邂逅、魔王


「ん、んん~。おはよー」


「おはよ」


 由依が目を覚ますと、お勝手からユリの声が聞こえてきた。良いにおいもする。朝食を作っているのだろう。


「何を作っているの?」


「チーズ入りホットケーキだけど、不満あるならどうぞ?」


「ないわよ。わざわざどーも」


 彼女、七条由依は、学校以外では砕けた感じになる。どうやら彼女は、学校代表兼主席たるもの威厳があって然るべしと考えているらしい。それでもって、あの態度なのだそうだ。それ故ユリも、学校外で初めてあった時は少々面食らったものだった。


「それ、何人分?」


「三人だけど」


 由依とユリ、そして七条家の仕様人さんが一人。親はこの家にはいない。彼女の実家はキョウトにある。ここトルキオよりも西の方、第二の都といった所だ。トルキオは欧米の影響をかなり受けており、建物や文化も洋風の構造になっている。それと比べてキョウトでは、日本ならではの文化が残っている。和式の建物、街並み、食事、服装までも。

 キョウトでは、基本的に服装は和服だ。戦前の街並みが今も残っている。


「何時ごろ行くの?」


「寂しいのかい?」


 ユリがそう言うと、言わせんな!と足でスネを小突いてきた。


「午後になると気だるくなるから、午前中には行くよ」


「そ。じゃあお土産よろしく」


「りょーかい」


 そういった会話を交えながら朝食を食べ終えた。

 ユリは身支度を初め、由依は朝風呂に入った。


「さてと。どーせ、いざ旅に出るって言うともう少し居ても良いじゃんとか言い出すから、今のうちにと...」


 そうして、ユリは由依が風呂に入っている間に置き手紙だけ残して、そそくさと彼女の家を後にした。家を出る際に、早朝から庭仕事をしていた仕様人さんと出会ったので、朝食をリビングに置いてあると伝えおいた。


「やれやれ。自分でした事とはいえ、帰ってからが思いやられるな。はてさて、今回はどのくらいの期間になることやら。短くて二、三週間。長くて二、三ヵ月といった所だが」

 

 そう呟きつつ、人気のない路地裏に入って詠唱を始めた。

 


「渡る 渡れ 渡せ 渡そう 彼岸すぎまで」



 目を開ける。夜だった。月光差し込む小屋の中。ボロ着を着た女が、僕の鼻先に剣の切っ先を向けている。


「人間...?」


 今にも顔面が串刺しにされそうだが。鋭い眼差しが、ユリを見つめていた。


「ローブを着た人間とは、これまた滑稽な」


 目の前の、女人に見える者の口からでた言葉は、私は人ではないと言っているように聞こえる。人がローブを着ることなどあり得ない、とも。


「この格好がそんなに可笑しいのか...。ボロボロであるという一点を除けば、君の着物もローブと言えるのでは?」


「私は魔族だ。ローブを着ていてもあり得ないことはあるまい」


 彼女の言葉は、人がローブという服を身に付ける事はあり得ないと言っているようだった。

 ユリの故郷では、魔族も人も身に付けるものにこれと言って違いはない。

 ユリは少し、この世界の常識について行けなかった。

 彼の世界では、人はもちろん、魔物や魔人(総称して魔族)、エルフ、ドワーフなど、様々な種族が存在する。確かに、ドワーフがローブを来ていたら滑稽ではあるが、あり得ないとは言い切れない。現に、大学の図書館に置いてある童話には似たようなタイトルのものがある。


「そういうものか」


 妙な緊張感が、シーンとした空気に乗って走る。


「お前、出身は」


 目の前の女は、事も無げに聞いてきた。


「異世界だ。異世界から来た」


「異世界とはどんなところだ?あ、いや、やはりいい。」


 そう言うと、ユリの顔前に突き出していた剣を下ろし、構えろ、と一言。


「相手を知るなら、己が剣を交えるのみだ」  


 言われるままに、ユリも旅の道具をしまってある魔術で作り出した空間から太刀を取りだし、構えた。


「ほう。その剣の見た目、反れた片刃の剣とは人界の極東に伝わるという刀というやつか」


 面白い、とニヤり。緊張の糸がはち切れる音がした。

 サッっと足が運ばれる。

 刀と剣が交われば、負けるのは刀の方である。これら二つの違いは、用途にある。この違いは、発祥地の「鎧」の特性による。

 刀の発祥地である日本の鎧は動くことに重きを置いているために隙間があり、相手を身を斬ることも可能である。対して、剣の発祥地である西洋の鎧は、動きやすさは度外視で、装着者の身を守ることに全てのステータスを振ったような、言わば鉄塊である。そんなものをまずまず斬れる筈もないので、剣とは斬ることよりも叩き付けるように出来ているものである。

 二つが交われば当然、刀は刃こぼれする。それでもユリが太刀を取り出したのは、刀を使うと思わせるためである。


「わざとか」


 二人の斬撃は一度も交わることなく、空振りが続く。

 彼が複製した魔法の中に、自身の腕を鞘として扱うことができる剣があった。通常左腕にしまっており、抜剣の際は左腕をそのまま鞘に見立てて、右手で引き抜く。それだけではない。

 この剣は、鞘、つまりは腕の中で自由に向きを変えることができる。左腕を突き出せば、剣先を相手に向けた状態で抜剣、そのまま左手に持つことが可能である。これは、この剣こそがこの魔法そのものであるという特性ゆえである。


「腕から飛び出す剣か...」


 刀を魔空間に戻し、剣を右手に持ち換える。

 剣に持ち換えての奇襲は防がれ、両者二度(ふたたび)睨み合っての構える形となった。


「一応言っておくが、この建物に傷が付くことは気にするな」


 ユリの心に芽生えかけた若干の罪悪感を払拭し、鮮明な感覚を持ってして、ユリと剣を交えようという彼女の意志が感じられる。

 ユリは沈黙を持ってして応えた。

 途端、サッと彼女は消えた。

 ユリの背後の壁に足をついて、ユリに剣を振りかざしている。


「!?」


 一瞬の早技だった。

 ユリも、ギリギリで応じたが体勢が整わず、二撃目で持っていた剣を弾かれてしまった。


「よもや、私の速度に少しでも食らい付くとは」


 久々に気晴らしになった、と目の前の名前も知らぬ魔族は剣を納めた。

 ユリはかつて無いほど肝を冷し、こういう経験のために異世界を旅しているんだと、改めてこの旅の良さを実感していた。


「よし、お前の身の程も、性格もなんとなく掴めた事だ。この世界の話をしよう」


 彼女の話では、この異世界には人間が住む世界「セフィーリア」と、魔族が住む世界「アレイネス」の二つの世界があるという。僕の魔法では、そのどちらも一つの異世界と捉えるようだ。要は、異世界の中にさらに世界が二つに別れていたということだ。

 この世界も例にもれず人と魔族の仲は険悪なようで、幾度となく戦争を繰り返している様子だった。


「とりあえず、今はお前を歓迎しよう。魔族といえど、魔術や魔法の類いが使えるという以外で、特にこれと言って違いはない。人間にはな、そもそも魔力を生成、制御する機関が体内に無いのだ」


「それは、僕も同じだ。けれど、魔術や魔法は扱える。世界によって、こういうところも違うのか...」


この世界の有り様について、それなりに知識を得たところで、今度はユリの方の世界について話し、お互いにそれなりの時間談笑した。


「そういえば、自己紹介がまだだったな。私はレイシア・アレイネス。この世界の魔王だ」


「......なるほど。少し驚いたけど、納得の強さだ」


 ユリは彼女が魔王であるという事実を突き付けられ、彼の頭の中に疑問符が二つ設けられた。一つは、魔王なのに何ゆえこんなボロ屋に住んでいるのか。もう一つは、こんな生活を強いられているのは(もしかしたらレイシア自ら進んでの事かもしれないが)、どんな理由があるのか、という二つだった。しかし、ユリはその二つの疑問を先ほどの戦闘における「強さ」によって、沸き上がる疑問符たちを押さえつけた。


「そこでなんだが、少し折入って話がある」


「どうせ僕も暇ですし、何でも聞きますよ」


「ありがとう」


 すると、魔王レイシア・アレイネスは姿勢を正すと真面目な面構えで話し始めた。


「私は近々、魔王の城に戻ろうと思う。そして、今代の魔王が帰ったことを皆に宣言したいのだ」


「それを手伝えと」


「というよりは、ユリ。私の右腕になれ」


 ユリはこれまで様々な異世界を経験してきたが、人間が魔族の右腕になったという話は聞いたことがなかった。

 もとより断る気は毛頭なかったが、その事が彼のレイシアからの誘いについての興味を一層掻き立てていた。

 ここで一言。ユリは、先ほどの誘いに興味を掻き立てられておるため、全くもって気付いていないが、レイシアは彼の名を聞かずに普通に彼を名前で読んでいるのである。これは、レイシアの魔王としての力に寄るものである。


「承知した。それで、人と戦争でもしようってのかい?」


「いや、彼らの方から攻めてくるだろうな」


「その根拠は?」


「お前の世界もおそらく無いと思うが、この世界の人間は特殊な武装をしていてな。主に飛び道具が多いのだ。その飛び道具には様々な燃料が使われているようでな、それを採掘、収集するのにある程度の時間を要するにようで、彼らが此方の世界に攻めてくるのは定期的になりがちなのだ」 


 ごくごく簡単に約すと、「定期的に来るから分かりやすい」ということだった。

 二つの世界には、「世界を隔てる壁ワールドセパレート」という、人と魔族の世界を隔てる完全透明な壁が存在し、基本的に二つの世界の往来は出来ないようになっているが、たった一つの抜け穴があるらしい。お互い、戦争を仕掛けるときはまずこの穴を使用する必要があるとの事。時期とその向かってくる方向さえ分かれば、対策も容易だ。


「とりあえず、今日は休め。ボロ屋ですまないがな。なに、明日からは広大な魔王の城をたった二人で使えるというのだ。多少の我慢だな。もっとも、私が魔王と宣言すれば、部下も増え、城も少しは狭く感じてしまうことは免れないかもしれないがな」


「それくらいは気にしませんよ。それよりも、魔王である証明は出来る見込みがおありで?」


「簡単だ。閉ざされた魔王城の城門を開くことが出来るのは、当代の魔王ただ一人のみと決まっている。つまり、私が魔王城に入った時点で、魔王の凱旋となるわけだ」


 なるほど、とユリは軽くうなづいた。

 彼が魔族は自分を受け入れてくれるだろうかと尋ねると、レイシアは心配するな、我が魔族は寛容だ、とだけ答えた。


「私の寝床を貸してやる。早めに寝ておけ」


 ユリは言われるがままに従い、そのままぐっすりと眠った。見ず知らずの土地であっても自らの睡眠に影響を及ぼさない図太さを備えていたことが、彼の旅をより快適にした。

 翌朝、彼はレイシアに叩き起こされ、果てしない睡魔とともに目を覚ました。彼の感覚ではまだ四時間と経っていない気がしていた。


「もしかしてだけど、この世界って日が昇るの早い?」


「お前の世界がどうかは知らんが、日が落ちてから上るまでのの時間がお前の世界の単位でいう四時間で、それがお前にとって短いというならば、その通りだ」


「そうか...。ま、顔でも洗って目ぐらい覚ますさ」


 と、体を起こした瞬間、待ってられんと水をかけ、羽織を肩に掛けて、もう出るぞ、とユリを催促した。


「荒っぽいな...」


 ユリは一言呟くと、魔王の背中を追いかけて青空のなかを飛び立っていった。


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世界を渡る魔法 旧題:涙の魔法使い 夕凛 @Yuri_0316

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