旅の前日
ドオォォォーンと、爆発音が鳴り響く。辺りには黒煙が立ちこめていた。
日本の首都、トルキオ。その中に数多く存在する魔法大学の中でも海外の魔法大学とも肩を並べる程に実力を誇る、ここ、トルキオ魔法大学の第三訓練施設にて、事は起きていた。
「ゴホッゴホッ。あ~煙いな」
黒髪の青年が一人、顔前で手を仰いでいる。
「コイツは後で始末書ものだな。まったく、どうしてくれる」
言葉を返したのは、共に施設を利用していた銀髪の青年だった。
「お互い様だろ~」
ハハハハと高笑いするトルキオ魔法大学の生徒が二人。爆発によって施設の天井が破壊され、青く澄みきった空の下で何事もなかったかのように笑っている。
「お前はともかく、僕はどうするのさ。二十四時間後には、この世界にいないんだよ?」
「それはお前の都合だろ」
「はぁ。だから嫌だと断ったのに」
銀髪の男がため息をつくと、そこに大学の教員が何事かと訪ねてきた。そして二人の姿をみ見るなり、またお前らかと派手にため息をついた。
「お前ら、今年に入ってから、いや、今年度に入ってから大学の施設の破壊、破損は何度目だ」
「十二回目です」
黒髪の青年が、なんの悪気もないように答えた。
「覚えてるならやるな。ちっとは反省しろボケ。直すのにも時間かかんだよ」
カネはかからねぇけどな魔術でやるから、と目を逸らしながらボソっと呟いた。
「とりあえず、これ以上壊すな。大人しくしてろ。以上だ」
言い終えるなり、あ、そうだそうだと、去り際にこちらの方を振り返って、反省文の用紙をプレゼントしてやるから、後で職員室まで来い、とだけ言い残して去って行った。
「・・・さて、と。どうする?これ以上壊すなと苦言を呈されたけど」
「どうって、いつも通りにするだけだとも」
銀髪の方が答える。
「ま、そりゃそうか」
二人の呼吸が合う。
「「やらないわけないだろ」」
二人の魔術が、再びぶつかり合う。片方は稲妻を携え、もう片方は炎を纏い、双方の拳が衝突したとき、互いにそれらを押し退けようとする。
水と電気、炎と水とは違って、一見有利不利もない組み合わせに見えるがその実、炎は金属ほどでは無いにしろ、電気を通してしまうのである。しかし、炎タイプの魔術は、放つのではなく身体に纏うことで血流が良くなり、より酸素が行き渡る。これにより、身体から産み出されるエネルギーは、通常時の一・二五倍にも及ぶ。
詰まるところ、炎は電気を通すためそれによるダメージがある。しかし、元よりバフが掛かっていたようなものなので、クソ単純に考えれば実質プラマイゼロ!と言うわけだ。
「百合(ゆり)さんよ、いい加減魔法も使ったらどうだい?」
「魔法」とは、一言でまとめてしまえば「魔術の上位互換」である。とは言うものの、その威力たるや「上位互換」という言葉で片付けてしまってよいのか、些か疑問に疑問が残る程に魔術とは比べ物にならないくらい強力である。
しかし、魔術と魔法の最も大きな差は、一人に一つ、生得的に与えられた固有のものである、という点にある。故に、魔法戦においては、より早く相手の魔法を解剖する事が先決とされている。
「君に何を言われようとも、使うつもりはないよ。
お互い、魔術のみで相手に勝とうと譲らない。外から見たら、単なる意地の張り合い、プライドのぶつけ合い。
何時だって彼らは、「全力の相手を魔術のみで圧倒する」というとてつもない快感のために、こうして施設を破壊してしまうほど、バチバチにやり合っているのである。
今、彼らの中には「魔法を使ったら負け」という赤の他人からしたらクソくだらないプライドを持って戦っているわけだ。
「これはどうよ!」
黒髪の青年が炎の魔術から一転、水の魔術に切り替えた。本来ならば、こちらの方が彼の得意とする魔術である。
電気に当たると感電するので、銀髪の青年が相手との距離をとる。
それでも中々勝敗がつかず、
「埒あかねーから、杖使うわ」
と、とうとうプライドを捨て始めた。
黒髪の青年がぐっと手を伸ばすと、どこからともなく杖が飛んできた。これは、風の魔術のちょっとした応用である。
「おや?言い訳かな?負け犬の遠吠えにしか聞こえなんだけ...」
みるみるうちに、銀髪の青年の方が押されていった。
魔術師にとって、本来「杖」とは必須級のアイテムである。魔術を使用しての肉弾戦を繰り広げる、この二人が異常なのだ。
軍人ともなれば、そういった近接タイプはまばらにいるが、それはあくまで軍人レベル。学生という括りの中では、やはり異常なのである。
「もういいや。縛り無し!」
いつの間にか杖を手にしていた銀髪の青年が、杖を構える。
魔術系の小学校に進学したおよそ十三年前。二人は、時を同じくして悟った。「戦場で、杖を失くしたらどうする?」「相手に破壊されたら?」と。後者はともかく、前者の考えには常人ならまず至らない。バカと言うべきか、天然無垢と言うべきか。
そんな訳で、魔術師との訓練や戦闘に飽いた二人は、近接戦闘に力を入れるようになった。
武術、剣術、ヨガ、柔軟、スポーツ等々。それら全てが、こうして実戦(今行っているのは模擬戦だが、中身はルールもへったくれもないので実質実戦と同じ)に役立っている。
以来、二人は大学の授業で誰かと模擬戦をする度に「杖を使わない」という縛りをして、その戦を楽しんでいるのであった。
まぁそれも、最近では暇潰し程度にしかならなくなってきたが。せめて、上の学年の生徒ととの模擬戦が許可されれば、少しは彼らの暇も解消されるだろうに。毎回同じ相手というのも、あまり新鮮味ないだろうし。とは言っても、意外と中が良かったりする二人である。
「『獄門』」
いまここに、銀髪の青年の魔法が放たれた。
「獄門」。名前の由来は、かつて日本でも多用された刑罰の一つから来ている。発動者の背後に門を出現させ、その門から様々な効果を受ける。
この門の前で死体が晒される事から獄門と言う名が付いた。
「十六夜(いざよい)仙境(せんきょう)」
辺り、日が沈む。夜になる。満月。月下の桜。舞い散る花びら。振り下ろされた、一刀の刀。
途端、黒髪の男の体が切り刻まれた。
「クソっ」
刻まれた体で、なおも倒れずにギリギリ膝で立っている。
「錬金術師(アルケミスト)」
黒髪の青年も、自身の魔法を使用する。
彼の魔法は、錬金術。と言っても、人体錬成とかではない。錬金術の魔法を持った者は、この大学内でもそれなりにいる。錬金術の魔法には種類があって、人それぞれ錬成出来るものが違う。彼の強みは、その錬成するモノだ。
「
彼の錬金術とは、
魔法や魔術の術式を錬成できる。もちろん錬成したものであるため、その術式は一度使えば消滅し、連続して同じ術式は錬成できない。
「
身体を治した瞬間、姿を消して銀髪の青年の後ろからそれを現した。
あまりにも不意な一撃。銀髪の青年はもろに喰らって、後ろに二、三歩よろける。
互いに、睨み合って、
「「もうキリがな...」」
ドーンと再び。今度は、建物の天井が崩れた音である。
「「・・・・・・」」
中心部分の天井だけ抜けて、ドームのような状態になっていた第三訓練施設はもはや、原型を留めていなかった。
天井はもうない。壁も、一部を除いて全て崩れ去っている。
「「あ」」
数時間後。職員室、学長室と校内を説教されて回った二人は今、主席室の椅子に腰を掛けてい。
「殴ってもいいか?」
大学生徒代表兼、最高学年主席の七条由依(しちじょうゆい)から放たれた一言だった。腕を組んで、思いっきり二人を睨んでいた。
「堀宮(ほりみや)はともかく、百合。君がこういう事をすると、私の体裁まで悪くなるんだ。勘弁してくれ」
七条は黒髪の青年には目もくれず、銀髪の青年にその深い青色の瞳を向けて、ため息を付いた。
ただ一度の敗北もなく、ただ一度の引き分けもない。黒星をつけることなく、生徒のトップに立っていた。半年前までは。
その半年前、銀髪の青年こと百合(フルネーム雪月(ゆづき)百合(ゆり))が、いつものように異世界に旅に出ようとしていた時、最高学年主席である彼女が咎めた。
特段、百合が校則に抵触することしたわけではなかった。
技術や能力がものを言うこの大学では、単位取得試験は八割方実技だ。そしてその単位は、学期毎に決まっているわけではなく、単位を取ろうと思えば、月に一度行われる早期取得試験を受けて合格すれば自身の学年の単位は全て取ることが出来た。
百合はそれを利用して、年度始め最初の試験にてこれを全て取得し、残りの時間を全て自身の「旅」に当てていた。
いくら校則に抵触しないからと、殆ど大学に顔を出さない百合を見かねて、七条は声を掛けたのだった。
もちろん、言い争いになった。
「いくら校則に抵触しないからといって、こうまでして学校に顔を出さないのはどうなんだ?周りからも、あまり良い顔はされないのでは?」
「抵触していないのなら、いいじゃないですか。僕の方はお構い無く。大学で新しい友人を作るとか、恋人を作るとか、特に興味ないので」
「それならそれでいい。だが、他の生徒への面子が立たないこちらの気持ちも考えてくれ。お前が入学してからお前への苦情、というかどちらかというと妬みに近いものなのだが、『あの雪月という生徒を許してしまって良いのか』とか、『この学校の単位取得方法には疑問を抱かざるを得ない』等々、それはもう散々だ」
「ならこうしましょう。これからトレーニングルームで模擬戦をする。僕が勝てば、あなたは僕を咎めず、あなたが勝てば、僕は毎日大学に通う。これでどうでしょう?」
「わかった。その試合、引き受けよう」
その模擬戦は、トレーニングルームを一つ破壊したのにとどまらず、大学の敷地内、百平方メートルの大地がことごとくひび割れ、粉々にした。
結果は、彼女の勝ちだった。
お互いズタボロ。勝者である七条でさえ、殆ど身動きがとれないほどに。
「雪月百合(ゆづきゆり)と言ったか」
「そうですが」
ひび割れた大地に仰向けになって、かすれた声で答えた。
「君を見くびっていた。一学期での全過程単位取得修了というのは、私もやった事があるからな。それくらい出来たところで、大したヤツではないと思っていた。しかし、結果はどうだ?大口叩いて試合を引き受け、勝ったはものの、この様だ」
「強かったです。アイツより。初めてですよ。僕が引き分けではなく、敗北を喫するのは」
「そうか。なら、私も君を認めよう。好きにするといい」
と、こうして彼は今でも旅を続けている。
そしてその件以降、大学では二人の事を良き好敵手といった関係で見る目が増えていった。
当の本人達は、好敵手、ライバル等の関係とは全く正反対の、「恋人関係」というものにあった。
声を掛けたのは、七条由依の方からである。元々の、軟弱な男は嫌いだという性格のためか、模擬戦の翌日から付き合い始めていた。当然、噂は校内中を散々走り回り、今では一緒にいるだけで何かしらの噂話が立つほどになった。
という事の経緯があり、今では百合が問題を起こすと、同時に最高学年主席である七条の顔にも泥を塗ることになるのだった。
「百合。お前、明日からまた旅に出るのだろう?なら、今日くらい家に来い」
「りょーかい」
百合はそれを平然と受け入れ、堀宮真(ほりみやしん)(黒髪の青年)は大変だなぁと百合に一言残し、僕はこれで、と主席室を離れていった。
「昼休みも終わるから、僕も失礼して...」
「待て、百合。お前、まだ昼食をとってないだろ。作ってきたから食べていけ」
この時、雪月百合に電流走る。
雪月百合は、七条由依と付き合いはじめて一つ分かったことがあった。
彼女は、料理こそ下手ではない。下手ではないのだが、美味しくないのだ。作る過程、手際は完璧だ。だが、材料と組み合わせがいつもおかしい。
彼女が今、美味しそうだろう?と手の平の上に乗せている弁当箱の中を見てみろ。明らかに異常!食欲減退弁当としか命名のしようがない!!!!
「由依、実は今日、第三訓練施設に入る前、食堂で堀宮と食べてしまったんだ」
「そ、そうか...」
七条はホッとし、突然の名前呼びと自分の弁当を完全には拒否されなかった事で、少し顔を赤らめ、そして優しくわかった、と告げた。
普段なら、百合が一方的に拒否してその場から逃げ出すのだが、今日に限っては百合は逃げずにいたため、失いかけていた七条由依の料理への自身は、失くさずにすんだ。
もっとも、百合にとっては悪手だったかもわからんが。
「じゃあ、これで」
「ああ。放課後、正門の前で待っていろ。待つのが嫌なら、こっちの手伝いでもしに来い」
二人は、昼休みの五分前に別れた。
百合のお腹が、絶え間なく鳴り響いていた。
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