第十四話
レクスたちは関所まで戻ってきていた。すっかり自分で歩けるようになった様子のクロエは頬を赤くして、ちらちらと彼を覗き見ている。
きっと乙女的な葛藤がそこにはあるのだろうが、あいにくレクスには関係ない。
「……よく考えてみればなかなか役得だったんじゃないですか?」
「はっ」
「あっ、鼻で笑いましたね!? 結構恥ずかしかったのに!」
そういうことを言い出すのは百年早い、と呟くとクロエは掴みかかる。
優しく雑に対応していると、馬が駆けてくる音が響いた。
行きでも利用した馬車だ。優雅な雰囲気を漂わせる馬がいななく。
「お疲れ様です」
寡黙な人物かと思われた御者がそっと帽子を上げた。
苦笑してレクスも会釈を返す。
未だに不満気に臍を曲げているクロエを置いて立ち去ろうとすると、
「ちょ、私を置いてどこへ行こうとしてるんですか」
「俺は依頼を達成したから帰ろうかと」
「パーティーメンバーですよ!? そもそも師弟関係はどうしたんですか!」
「あぁ、本気だったのか」
すっかり忘れていた、というふうに首を傾げるレクスに叫んだ。
クロエは地団駄を踏んで馬車に乗ろうとすると「代金は払ってもらいますよ」
御者がぎょろり。帽子の影の奥から視線を刺す。
「え、でもレクスさんは払っている様子ありませんけど」
「そりゃ領主様の依頼で来ている方なんで。そんな方に払わせたとあったらメンツが潰れますよ。でもあんたは違うでしょう」
「……師匠」
急に品を作り出した彼女にレクスは顔を顰めた。
ぴくりと眉を上げて額を押さえ、ため息をつく。
どうやらこれからなにを言い出すのか理解したようだ。双眸に疲れたようなよどみが見える。
「私、少しお金を貸してほしいなーって」
「俺は一銭も持ってないぞ。なんせここに来て初めて見たくらいだからな」
「そんなっ!」
クロエは明日世界が滅びるとでも伝えられたかのように、絶望に満ちた表情を晒した。
御者は興味がないのか目もくれずに出発しようとする。世間は冷たい。
「……まぁ、三時間ほど歩けば着くそうだから」
「私さっきまで腰抜かしてました!」
「がんばれ」
あー、師匠ー! という声に耳を防ぎながら、レクスたちは出発した。
砂利を噛む車輪の音がやかましい。
腰を下ろしていても身体に染みるような振動が、じりじりと伝わってくる。
「………………」
レクスは顎に手を添えながら天井が邪魔をしない空を眺め首を傾げた。
どうにも心残りが残る。これでは街についても楽しくないだろう。
「はぁ……」
ため息を一つ吐いて、彼は前だけを見ている御者に話しかけた。
数少ない持ち物を担いで立ち上がる。
「領主様にはしばし遅れるとお伝え下さい」
「えぇ。まぁ冒険者さんなら問題ないでしょうけど、一応道中は魔物が出るのでお気をつけて」
「わかりました」
御者が鞭を振った。
それを見ながらレクスは荷台から飛び降りる。急に一人分の重さがなくなった馬車は、少しふらついていたが問題ないようだ。彼の腕の高さがわかる。
危なげなく砂利道に着地したレクスは頭を掻いた。
「ま、そういうことだ。俺も一緒に行くことになった」
「師匠……!」
息を切らしながら膝に手をついていたクロエはきらきらした目を向ける。
むず痒いというように顔をそらして、彼は歩き出した。
「荷物は持たないからな」
「そんな〜」
重たそうな鞄を背負っている彼女を横目で眺めて呟く。
残念そうに言っているもののクロエも任せようとは思っていなかったようだ。文句も言わずに数歩後ろをついてくる。
砂利道に車輪の跡が残っていた。
一本道だから迷わないとは思うものの、これなら万が一があっても安心。
だんだんと遠くなっていく馬車を追いかけるように、二人は黙々と足を進める。
「クロエはこれからどうするんだ?」
早々に話題に詰まったか、レクスが切り出した。
彼女は「そうですねー」と指で宙を掻く。
「せっかく冒険者になったので、一度くらいはリンクスの街に行ってみようと思っていました」
「そうか。俺も目的地は一緒だから、しばらくはパーティーだな」
「ずっと師匠になっていただいても構いませんよ?」
冗談めかして笑うクロエに、レクスは苦笑を返す。
「俺にはギルドの仕事があるから」
「ですよね、流石にわかってますって」
でも、リンクスの街に着いたらパーティーメンバーを探さないとな。
クロエは白い髪を揺らして空を見上げた。
今までの言動からして転びそうで怖いのだが、注意する間もなく彼女は呟く。
「外の魔物しか相手にしてないので知らないんですけど、迷宮の魔物って強いんですよね?」
「……上層までなら、そこまで差があるわけじゃない」
上層などで代表的な魔物はスライムだ。
村長が引退する間接的な原因となった魔物である(直接的な原因はリンダによる締め上げ)。あれならば子供でも踏み潰すだけで討伐することができる。
そのため一応は魔物と戦ってきたというクロエなら問題ないだろうが……。
「だが中層。中層からガラリと変わる」
上層まではいかにも洞窟といった振る舞いをする迷宮だが、中層からは石造りの通路になったりと、人工的な面が目立つようになる。
比例して魔物の強さも上がり、複数人で挑まなければ命を落とすのは必至。
「もしもそこを目指すというなら、パーティーメンバーは本気で探せよ」
「はい!」
クロエは背負っていた鞄の位置を調整して、にこやかに笑った。
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