幼なじみの王子様から婚約破棄されちゃったけど、私理解のある彼女なのでありのままを受け入れ、これからも王子様を支えていこうと思います。そんな私も今では愛する家族に囲まれ幸せです(急展開)

エシャーティ

カトリーヌ


 私の名前はカトリーヌ。伝統ある名門の”純血”という高貴な生まれを持った、俗に言うお嬢様というやつだ。


 お嬢様であるからには幼い頃から王子様や大富豪の跡継ぎなんかと親しんでおく、というのが定番であるが、私も例に漏れず素敵な王子様とずっと小さな頃から仲良くしてきた。少しの歳の差はあるが他の貴族の間では十歳差というのもよくある事らしいし、それと比べたら私と王子様の歳の差はかなり少ない。


 この仲良くしてる王子様、名前はエルベルムというのだが、実はこのエルベルムと私は婚約まで交わした仲なのだ。なんせ私もエルベルムも非常に高貴な生まれであるから色々と心を通わせる事も多く、お互いに幼少の頃から仲良くしているのでそのまま婚約まで決めてしまったのだ。まだこの話は私たちの間だけでの約束だが、じきに大勢に公表して私たちは永遠の愛を誓い合うんだ。


 さあ、今日もエルベルムの部屋におはようを言いに行くとしよう。私はずっと昔から親元を離れてエルベルムのお城に住み込んでいるのだが、お寝坊なエルベルムの朝をずっと毎日仕切って爽快に朝を迎えられるよう心がけているのだ。


 よーし、それじゃ行くとしよう。おはようエルベルムー!


「うう、眠いなぁ。ああカトリーヌおはよう、今日も元気だねぇ。そうだそうだカトリーヌに紹介したい子がいるんだ。ほら、見て」


 寝ぼけながらベッドをめくり上げるエルベルムは、なんとその懐に可愛らしい女の子を抱いていた!


 女の子!?

 なんで!?

 どうしてそこに女の子がいるの!?

 その女の子はいったい何者なの!?


 どうして私ですらまだ入れずにいたエルベルムのベッドの中に、今まで会ったことのない女の子がいるのよ!! い、い、いやらしい!!


「わあ怒らないでよカトリーヌ。ほら、この子も驚いちゃってる。よしよし、カトリーヌが嫉妬しちゃって参ったねぇ。チュッ」


 チュッ、ですってぇ!?


 あのウブなエルベルムがキザっぽく女の子の頭にキスをしているなんて、私にとって地獄のような光景だった。けれどそんな心境など知らないとばかりにエルベルムは懐に抱いた女の子を愛おしそうに撫でた。すると小さなその女の子はさらにピトッとエルベルムにくっつき、私のフラストレーションストレスを大いに刺激した。


 あんまりにもエルベルムとその女の子がイチャイチャするので、もしかしたら私を驚かそうとして二人で仕組んでいるのかもしれない。そう思わないとやってられない。そうだよね、エルベルム?


「はははっ、アグニャちゃんはかわいいなぁ。そうそうカトリーヌ、この子はアグニャちゃんって言うんだ。これからボクと家族になるから、カトリーヌも仲良くしてあげてね」


 これからボクと家族になる?


 その小さな女の子とエルベルムが?


 ねえエルベルム、本気でそんな事を言っているの。もしかしてずっと前に私にも同じことを言ったの、忘れちゃったの?


 あなたの婚約者は私じゃなかったの?


 ねえこっちを見てよエルベルム。私もベッドに誘ってよ。どうしてそんなにその子を可愛がっているの。私だってエルベルムから撫でてもらいたいよ。昨日まではずっと私のことだけを見てくれてたのにどうしてそんなに酷いことができるの。


 ああ、やめて、やめてよ、私の前で女の子を、アグニャとかいう泥棒猫を可愛がらないで!!


 もう嫌っ! エルベルムのバカ!


「あっ、カトリーヌどこへ行くんだ。そんなに怒ることないだろう! まったく。小さい頃からボクと過ごしてくれたカトリーヌなら、ボクの気持ちだって分かってくれると思ったのになぁ。ねえアグニャちゃん」


x x x x x x x x x x x x x x x


 怒りに任せて咄嗟にお城を飛び出した私は、行くあてもなく街を彷徨っていた。しかしどこへ行ってもエルベルムと一緒に遊んだ楽しい記憶が蘇り、それと同時に裏切られた深い悲しみまでも思い出し、気が休まる場所がなかった。


 エルベルムと私は二人で一緒にこの街の色んな場所を訪れ、そして多くの思い出を作り、ゆっくりと時間を掛けて深い深い恋仲へなっていったと思ってたのに。それがどうして急に知らない女の子と結婚すると宣言したり、その、ベッドを共にしてたりしてたんだろう。


 考えても考えても意味がわからないだけだった。何度考えても意味不明なので少し座り込んで足を休めると、そういえばまだ朝ごはんすら食べていない事に気づいた。バタバタしていたあまり空腹にすら気が付かないなんて、恐らく生まれて初めてかもしれない。


 空腹とは不思議なもので、お腹がすいたことに意識を向けるまでは何ともないのに、少しでも空腹に気づいてしまうと途端に頭の中は食事のことでいっぱいになる。


 いつの間にか私はよくエルベルムと来ていたお肉屋さんへと入り込んでいた。


「やあカトリーヌさまいらっしゃい。珍しいですねぇ今日はエルベルム王子とご一緒じゃないんだ。うーん、少し寂しそうだな。このお肉でよければ食ってください、いつものカトリーヌさまらしくないですよ。お代は結構ですから!」


 お肉屋さんのご主人は私に気を使ってくれて、いつもエルベルムと一緒に食べているお肉を気前よくくれた。しっかりと焼かれて香ばしい香りを放つそのお肉にいてもたってもいられず、私はガツガツと行儀とはほど遠い姿勢で食らいついた。


 空腹がみるみるうちに満たされていき、食べ終わる頃には私の心を覆っていた暗い気持ちが少し晴れていた。お肉屋さんのご主人にお礼を言い、もっと気分を晴らすために再び街へ繰り出した。


 私とエルベルムは食事を終えたあとに運動をするのが好きだ。そしてさっきみたいに街で食事をした時は決まって向かうところがある。それは様々な遊具があって広いランニングコースも整備された大きな公園だ。食後に二人で公園の周りを走って仲良く汗をかくのがとても大好きだった。


 どうしても何処へいってもエルベルムのことが頭に浮かぶが、走ること自体が私は好きなので、今日は純粋に気分転換をするために思いっきり走るとしよう。実は私の足はエルベルムよりだいぶ速く、いつも二人で走る際にはかなり気を使って全力を出さぬよう心掛けているのだ。だって男の子の顔を立ててあげなきゃ女失格でしょう。けど今日は思いっきり走ってエルベルムの事を忘れてしまおう。


「わぁ! カトリーヌさまだ! すごく早いなぁ僕ももっと足が早くなりたいよ。よーし、特訓だ。カトリーヌさまに追いついてエルベルム王子に自慢するぞ!」


 何だかいつの間にか公園で遊んでいる少年が私の後を追いかけていた。実を言うと一人で走り回るのは想像以上に孤独感が強く、誰か一緒に走ってくれないかと早々に挫けそうだったところなのでありがたかった。


 少年の全力疾走は私の本気の半分にも満たないくらいのスピードだったが、私はその全力疾走に追いつかれぬよう必死に駆け回っていた。別に子供に合わせて手を抜いているわけじゃないのに、どうしてこんなに全力で走れるのか不思議だった。全力で駆け抜けないと何故か追いつかれる気がして私は必死に小さな子供から逃げ回った。子供って無限にスタミナあって全然バテないんだね。


 しばらく少年と一緒に走っていたら私のほうが先にバテてしまい、あえなく少年のじゃれつきに見舞われてしまった。少年は無邪気に私に抱きついてきて嬉しそうにしている。私に追いついてエルベルムに自慢する、という目標が叶ったのだからご褒美とばかりに私は少年の好きなようにさせてあげた。


 すると調子に乗った少年はまだバテて座り込んでいる私の体を撫で始め、その感触になんとも満足したような顔をして帰っていった。どうやら楽しんでくれたようだ。


 さすがに走り回りすぎて疲れたのでしばらく木陰で休んでいたら、この公園の一角でカキ氷屋をしている女性が話しかけてきた。


「あら、こんな所でおやすみですかカトリーヌさま。今日はとても暑いのでヘバってらっしゃるようですね。そうだ、このカキ氷もらってください。いつもエルベルム王子と一緒に来てくれるお礼です」


 またしてもタダで食べ物をもらってしまった。しかし走り込んでノドがカラッカラになった私にとって、ヒンヤリとした冷気を放ち山盛りのイチゴと透明なシロップが掛けられたカキ氷は、ありがたく受け取るか遠慮するかの躊躇を全く与えさせない魅力があった。


 目の前に置かれたイチゴのカキ氷に私はなりふり構わずがっつき、イチゴの少し酸っぱい甘みと染み渡るようなシロップのあっま〜いとろみ、そして火照った全身をキーンと冷やしていく爽快な気持ちに包まれた。こうして後先考えずに与えられた物をむさぼりつくのも悪くないなと思ってしまった。


 適度な疲労感と十分な休憩、そしてたっぷりの甘い栄養を摂れた私はどことなく心地の良い気分になっていた。運動をしているうちにエルベルムに対する暗い気持ちがかなり収まってきて、体は疲労しているものの朝よりだいぶ落ち着きを取り戻せた気がする。


 やっぱり冷静に話し合いをしてみないと、何だかあのアグニャちゃんとの婚約話には裏がある気がしてならない。それに今日一日エルベルムと離れて街の人と交流していたが、やっぱり私はエルベルムと一緒にいないと寂しい。どれだけ街の人が優しくしてくれても、やっぱりエルベルムが一番好きなのだ。


 よし、仲直りをしよう。そしてアグニャちゃんにも心を開いて接し、ベッドの事は水に流してこれから仲良くしていこう。


 そう決心した私はお城までひとっ飛びし、エルベルムの部屋へと突撃した。するとそこには……


 部屋のすみっこにうずくまったアグニャちゃんと、それを追い詰めて今にも襲おうとしているエルベルムの姿があった!!


「うふふぅ、アグニャちゃんそんなに怖がらないでよ。ボク怖い人じゃないよ。ほらにゃんにゃん〜!」

わんわん!?エルベルム!? わんわ何してるのんわわわん嫌がってるじゃない!!」

「ハッ!! カトリーヌ、いつの間にそこにいたんだ!?」

わんわわわんもう安心よ子猫ちゃん! グルルルこっちおいで

ニャアー助かったにゃ! にゃんにゃんおみゃえやるにゃん

「わっカトリーヌとアグニャちゃんが一緒になってボクを威嚇してる。か、かわいすぎる、ああたまらない! やっぱりイヌだけじゃなくてネコも飼うことにしてよかったー!」


 エルベルムの強制わいせつからアグニャちゃんを助けてあげたら、スリスリとこちらへ身体を擦り付けてきてくすぐったい。


 何だか私の勘違いだったみたい。どうやらこの可愛い子ネコちゃんはエルベルムと私の”養子”みたいな感じで引き取ってきたに違いないわ。それなら家族がどうこうって言うのも納得がいくもん。


 だからこれからもよろしくね、私たちの王子様!


 わんわんエルベルムわんわわん愛してるよ

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