太陽の音を忘れない

新巻へもん

太陽がいっぱい

「擬音語と擬態語ってあるじゃん」

 俺は横にいる慎吾に話しかける。

「なんだよ。薮から棒に。今ここでする話題か?」

「一応、文芸部だし、いいんじゃね。まあ、期待に胸踊らせている間の単なる暇つぶしだな」

「なるほど」

 頷く慎吾も俺も海パン一丁である。

「それでだ、この浜辺に降り注ぐ眩しいほどの太陽だが、ギラギラというのはまあ擬態語だよな。しかし、その下で焼かれているときのジリジリというのは、なんか音を伴っている気がしないか?」

「この後目にするだろう光景を待ち焦がれている俺たちの様子のジリジリは間違いなく擬態語だな。ただ、そっちのジリジリが擬音語かもという真理雄の主張は分からなくもないな」

 やはり海パン姿の英二が会話に参加する。

「しかし熱いな。太陽が一個だからいいが、もし十個もあったらたまらんだろう」

 いきなり、こういう方向に話が飛ぶのか。

「調子こいてんじゃねえと九個を射落とした羿の気持ちも分かるな」

「だよなあ。そもそも指示が曖昧なのにそれで罰せられて神籍剥奪というのは気の毒だ。……しかし遅いな」

 俺の最後の感想に二人も同意する。

「曜子先輩に何かあったんじゃないか?」

「しかし、我々にはどうしようもない。新発田もついている」

「それが心配なんだよな」

 曜子先輩は我らが文芸部の二年生である。まさに名の通り、お日様のように明るい女性だ。

 名字は田中なので、通常は田中先輩なのだが、本人のたっての希望で曜子先輩と呼んでいる。

 まあ、お願いされちゃったら仕方ないよな。

 俺と慎吾、英二が文芸部に入ったのは、はっきりいえば、先輩目当てである。

 最初はもっと同級生が多かったのだが、ほぼ毎週のようにお題が出されるガチな活動に次々と脱落していった。

 同じタイトルで書くというお題もあれば、その翌週には三題話と忙しい。

 曜子先輩は出題もするし、自分でも書く。とても忙しいはずなのに、試験の成績も良く、気さくで美人で、そして、おっぱいがでかい。すごくでかい。

 今は夏休みだが、先週はこの酷暑の中、俺たちは扇風機しかない文芸部の部室で創作活動をしていた。

 高校生向けのコンテストに作品を応募しないと強制退部と言われれば、必死に書く以外の方法があろうか?

 ただまあ、先輩の肌に張り付くシャツから透けて見えるものには視線を奪われた。

 それがバレて先輩に指摘されるという非常に恥ずかしい事態になる。

「こら、集中して書きなさい」

「でも、青春の一コマのシーン、経験が無くて書けないんです」

 苦しまぎれのいい訳だったが、曜子先輩は小首を傾げた。

 そこで俺は一世一代の台詞を吐く。

「ねえ、曜子先輩。海行きましょう。リアリティ溢れる描写の参考にするために」

「そうね。いい作品を作るための取材ならいいかもね」

「見るだけじゃなくて体験が大事です」

「うーん」

 迷う先輩に最後の一押しをしたいが、いい言葉が思いつかない。

 チラリと慎吾、英二に視線を走らせるが、煩悩にまみれたアホ面を晒しているだけだった。

 くっ、役にたたねえ。万事休すか?

 援護射撃は思わぬところから現れた。

「曜子先輩、私も海水浴してみたいです。中学まで住んでいたのは日本海側だったので、夏でも水着で海に入るのはイメージしづらいんです」

 同級生の女子部員の新発田紗代が甘えた声を出す。

「そうねえ、紗代ちゃんが言うなら、海行こっか」

 その瞬間、心の中の全俺が、すっとんぺったん幼児体型な新発田に惜しみない拍手を送った。

 ただ、不安材料はある。

 新発田が先輩を見る目つきは明らかに俺たちと同質だった。

 実際、先ほど更衣室に消えるときに、聞こえよがしにこんなことを言っている。

「先輩、日焼け止めのオイル塗りますから、遠慮なく言ってくださいねえ」

 周囲の二人が息を飲む気配で現実に引き戻された。

 わーお。

 重力に逆らって揺れる二つの見事なものに目が釘付けになる。

 ●REC

 脳内のレコーダーが録画を始めた。

 オイルが光を反射し、浜辺に新たに二つの太陽が生まれる。

 ごくり。

 誰のものだろうか。唾を飲み込む音が響いた。

「すげえ、太陽がいっぱいだ」

「これが、原始女性は太陽であった、ということなんだな」

 語彙力を失った言葉と、平塚らいてうに殴られそうな発言を圧して、俺の脳内に音が刻まれる。

 たゆん、たゆん。

 曜子先輩が俺らに手を振った。

 さらに、音が激しくなる。

 俺はこの音声付きの映像を死ぬまで忘れないだろうなと思った。


-完-

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