ヒロイン…?うん、呪いだね
鼻を突く青臭い匂い。風の感触。
なんて素晴らしい目覚めだろう。ここが天国なのだろうか。
確か意識を失う寸前に何か大層な心情描写を挟んだ気がするが思い出せない。思い出したくない。なんだ人を呪わば穴二つって、カッコつけすぎだろ。
というか目を開けてもいいのだろうか。胸を張って言えるが俺に目を開ける勇気なんてないぞ。俺にあるのは現実を見ない勇気だけなのだから。
確かかの有名な科学者シュレディンガーはこんなことを言っていた気がする。
観測するまでそれは現実には起こったか起こっていないか分からない。つまり観測するまではその事象はあやふやな状態なのである。
………ん?ちょっと違う?まぁそんなことはどうでもいいじゃないか
つまり俺が何を言いたいかと言うと。
「受け入れられねぇ…」
現実が辛い、辛いというか暗い。
今俺はどこにいるんだろう、まさしく私は誰?ここはどこ?状態なわけである。目を開けてしまえばそんな疑問に思考を回さなければいけない気がして一向に目が開けられない。
よし、まずは深呼吸だ。
フーフーヒー。フーフーヒー。スーハースーハー。なんて気持ちがいいんだろう。息を深く吸い込むことによってより一層自分の周りの木々の匂いを感じ、自分の現状を再認識させられる。
現実逃避に深呼吸は向かないんだなぁ…。
いや大丈夫、目を開けろ千呪せんじゅ 契ちぎり!現実を受け止めろ。目先真っ暗なのはただ目をつぶっているだけだ、目を開けば新たな道は一緒に開かれるんだ。
頑張れ俺!負けるな俺!
カサッ…
突然の物音。俺はすぐさま飛び起きて周りを確認する。
木、木、葉っぱ、石、地面、葉っぱ。
空、よし!森、よし!空気、よし!
指差し確認による状況把握が終わったところで音の方角を見る。さっきの音は確かにあの茂みからした。つまりあの茂みに何かいるのかもしれないということだ。
「現実逃避には命の危機が一番の薬になるのか、また一つ賢くなってしまった」
軽口を零しながら俺は茂みを見る。何かいるのなら先程俺が起きた時の音で相手もこちらを認識しているだろう。
とは言ってもどうすればいいのだろうか。待つか、逃げるか、戦うか。
ここはひとまず逃げるのが正解なんじゃないだろうか。
戦略的でもなんでもない無様な敗走を晒した方がいいんじゃないのだろうか。だって何が出てきても俺に何か出来ることがあるわけでもない、戦うなんてもってのほか。もし危険な生物が出てきたとしても俺に出来ることと言えば精々土下座をしながらクラウチングスタートの姿勢が取れる位で他に特技など無い。
いやしかし、もしかしたら第一村人かもしれない。よしんば人ではなくてもポケ〇ン的な何かがいるかもしれない。
ここが獣と戯れるもふもふワールドかもしれない。
そんな妄想をしながらしかし結論は全く出ない。じりじりと距離を取りながら相手の出方を待つ。
「せめて友好的であれ、出来れば可愛い美少女であれ。ノットエネミー、ノットデンジャー」
弱腰な臨戦態勢を整えながら緊張と一緒に願望が漏れる。
5分程が経っただろうか。いやもしかしたら10分か15分は経ったのかもしれない。
しかし、待てども待てどもそこから何も出てくることはなかった。
「ふぅ…」
俺は身体の緊張を解く。
どうやら俺の勘違いだったようだ。いきなりの森という環境に神経が過敏になっていただけ。
ただの風のいたずら。地球さんによる俺へのドッキリだったに違いない。
ありがとう地球、サンクストゥー地球。君のおかげで心の緊張まで解れた。
しかし安心はできない。一応茂みの確認はしておこう。俺は何もいないという事象を観測して初めて安心できるのだ。安心安全を心がけて俺は生きていたいのだ。シュレディンガーの猫ならぬシュレディンガーの茂みなのだ。
「そういえばここはどこなのだろう?」
俺の中で一難が去ったことで現実を見る余裕すら出てきた。
どうやらあの変なコインのせいでどこかしらに飛ばされてしまったらしい。
まぁ悲観することは無い。人類の生存圏はいまや地球のほぼ全ての場所に及んでいる。
こんなことは初めてだがアマゾンの奥地に住む凄腕の呪術師に会いに行った時を思えばまぁなんとかなるだろうくらいには思えてくる。
「ギャ…?」
目と目が合う。
茂みの向こうから緑色の変な顔が覗いていた、それはもうガッツリこちらを見る顔が見える。
………ん?危ない危ない思考が止まりかけた、現実を見ないのは俺の悪い癖だ。
「ふぅん…」
「ギィ…」
そいつの顔をを舐めまわすように見る、実際のところ舐めまわすように見なくても肌の色から異常なのは確定しているわけだが。
よく見ると顔だけでなく身体も少しは見えている。
何だこの不潔な子供ガキは?ほぼ全裸じゃないか、森で全裸は危ないぞ。俺も1度怪しいネットの記事に騙されて森で全裸になったことがあるがあれは酷かった。雄大な自然の中自身のイチモツはなんと小さなことだと虚無感に襲われたものである。虚無感と開放感で危うく人里に降りて社会的に死ぬところだった。
………小さめだから子供なのだろうか?明らかに人間では無いが何族の方なんだろう。未開の原住民なのであろうか、しかしそんな槍のようなものを持つな、槍を持っていいのは槍を持たれる覚悟のあるやつだけだと教わらなかったのか。
一息つく。どうやらあちらも状況の整理が終わったようだ。
結論、やばい。
「ギャァアアアア!?!?」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!?!?」
奇跡のシンクロである。
もちろん後者の悲鳴が俺。
「なんでお前も驚いているんだよぉぉおおお!!」
叫びながら逃げる。ダッシュである。
「待って待って待って!?エ!?チキュウさんじゃない!?チキュウサンのいたずらじゃなかったの!?」
まさかのびっくりここは地球では無いようだ。地球にあんな未確認生物はいない。というか顔怖っ!あれ本当に生き物なのか?
どこかの星、もしくは未来の地球、異世界なんていうファンタジーなものの可能性も考えられる。
…やつの名前は暫定的にゴブちゃんにしよう。ゴリラとブタのハーフみたいな顔をしているからゴブちゃん。我ながらいいセンスなんじゃないか。
「ハァッ…!ハァッ…!」
走る、出遅れたゴブちゃんはまだ追いついて来ない。どうやら俺の方が足は早いようだがあいにく森など走りなれていないため一向に引き離せない。
というかこの状況はまずい、ゴブちゃんに話が通用するとはとても思えない。
「でもどうすりゃいいんだ…!」
走り始めてすぐなのに既に体力的にも大分キツい。こちらのペースは徐々に落ちてきているにも関わらずどうやらゴブちゃんはまだまだ元気なようである。後ろからは元気なゴブちゃんの走る音が聞こえる。
というかもしかして俺が逃げているから追ってきているだけなのか?本当は有り余る体力を持て余していたただの子供みたいなもので、遊んで欲しかっただけみたいなことはないだろうか。
「ギィァアアア!!」
「絶対違うなぁ!」
あれは公園のクソガキではなく野生のクソガキだ。明らかに捕食者の叫びをしてやがる。
俺食われるの?こんな運も肉もないような人間を。血も涙もないやつだな。
「武器!せめて何か武器が欲しい!威嚇ようでもなんでもいい!」
-おやおやまぁまぁ困っているようじゃな主あるじさまよ-
突然どこからともなく声が聞こえてくる。自然と笑えてきた。どうやら俺の頭は恐怖で本格的に逝ってしまったらしい。脳内で女の子の声がする。それも自分を主あるじさまなんて呼ばせてる。死の淵に立たされてようやく自分の性癖に気づけた、ありがとう神よ。来世ではもっと普通の性癖にしてください。
待ってろ頭、もうすぐ身体もそっちに逝くからな…
-おい!聞いておるのか主さまよ!-
「はぁ…!はぁ…!」
もう身体も頭も限界である、走るのにも逃げるのにも現実逃避するのもやめだ。このままではいずれ追いつかれる。追いつかれれば死ぬ、死ななくてもきっと薄い本のような酷い目に合わされるのだろう。
ならばこちらも対抗するしかあるまい。人間様を舐めるなよゴブちゃん。卑怯で卑劣な人間様の本懐を俺が見せてやろう。
俺は開けた場所で走るのを辞める。来た道を振り返ればゴブちゃんが見える。覚悟を決める。
-お?戦うのか?-
幻聴も多少聞こえるが俺は今ベストコンディションである。
頭も身体もバッチリである。
「ギィギィ」
ゴブちゃんも来た。どうやら俺が諦めたと思っているようでニタニタと気味の悪い顔をもっと歪めて笑っている。しかし残念だなゴブちゃん。狩るのはお前ではなくこの俺だ。お前の顔が恐怖と困惑に歪むのが楽しみだぜ。
俺はその時が来るのを待つ。やつが射程圏内に入るその時を。
一歩、二歩。………今!
「フンッ!」
ゴブちゃんとの距離が残り数歩にまで迫ったところで俺は全身全霊をかけた渾身の土下座を決める。
「ギィ…?」
突然の俺の行動に足を止めたゴブちゃん。
生物は突然の土下座には対応出来ない。古事記にもそう書いあるのだ。
突然土下座を決めた俺に対し様子を伺うゴブちゃん。
ふふふ、どうやら混乱しているようだな、そうだもっと怖がれ。困惑しろ。
そして作戦は次の段階に移行する。
「俺は変態じゃぁないッ!!!」
「!?」
「ダッシュ!!!」
絶叫、からのクラウチングスタート!流れるような走り出し。俺の唯一と言ってもいい特技。
作戦は成功。
動揺してるゴブちゃん、その目の前で隠し持っていた石を振り下りかざす俺。
決まった。俺は自らの勝利を確信する。
勝った!第2話 完!俺たちの冒険はここからだ…!
さて、ここで俺の作戦を改めて説明しよう。と言っても説明するほど難しいことはしていない。
まずは相手の前で土下座をする。そうすればきっと相手は困惑し、動きを止めるだろう。これは数々の俺の経験に裏打ちされた予想である。
そきてさらに立て続けに大声を出すことで相手の混乱をさらに加速させる。これも数々の俺の経験に裏打ちされた予想。
最後にその隙を付いて相手に近づき持っている石を頭にぶつける。別に殺す必要は無い。ただ少し痛い目を見てもらい俺はその間に逃走する。
これが俺の考えた完璧で隙のない対ゴブちゃん専用の作戦である。
まさか逃げていた俺が突然奇行に走りながら襲ってくるとは思うまい。
―グサッ―
「ん?」
はて?石とはこんなに深く突き刺さるものであっただろうか。
目の前を伝うこの青黒いのはゴブちゃんの血だろうか。だとしたら何故ゴブちゃんは血を流しているのだろうか。
状況が理解できない。崩れ落ちるゴブちゃんの身体。立ち込める血の匂い。
そして極めつけは俺の手にある血に濡れた黒い小刀。
「は、はひ!?なんでなんでナンデ!?」
あまりにびっくりしてしまい普段出ないような驚嘆の声をあげてしまった。
「ま、待ってくれ。違うんだ。俺は石でゴブちゃんの頭を殴ろうとしたら、小刀が首に突き刺さっていた。…説明しても全く分からないな」
俺は誰にしているのかも分からない言い訳をした。でもこれを仮に日本の警察官に行ったら、石で頭を殴ろうとしたことの自白と自分はヤバいやつですよという自己紹介になってしまう。いずれにしても人が居なくてよかった。
-いや〜主様なかなかやるではないか。相手の混乱を誘ってからの奇襲、見事だったぞ!しかし敵を殺すのにはちぃとばかし心もとなかったのでワシが少し手を貸したがの-
どうやら今まで頭の中に聞こえてきていた声は俺の単なる妄想ではなく、現実に干渉できるタイプの妄想であったらしい。
いつの間に俺はこんなに進化してしまったのか。妄想力という観点から見れば既に人類を軽々と超えてしまったようだ。
「ふぅ…我ながら恐ろしい才能。俺は天才でなく奇才だったか」
-才能…?何を言ってるのかは分からんが役に立ったのだからそろそろ礼の一つも欲しいところなのじゃが-
突然こちらを向く俺の右腕。どうやら右腕に込められた闇の力が暴走しているようだ。
「静まれ俺の右腕!」
まさか現実でこのセリフを吐くことになろうとは。俺が厨二病の時に言いたかった。つまりは今、俺は最高に気持ちがいい。
-のう、そろそろ無視はやめて欲しいんじゃが-
「はぁ…」
どうやら現実逃避の時間は終わりなようだ。そもそもここが現実とは限らない訳だが。
状況を整理しよう。
つまりなんだ。こいつの話を整理すると、俺がゴブちゃんに襲いかかった時、こいつは俺がゴブちゃんを殺すと思った。しかしそれにしては殺傷力が足りないため俺に小刀を握らせ、俺の右腕を操りゴブちゃんを殺した。
「つまりお前は…俺の右腕ってことか…?」
知らないうちに右腕が自我を持ち始めたようだ。それはそれで寄〇獣のミ〇ーみたいで嬉しい。
-ちっがーう!なんでそうなるんじゃ!わしは短剣の方に決まっておろう!-
「いやいやいや、何も決まっていないし何も説明になっていないが…!まぁいい、ではこちらから質問しよう。
お前は一体何者なんだ」
敵なのか味方なのか。はては全く関係ない第三者なのか。
だが一つ確定していることがある。
俺の体質から見ても間違いない。この禍々しいオーラ、所有者の右手を乗っ取る能力、はては喋れるときた。こいつが武器だと言うのならそれは間違いなく呪われた-ヒロインに決まっておろう-
「ん?すまない聞き取れなかった。もう一度言ってくれ」
脳に直接語りかけてくるので聞こえなかったなんてことはないのだがあまりにもその場に似つかわしくない言葉だったため俺の聞き間違いだろう。恐らくこいつはヘ〇インと言ったのだ。やはり俺の記憶にないだけで俺は薬物をキメていたんだ。通りで俺の頭は人よりおかしいと思ったぜ。
-だーかーら、わしは主様の。ヒロインじゃ!-
「そんな訳あるかボケェ!!!」
現実世界で呪われ体質な俺が異世界では呪われ武器で無双する!?~異世界でも呪いってなんなんだよ!!~ いさかな @isakana
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