第十三話
暴風が吹き荒れる。見るからに重い石が軽々と吹き飛ばされ、その強さを視覚的にも感じさせた。クロエは腰を抜かしてレクスの脚に縋りついている。
赤いドラゴンの魔力が周囲を満たした。明らかに戦闘態勢である。
一応は知能のある相手だから対話をしようとしたレクスだが、その様子を見て諦めた。優しく――というにはいささか雑だが、クロエを引き剥がす。
「私達ここで死ぬんですかねぇ!?」
「さぁ」
「さぁ、じゃないないんですよさぁ、じゃ! あー、こんなことなら後先考えずにお金使っとけばよかったー!」
それはいつも通りなのでは?
とも思ったがレクスはできる男なのでスルーした。ドラゴンに向けて歩き出す足取りに淀みはない。ほとんどの冒険者が絶望する状況でなお彼の表情に焦りはなかった。
観察してみればドラゴンの羽は片方が大きく欠けている。おそらくそのせいで思考が回らないほどの飢餓に襲われているのだろう。偉大な魔物は骨が浮かぶほど痩せこけていた。
赤い鱗に輝きはなく、しかし存在感は健在。
「流石にドラゴンか」
軽く呟いたレクスは腰に佩いていた剣――迷宮の宝箱から手に入れたものである――を抜き放ち、ピタリと彼の者に向ける。ちっぽけな剣はいかにも頼りない。
だがレクスの顔を見ればそんな印象は吹き飛んだ。観客になりうるクロエは両手で目を覆い隠して泣いていたから、誰も見ていなかったが。
「グギャアアアアアアアアアア!!!」
大地ごと揺らすようにドラゴンが迫りくる。
大木のように太い脚を地面に叩きつけ、飢えた獣そのもの、鋭い牙を剥いた。
痩せ細ってはいても流石に魔物の王である。鍛え上げたあぎとは容易くレクスを引き裂こうとしていた。彼はドラゴンに比べれば木の棒に等しい剣を傾けて、するりと衝撃を流す。
背中に守っているクロエの方に行かないように調整しつつ、返す刃で上顎を貫いた。
悲痛な叫びが草木の生えない頂上に響く。
ドラゴンの双眸に強い怒りが宿った。
「……弱っているから、迷宮下層の土竜の方が強い」
どこか悲しむように言って、レクスは剣を持たない手で掌底を放つ。小さい人間ごときの攻撃、受け止めて返してやるわと考えていたドラゴンだったが、見えない巨人に殴られたかのように吹き飛ばされた。
見てみれば彼の片手に風が渦巻いている。風の精霊を纏わせているのだ。
重たい巨体が宙を舞っているのは、信じがたい夢のようだ。クロエはこわごわ薄目で覗いていた光景が信じられず、ぺたりと気絶した。
レクスはそっと地面を蹴ると、身動きの取れないドラゴンに肉薄する。
剣を両手で握り上段で構え、渾身の力でもって振り落とした。
鋭く迫る剣。小さいはずのそれに酷い恐怖を覚えるが、逃げ場はない。
せめて最後の置き土産、とドラゴンの代名詞であるブレスを放とうとする。しかしそれよりも速く剣が喉笛を掻っ切り、ちらりちらりと散る火の粉が寂しげに漏れ出した。
「ギャアアアアアアアアア!!!!」
まるでこの世全体を呪う断末魔だ。常人が聞けば三日三晩は魘されるだろうそれに、レクスは無表情。クロエはもとから気絶していたので問題なかった。彼女は最初から魘されているが。
ドラゴンは力なく落下し、その重さ故に山ごと揺らした。
反対に軽々と着地したレクスは頭を掻くとため息を吐く。
「……やっぱりリンダは疫病神かなにかじゃないのか? どうしてこんなところにドラゴンがいたんだ」
非常に嫌そうな顔。彼女の持ってきた話に乗ると毎回面倒くさい自体に巻き込まれる。例えば「日頃のストレスを解消しに迷宮に行きましょう!」と付き合ったら異常発生したスライムの群れに飲み込まれ、「やっぱり私みたいな美少女には花畑が似合うわよね!」と散歩に付き合ったら異常発生した花形の魔物に襲われ……そして今回はちょっとした魔物退治のはずがドラゴンだ。
しばらくリンダの話は無視しよう、と決意したところでクロエの存在を思い出した。
念のため下等な精霊に守ってもらっていたため大丈夫だとは思うが……。
「……うーん、私は伝説のドラゴンスレイヤー」
「大丈夫だな」
むにゃむにゃと戯けたことを言っている。
レクスは一切の躊躇なく彼女の頭をはたくと、涙目になって頭を抑えるクロエを担いだ。
「痛いです! 師匠はいたいけな美少女に乱暴するのが好きな変態なんですか!」
「いつまでも寝てる馬鹿がいたからな。もしかしたら叩くと治るタイプの馬鹿かもしれん」
「ネジが数本飛んでいったらどうするんですか。というか下ろしてください!」
「腰が抜けて歩けないんだろう? 黙って担がれてろ」
いつまでもぶーたれているクロエだったが、自分で歩けないのは事実なので暴れようとはしない。
しかし口は騒がしく暴れている。流石にいらっときたレクスは、
「ドラゴン討伐の報酬、分けてやろうと思っていたがやめた」
「神様仏様レクス様、
「うわぁ」
プライドとかないのか? と思って顔を覗き込んでみたが、彼女はどこまでも清々しい目をしていた。
まるで汚れなどなにも知らない無邪気な子供のようだ。
実際は金に汚い薄汚れた馬鹿だったのだが。
「はぁ……」
レクスはため息を吐きながら、鉱山を下山していった。
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