洒な細工が所々に散りばめられていて、見る者を飽きさせない。庭にもよく手入れのされた木が生えている。



 音もなく開かれた扉。すると威圧するかのように高い天井と、正面から睥睨する絵画が出迎えした。事実威圧する目的はあるのだろう。領主ともなれば、そのような政治的駆け引きも必要であるだろうから。



 レクスは物珍しそうに視線を回し、頭を上下させずに滑るように歩いていく執事へ付いていく。隙が一つもないほど整えられたスーツを纏っていた。口元に整備された髭が僅かに揺れている。



 道中は領主であるレーンスヘルと並び立って歩いていた。肩と腹が広い。だからというわけではないが、レクスは二人分程度の距離を保っていた。



「待っていたよ」

「……遅れてすいません」



 前日に会うはずだったのに遅刻した負い目があったのだろう。微笑みとともに呟かれた言葉に謝罪を申し上げた。レーンスヘルは目を丸くすると、「いやいやそういう意味じゃないよ」と手を振る。



「私はいくらなんでも、魔物を討伐するにはかなりの時間がかかるだろうなと思っていたんだ。ギルドの副代表をしている君がどんなに強くてもね」



 だから昨日報告を聞いたときは驚いたよ。まさか様子見に行ったと思ったら、問題を解決して帰ってきたというんだから。

 彼はまるで子供のような純粋な光を瞳に宿していた。権力者には珍しく髭が生えていないことも、それに拍車をかけている。



「そこでお礼を用意したんだ」



 レーンスヘルは執事に扉を開けさせるとレクスを招き入れた。金属の鼻につく匂いが漂っている。窓から光が差し込み反射が眩しい。吟遊詩人の歌う異国の国のように、金銀財宝が部屋の中に溢れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒロイン達のことを娘のようなものだと思っている不老不死系主人公VSそんな主人公のことをわからせたいヒロイン達 音塚雪見 @otozukayukimi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ