第一章 「プレジュディスの弾丸」

今宵、私は


 月光が差し込む郊外に佇む暗がりの一軒家。宙に炎を焚き、温まる。一軒家の、それも誰も使わないボロ屋の内の一部屋を借り、ひそひそと暮らす女の姿、あり。

 こんなんでも、悪くない。そう呟いた。たった一つしかない椅子に腰を掛け、穴の空いた窓から漏れる月光を浴びて、その貧相だが、優雅とも見れる夜を過ごした。


「月明かりも、存外に暖かいものだな」


 そう言って、もの思いに更ける。

 彼女には、戸籍がなかった。戸籍もなく、身分の証明も出来ない者に、家を売る奴はいない。当然、貸し出す者も。それでも彼女は、貸し出してくれる者を探し回り、ようやくありついたのが、このボロ屋だった。

 剣を抜く。月明かりこぼれるボロ屋で、独りでに剣を振るう。彼女の日課だった。


「ふぅ」


 月光が、刀身を輝かせる。

 刀身が、月光を反射する。

 貧相な格好に、無一文。しかし、それを感じさせない風格、威厳。ただの貧乏者ならいざ知らず、彼女のその不気味さに、周りの者は近づこうとさえしなかった。

 見てくれは間違いなく貧乏者。されど、服装さえ違ったならば、「王」であっても可笑しくはない。彼女の風格と威厳は、周りの者にそう思わせた。



 魔族の住む世界、「アレイネス」。アレイネスで最も誉れあり、栄ある都、「ホウ・レイシア」には魔王の居城がある。しかし、今のアレイネスに魔王は不在だ。皆、彼の魔王の復活を待っている。その証拠に、このボロ屋にも外の壁に魔王復活を願う意の文字が刻まれている。ボロ屋に住む彼女もまた、魔族であった。


「明けたか...」


 彼女の目線と剣の先には、朝日に焼けた空があった。

 魔族世界の名称である「アレイネス」とは、魔王の一族の姓から取られ、首都の名前である「レイシア」は当代の魔王の名前から付けられる。首都に付随してついている「ホウ」というのは、首都という意味がある。つまり、当代の魔王の名前は「レイシア・アレイネス」という。

 そして今、このボロ屋で朝日に照らされ剣を振るっているのが、レイシア・アレイネス当人である。

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る