なにもない場所で転落したある青年の話
高黄森哉
雨
自分は雨が好きだった。田舎育ちだからだと思う。
雨が降ると、山の方からミミズが這い出てきたり、鳥が木々に身を休めて居たりして、生き物の営みを普段より、感じることが出来た。
子供の自分は傘を差すのが苦手で、ズボンは脛まで水分を吸っていて、だから、雨に打たれてうんざりしている小動物に親近感を持つことが出来た。
雨をあまり良く知らない人は、雨宿りをするんだよな、なんて共感を求めて来るけれど、木陰に隠れるのは自分は好きではない。
木々の下に非難すると、確かに濡れないのだけど、葉っぱが水を蓄えていて、それがなにかの拍子に一度に落ちて来ると、雨粒に打たれるより不快なのだ。
傘を畳んだ。
水滴がおでこから目頭へつたい、そのまま唇をなぞって、先っぽで燻っている。新しい水滴が、その燻りを押し出してしまう。
震えるような冷たさだ。夏なのにこんな冷気を含んでいるなんて。自分を冷たさが棘のように包んでいく。温度を失って、小鳥のように弱っていく。
それにしても凄い雨だ。月並みな言葉だけど、子供時代になんども友達とかわした馴染みのある響き。それにしても凄い雨。しっくりくる。
どこからやってくるか、見極めることは出来なかった。恐らく頭上の入道雲なのだろうけど、頭上から真っすぐ線を引けば雨粒の故郷に至るとは思えなかった。
じっと空を見つめていると、鏡を眺めているような、違和感がした。だから、普段なら目を反らすのだけど、今日は試してみたい気がした。
水滴が僕の下へ向かっていく。いや、全ての雨粒は止まっているんだ。なら、自分は昇っている。嘘だ。錯覚だ。
でも、それが本当かどうか確認すると、空中に放り出されそうな気がして、恐ろしくて、ただ、ずっと昇天を想い続けた。
自分は昇っている。自分は昇り続けている。静止する、冷たい球体を押しのけながら。視界がにわかに明るく輝いた。
雲海が広がっている。天国のような光景で …………、だけど私はもう、これ以上、飛ぶことは出来ない。ここに雨粒がないから。
なにもない場所で転落したある青年の話 高黄森哉 @kamikawa2001
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