天をあおぐ
常夏真冬
■■■■≠■■■■
空から音の雨が降ってきた。
当時幼かった私の、ピアニストのコンサートを聞いた感想だ。
私はピアノに魅せられた。
美しく歌う旋律。憂いや悲しみが混じった和音。怒りの慟哭。幼い私にはこんな感情、と明確に表せなかったが本能的に解釈し涙を流した。
私はピアノを始めた。
五線譜に書かれた無数の音符を読み、表現する。最初はできなかった。でもできるようになる。
そう、信じていた。
小学三年生の時。初めてコンクールに出場した。
結果は惨敗だった。
賞も取れず、ただ壇上に上がっていく同じ学年の少年少女を見送るだけ。
先生や母は「最初はこんなものだ」と言ってくれたが、私は悔しかった。
たくさんミスタッチをしてしまった。表現が足りなかった。反省をすると泉のように湧き出てくる私の駄目なところ。
私は練習時間を三時間増やした。
そして大人になった今、一つも賞を取ったことがない。
――あの日から私は何のために演奏しているのかわからなくなった。
私はいつしか才能に執着するようになった。
『才能が欲しい。才能が欲しい。才能が欲しい。才能が欲しい。才能が欲しい。才能が欲しい。才能が欲しい。才能が欲しい。才能が欲しい。才能が欲しい。才能が欲しい。才能が欲しい。才能が欲しい。才能が欲しい。才能が欲しい。才能が欲しい。才能が欲しい。才能が欲しい。才■が欲しい。■■■■が欲しい。■■■■が欲しい。■■■■が欲しい。■■■■が欲しい。■■■■が欲しい。■■■■が欲しい。■■■■が欲しい。』
私は恋をした。
全身を焦がす熱烈な恋。
全力でアプローチをした。自分を磨き、勉学に励み、コミュニケーション教室に通った。
全ては■■■■を手に入れるために。
そしてついに私は彼女と付き合うことになった。
脳が歓喜したよ。体中が打ち震えたよ。
最高の気分だ。
私だけの
そこに何も無いことが分かっていても。際限のない私だけの
――私は何のために生きているのかわからなくなった。
サラサラと指から水のようにこぼれ落ちる彼女の髪を梳く。
静かに私の腕で眠る彼女は警戒感のないだらしない顔をしていた。
陶磁器の如く蒼白な肌は私の脈を感じるだけの停滞した世界。
最近アカイロに染まった絨毯の上に立つ。
彼女を起こし、抱き上げる。
■■■■は未だに手に入らない。
何が足りない? 何が? 何が? 何が? 何が? 何が? 何が?
ああ、もうわからないよ。
考えたくもないよ。ゴミ溜めみたいな私にわかるはずがない。
彼女をソファに座らせて「ちょっと待ってて」と言う。
今日はペルセウス座流星群が来るらしいんだ。
カツカツと音を立て夜のマンションの階段を登る。
蛍光灯に群がる蛾は私のようだった。グズグズと蠱毒のように呪い、蝕む。
ちょうどピークのようだった。
綺麗な流星が無数に飛び交う空。
私が這って、追い縋って、嘲笑って作り上げた虚無に胡座をかく。
脳髄までに染み付いてしまった妄想は錆びついた鎖のように私を虚無と雁字搦めにする。
――そして私は天を仰いだ。世界が暗闇に染まった。
天をあおぐ 常夏真冬 @mahuyu63
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